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流浪一天  作者: Lotus
第十五章
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流浪一天 第十五章

    流浪一天 第十五章

 

 

 

 

  一

 

 太乙北辰教(たいいつほくしんきょう)の本拠、景北港(けいほくこう)の街にある九宝寨(きゅうほうさい)の屋敷の一角で、劉毅(りゅうき)は遠方からの使者を迎えていた。部屋には主たる劉毅と、『山』から来たと述べるその男、ただ二人だけである。劉毅はその男の腰にある得物を一瞥すると口を開いた。

「わざわざ此処まで人を寄越すとは、何か重大事が? いや、何が起こったところでわざわざ知らせを寄越すとも思えんが?」

 じっと鋭い視線を送り男の表情を観察しながら言う劉毅に対して、その使者を名乗る男は物怖じする様子も見せず淡々と応える。

「劉毅様にお伝えしておく事があると私を使いに出されました」

「『香主様』が、か?」

 使者は頷く。

真武剣(しんぶけん)は、近く、変わるだろう、と」

「真武剣が? 変わる、とは?」

「総帥、陸皓(りくこう)は豹変の兆しありと」

 劉毅は腕を組み、眉を顰めている。使者は続けて、

東涼(とうりょう)の秘伝書の出現、加えて殷汪(いんおう)が真武剣の(かく)に近づいた事から、陸皓は本来の目的をはっきりと思い出すだろうと」

「殷汪が現れただと? 何処だ? まさか秘伝書は本物だったのか?」

「いえ、あれは贋物でございます。しかし陸皓が目を覚ますには十分だろう、と。加えて、あの殷汪――」

「郭とは郭斐林(かくひりん)だな? 殷汪は何故、郭と? 何処だ」

「偶然、秘伝書を追う郭と殷が接近したとの事。場所は東涼であったようですが……流石にこれは既に劉毅様はご存知かと香主は申しておりましたが」

 使者の男はあからさまに意外だというように目を見開いて劉毅を見た。こんな事は北辰教、とりわけ劉毅などはとうに得ている情報だと考えていた様である。しかし、男の表情は若干、芝居じみてもいた。

「我らも暇ではないのでな。秘伝書など興味はない。殷汪とて北辰はもう追ってはいない」

 劉毅はそう答えたが、殷汪が何処に現れたのかと繰り返し問うておきながらのこの言葉は、情報を持ち合わせていなかった事への、悔し紛れに出た言葉である事は明白だった。その表情は一段と険しく、通常、こんな劉毅の様子を窺えば人は恐れ戦くところではあるが、『山』の使者は平然としていた。

 劉毅は言葉を継ぐ。

「真武剣、陸皓の本来の目的とは?

「それは聞かされておりません。ただ、そうお伝えするようにと」

「……そうか。まあ良い。他には? 香主の言伝は終わりか?」

「はい」

 使者は頷き、低い声で「では」と短く言って部屋を出ていく。大した礼も施さずに去ろうとしているその男の腰の両脇に二本下がった、おそらく短刀であろう得物に今一度目を遣りながら、劉毅は黙って見送った。

 劉毅の拳は一層固く、握りしめられていた。

(真武剣、陸皓か……。あの女、わざわざ俺に知らせを遣って、何をする? 殷汪と既に繋がったかどうかを確かめねばならんが、今は無理か。なんとか此処を離れる口実が出来ればいいが……)

 劉毅は部屋の中を一人うろつきながら考え込んでいた。

(あの(そん)は今何処だ? 殷汪に会えたのか――)

 不意に顔を上げる。

「まさかその『陸皓』と遣り合う為に、既に殷汪の許にあの四人が集まったのではあるまいな? いやいや、何を言ってるんだ俺は。馬少風(ばしょうふう)は今も東淵(とうえん)に居る筈だ。()は既に死んで――死んだ……筈だろう……」

 自分の言葉を噛みしめながら、まるで見えない誰かに言って聞かせているかのような独り言だった。

(そもそも殷汪に助力など要るまい。いまさら陸皓が真武剣を捨てたところで、あの殷汪との差が埋まるものか? 如何な天賦の才を秘めていたとしても、陸皓の歳では遅すぎる……)

 劉毅は部屋から顔を出すと、目に入った偶然通りかかった配下の男を呼び止めた。

「おい、()は居るな? 呼んで来い」


「お呼びでごさいますか」

 九宝寨の古参幹部である華が劉毅の許へとやってきた。

「先程の者は……再び寨主を此処から連れ出そうとする良からぬ輩ではございますまいな?」

 華は芝居じみたしかめっ面を見せ、あくまでも冗談である体を装ってはみたものの、劉毅の表情はぴくりとも変化を見せなかったため、長い溜息をついた。

「内なる欲望が抑えられませぬか」

「欲望とは?」

「いや……何でも――」

「お前、俺に対して何か遠慮したことなど無かった筈だが? 言えよ。俺の欲望を。教えてくれ」

 華は神妙な面持ちで、

「いや、私の勘違いであるということもありますので。先程お会いになった者が――寨主の申される『山』の人間であるのであれば、私の想像とはそれほどかけ離れてはいないのかと」

「なんだ、いやに回りくどいな。……お前らしくもない」

 この華という男、寨主劉毅とは九宝寨という組織が形を成して以来、最も古い付き合いの者であり、個人的に劉毅に最も近い男であった。九宝寨の中であくまで部下という立場を内外に明確に示してきたが、二人の間では兄弟分にも近い関係を互いに感じあってきた。劉毅の後を受けて九宝寨を仕切ってきた喬高(きょうこう)も、部下となった華には特別の配慮を持って接してきたのである。

「あの者、何を寨主に伝えに参ったのか、お教えいただけますか」

 華の問いに劉毅は暫く逡巡しながらも、

「真武剣の、陸皓の動きに関する事だが――いつものように曖昧で要領を得ん。ただ思わせぶりな言葉を吐く」

「陸皓……真武剣ですか。陸皓は、近々晴れて自由の身になるといった事ですかな?」

 劉毅は眉根を寄せて華を睨み付けた。

「何だそれは。お前は何か知っていたのか?」

「当然、真武剣派のみならず広く情勢を調べる事は私の役目でありますが、まだはっきりとした事は申し上げられませぬゆえ」

「陸皓は、何をする? 北辰が対応を考えねばならぬ事か?」

 劉毅は少々語気を強めてはいるが、華を責めるというでもない。

「陸皓は――」

 華は次の言葉を探すように間を置いた。

「真武剣派を白千雲(はくせんうん)に継がせ、武慶(ぶけい)を離れる可能性があると――」

 劉毅は華が何を言っているのか一瞬解らなかった。真武剣派を弟子に継がせるのは尤もな事だ。陸皓は既に高齢であり、当然の事である。しかし、武慶を離れるとは――?

「寨主、我々もその『山』とやらには情報収集において遅れを取るつもりはございませぬぞ」

 華がそう言って笑うので、劉毅は、

「当たり前だ。奴らには……後れを取るなど癪に障る」

 ほんの少しの動揺を誤魔化すようにそう言った。華が引き続き口を開く。

「……未だ武林には本当に、塞主の言われる面白そうな事があるものですな。今までは寨主の戯言と相手にしませんでしたが」

「おい」

「今のところ、寨主の欲望を抑えられる言葉を、私は見つけ出せませぬ」

 華は、そう言って笑った。




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