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流浪一天  作者: Lotus
第十三章
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第十三章 二十八

「なんや、何の話してたんや?」

 傅朱蓮が表に出ると、狗不死は案の定すぐ近くに居たらしく駆け寄って来てそう訊いてくる。おそらく何度も中の様子を窺っていたのだろう。

「あの人たち、この弓に興味を持ったみたい。珍しいから少し見せてくれって言うから見せたわ。それだけ」

「ふうん。怪しいとこは無かったか?」

「ええ。彼らは全く、こっちには――」

 傅朱蓮は言いながら腰の剣に手を遣り、狗不死もつられて傅朱蓮の剣に視線を遣る。

「……剣、何処や?」

 狗不死が再び顔を上げてみると、傅朱蓮は自らの腰に視線を落としたまま硬直していた。そこには剣の抜かれた古びた鞘が下がっているだけである。

「朱蓮!」

 狗不死が呼びかけると同時、傅朱蓮は身を翻して再び宿の中へと飛び込んだ。狗不死もほぼ同時に後に続く。が、追うべき者達の姿は既に消え去っており、傅朱蓮は愕然として立ち尽くした。広間には傅朱蓮と狗不死の二人しかおらず、あの二人組の行方を知る者は皆無である。

 腰にある剣を、どのようにして抜き取ったというのか? 全く気が付かなかったという事実が信じられない。それはいつだったのか? 弓を背に戻す、その一瞬か? まさか己はそれほど感覚が鈍かったのかと思うと、眩暈を起こしそうな程である。

「諦めるんか?」

 狗不死が問う。その口調はいつも同様、深刻さのかけらもない。そしてそんな事は聞くまでも無い事であった。

「まさか」

 傅朱蓮は短くそう答えるとまた身を翻し、表へと跳躍する。

 

 狗不死の指笛の音が辺りに甲高く響いていた。ただ鳴らすのではなく、少々変わった音調があり、一つの節を何度か繰り返している。傅朱蓮には振り返って訊ねる暇は無かったが、狗不死が仲間を、丐幇の者を呼んでいるのだろうと察する。程無くしてそれらしき者達が音に引き寄せられる様に集まってくるのが見えた。それもかなりの数である。そこかしこの路地から湧き出す様に現れる者達。都に入った時に会った数名などまだまともな方だったのだろうと思える程、醜さにかけては誰にも譲らないという様な、まさに異形の者達でもあった。

 丐幇の者達に取り囲まれて傅朱蓮たちの足も止まる。

「黒衣の二人組、見たな?」

 狗不死が一歩進み出て言った。すると何故か丐幇の者達は皆、口々に『見ました』だの『はっきりと覚えております』などと言い出した。何故この者達が皆、あの二人組を知っているのか傅朱蓮には解らない。この者達があの史小倚の宿の近くをうろついているような事も無かった筈である。そんな傅朱蓮の疑問をよそに、狗不死は続けた。

「この朱蓮の剣を奪っていきおった。鞘から剣だけ抜いてな。おそらく都の外に逃げよるんちゃうか」

「狗不死さま。あれは他所に仲間が居ると思われます。全く同じ姿をした集団を他で見た者が何人も居ります」

「武慶からこの都の間で時折姿を見せるようで。どういった集団なのかはまだ不明でございますが」

「そんなんはよ言わんかい!」

 狗不死が珍しく声を荒げるのを、傅朱蓮は少し驚きながら見ていた。

「申し訳ありませぬ。そうではないかと皆で話していたところでして……まさか傅お嬢さんの剣を盗むなど――」

「狗不死さま! すぐ追いかけませんと。我らは三方に別れ、まず各城門へ向かいまする」

 狗不死が頷くと同時に、丐幇の者達は蜘蛛の子を散らす様に一斉に駆け出していく。薄汚れた衣と髪をより一層振り乱しながら、瞬く間に散開していった。

 手を貸してくれるという事に違いは無さそうだったが傅朱蓮には理解出来ない事ばかりである。

「どうしてみんなあの二人を知ってるの?」

「んん? まあ、あいつらはお節介が過ぎるんや」

「狗さん。もっと端的に言って貰えないかしら?」

「儂らがあの宿に泊まるって知ってもうたからな。他の客はどんなんや、とか確認したんやろ」

 丐幇の者達が狗不死の存在を知りながら放っておく事など有り得ず、怪しげな者が近づいてはいないかと宿の客も探っていた。幸いにして史小倚の宿は閑散としており客などあの二人組くらいしか居らず、一安心していた事だろう。そしてまさかその二人が事を起こすなど想像もしていなかった筈である。

「朱蓮、どうする? このまま追ったら都から暫くおさらばせんならんかも知れへん。まだ何もしてへんけど、ええんか?」

 狗不死の言葉に一瞬、逡巡してしまう傅朱蓮だったが、やがて首を振った。

「もし殷兄さんを見つけたとしても、青釭を盗まれたままなんて会わせる顔が無いわ。絶対に、取り戻さないと」

 そう言って勢いよく袖を翻しつつ後ろを振り返り、歩き出す。

「ん? 何処行くんや?」

「飛雪を連れてくる」

「ああ、馬な」

 

「なんとかあの婆さんの耳には入らんといて欲しいなぁ」

 狗不死の言葉に傅朱蓮は黙り込んでしまう。婆さんというのは咸水で会った老婆の事だった。

『お前にその剣が守れるとは思えない』

 老婆の言葉が蘇る。その感覚がまるであの咸水の時の様に、老婆が何処からともなく話し掛けてくる錯覚となり傅朱蓮の身を震わせた。

(守れなかった――守る為に戦う事すら出来ずに大切な剣を――失ってしまった!)

「お前が居ってその体たらくかい! とか言いよるやろなぁ……。はぁー参った」

 狗不死の口調はいつにも増して軽い。それも傅朱蓮を気遣っての事であるのは明白である。

「本当に……呆れるわよね」

 傅朱蓮はぽつりと言って、愛馬飛雪の背に跨った。

「ちょっと油断しただけやがな。きっちり取り戻したる」

「私が、よ」

「ほんなら行くで! とりあえず一番近い西門や。うちのんがもう着いとる」

 狗不死の馬が駆け出すと同時に傅朱蓮も飛雪の手綱を絞り、気合を発した。

 西門に向かって駆けながらも、まだこの辺に潜んでいるかも知れないと辺りに注意を払う傅朱蓮だったが、それらしい姿は見えない。だが、今日は黒い衣服の人間が辺りに多い気がしてならなかった。

「とりあえず外に出たかどうかが先や。都の中はうちのモンに虱潰しに調べさせる」

「でも既に人が多いわ。出たかどうかも――」

「ほんなら江湖中を探し尽くしたる! ハ! 真武剣派は泥棒一匹に難儀しとるけどな、丐幇は逃がさへんで!」

 


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