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流浪一天  作者: Lotus
第十四章
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第十四章 八

 楊迅らは茶屋の中へと入り腰を落ち着けたが、もっぱら口を開くのは郭斐林であり、時折、陸豊が答えたり、頷いたりするのみであった。郭斐林は若い者達の事など忘れてしまったかのようだ。

「君は、陸師伯の弟子なのかい?」

 話に加わる事は出来そうに無いと諦めたのか、孔秦が楊迅に向かって話し掛けた。呉程青も改めて楊迅を見る。二人共、陸豊に付き添うこの楊迅が何者なのかという事に、大いに興味を持っていた。どうやら歳も近いらしいと踏んだ孔秦の声は柔らかく、親しみを感じさせるものだった。

 若い三人は陸豊と郭斐林から少し離れて座っている。大声でも出さない限り郭斐林らの会話の邪魔にはならないだろう。茶屋は中々賑わっており、静まり返ってなどいない。

「勿論、武芸を教えて貰っているんでしょう? 是非聞きたいわ。あなたが陸師伯から、『何を』習っているのか」

 呉程青は少しばかり声を抑えて、横目で師娘の様子を窺いつつ少し身を乗り出しながら楊迅に言った。

 真武剣派を離れた陸豊が、弟子を取って『真武剣』を教えるのは許される事か? 楊迅には何となくそれは良くない事であるように思われた。もし真武剣を教えて貰う事になっていたとして、それを断るつもりなど毛頭無いが、孔秦らにそう教えたなら一体どんな反応を見せるだろう? そう考えて何と言えば良いかと逡巡する。教わるのは真武剣ではない。確かにそう聞いた。目の前の二人は『真武剣ではない何か』の存在を聞いて、どのように想像するだろう? きっとこの真武剣派の門弟達は真武剣こそ最高だと思っていることだろうが、破門になったという陸豊が別に何かを編み出したと想像したとして、やはりそれを下に見るだろうか。陸豊をまだ師伯と呼んで親しげだったが、別の武芸の存在を聞けば忌々しく思うのではないだろうか? 楊迅はそこまで考えて答えを躊躇っていた。

「どうかしたかな?」

「いや……まだ……何も……」

 楊迅が言葉を濁しながら俯いていると、孔秦は話題を変えた。

「陸師伯は今、緑恒に住んでおられるという噂は聞いている。君は千河幇の? 君が陸師伯のお世話をしているのかい?」

「これからは……そうなる……のかな? その、今までは緑恒にある鏢局で働いていたから。緑恒に戻ったら改めて陸先生の弟子に――」

「鏢局? それは、前にうちの荷を北辰教に届けたあの鏢局か?」

 孔秦が少し驚いたような顔をして訊いてきたので楊迅は数回頷いた。その後、孔秦は横の呉程青と顔を見合わせ、また楊迅をじっと見た。

「当然、君も方崖に向かった訳だ……」

「ええ、まあ……」

「うちの……真武剣派の(でん)という者が同行したと思うが、途中で居なくなったそうだね」

「えっ、ああ……」

 楊迅がちらと視線を上げて真武剣の二人を見ると、どちらも真面目な表情で、しかし感情は出しておらず、じっと返事を待っているようだった。

「賊に襲われて、その、かなり混乱してたから……。あの、知り合い?」

 楊迅はそう訊いたそばから、馬鹿な事を、と後悔した。あの田庭閑(でんていかん)は真武剣派で、目の前の二人も真武剣派だ。互いに知らないという事があるだろうか? 現に今、孔秦は田という名を言ったのだ。田庭閑は、真武剣派は数多くの弟子が居るが自分は他の門弟とは違うというような事を言っていたが、はたしてそれ故か、目の前の孔秦と呉程青は彼をとてもよく知っているように見えた。

「同じ……真武剣派だからね……」

 孔秦の声がにわかに小さくなり、呉程青は黙りこんで何か考えているようだった。

 楊迅は改めてこの二人の姿を観察しつつ、田庭閑の事を思い返していた。

(田さんよりこの二人の方が随分……『真武剣派の弟子』っぽいな。身形も立派だし、やっぱり田さんは真武剣の中では違う扱いを受けてたんだろうか……?)

 孔秦が話し始める。

「全く、手掛かりは無かったのかい? 君は――鏢局の人間で真武剣派じゃない。彼はその……武慶には帰らないとか、我々に対する愚痴みたいなものを洩らしたりしてなかったのかな?」

「いや、聞いてないけど……。あの、俺があまり真武剣派の事を知らなかったから、田さんは『真武剣こそ武林で最高の剣だ』って教えてくれて……」

「あいつが、かい?」

 孔秦は楊迅の言葉を聞くと呉程青と顔を見合わせて笑った。それを見た楊迅は不意に腹の中が熱くなったように感じ、嫌な気分になった。

「田さんの言った事は嘘で、真武剣は本当は大した事ないのかい? 武林に並ぶものがないなんて、でたらめだと?」

 楊迅は思わず強い口調になり、真武剣派の弟子二人に向かってそう言い放った。

「それは聞き捨てならないわね。私達、真武剣派がどうしたというの?」

 楊迅の言葉はしっかり郭斐林の耳に届いたようだ。責めるというよりは冷やかな眼差しを楊迅に向けている。すると孔秦が慌てて立ち上がり、

「いえ、師娘、何でもありません。私が変なことを言ったもので――」

 そして改めて楊迅に向き直り、

「いや、申し訳ない。誤解させてしまったかな。そのなんと言うか……彼は私達と歳も近くて……そう、親しかったんだ。本当に……、本当に心配してるんだ」

 項垂れた孔秦の口から出た言葉とその表情を、楊迅は嘘ではないなと感じた。

 再び孔秦が椅子に腰を下ろした、丁度その時だった。楊迅は孔秦の肩越しに、店の入り口に近い辺りに数人の男が現れてその内の一人がこちらを指差して何やら話しているのを見た。楊迅はちらと後ろに視線を送る。他にも客は大勢居て、男が見ているのが自分達なのかは判断がつかない。だが改めて男に目を凝らすと、すぐさまその顔に見覚えがある事に気付いた。

「先生」

 楊迅は腰を上げて陸豊に声を掛けた。郭斐林もすぐ傍にいるのだが無視する格好だ。冷やかで見下したような視線をよこした郭斐林に対する密かな、あくまで密かな対抗心がそこにあった。

「昨夜の、宿に来た人達が居ます」

「ほう?」

 楊迅の視線を追って陸豊が振り返った時、既に男達はすぐ傍までやって来ていた。

 陸豊と楊迅には見覚えのある宿に来た男と、他に新顔が三名、後ろに立っている。先頭の男は陸豊を一瞥したが何も言わず、視線を郭斐林に移して、

「あんたが真武剣派の郭どのか?」

 郭どの、と呼んだところで到底、丁寧なご挨拶とは言えず、先程の郭斐林とは比べ物にならない程の冷めた眼差しとぶっきらぼうな物言いで話し掛けて来た。

 郭斐林は顎を上げ、あからさまに男を品定めするかのように見てから、

「あなたは? 何処の誰なのかしら?」

「海沙党の(そう)だ。あんたら真武剣派からみれば知る必要も無いごみの様な集団だろうが、今のあんたには違うだろう? あんたは、俺達に用があってこんな田舎までやって来た。そう聞いているが?」

 郭斐林は驚いて答える。

「……確かに。これからお伺いしようと思っていたところです。でも、何故その事をご存知なのかしら? 誰から聞いたのです? 私達の――」

「どうでもいい。そんな事より、我ら海沙党の当主があんたに会いたがっている。是非とも話を聞きたいと」

「私の……話を?」

 郭斐林は怪訝そうに眉を顰めた。海沙党の男、曹は話を続ける。

「あんたらの追う秘伝書とやらは一体何だ? あれは我々に(わざわい)をもたらした。あんたも禍に関係しているのか? それを聞かせてもらおう」

「ちょっと待って下さい。禍というのは? 何が起きたというのですか?」

「既に我らの仲間が数名、命を落とした。秘伝書とやらのせいでだ」

 郭斐林と二人の弟子、そして陸豊と楊迅もこの曹の言葉には驚きを隠せず、暫く言葉を失った。この時、楊迅の脳裏には何故か殷汪の顔が思い浮かび、そして消えた。

 


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