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流浪一天  作者: Lotus
第六章
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第六章 十二

 陸皓が脇に控えていた白千雲に顔を向ける。すると白千雲はすぐに頷き返した。

「準備は整っております」

「では、参ろうか」

 陸皓が歩き出す。白千雲が范凱に何やら伝えてからその他の客達にも声を掛ける。

「それでは皆様、あちらへ」

 広間に集まっていた者達は外へ向かう。前庭は既に数百人に上る群衆で溢れており、派手に着飾った者も居れば殆ど浮浪者の様な姿も多くあった。

 真武剣派に限らず武林と呼ばれる武術界の各派は遥か昔から江湖の秩序を守り庶民の平穏を守る存在であると自認し、そう認識されてきた。どれほど名を上げようとも官職を求めず常に自らも江湖の民である事を示す事で多くの支持を得るのである。武術の習得に関する事柄には各派とも内に秘される事も多いが、その存在そのものが江湖から隔絶されてしまっては全く意味が無い。真武剣派とその親派、対する太乙北辰教の対立は近年下火になりつつあったが全く無くなった訳ではない。今、真武観に集まった群衆の多くはどの門派にも属さない渡世人、侠客達である。いざという時にこの者達がどちらを支持するのか、これは非常に重要な事であった。

 陸皓や木傀風ら武林各派の代表達の姿を目にした群衆は一斉に勝ち鬨の様な声を上げ、真武観を揺らすかの様である。

「総帥!おめでとうございます!」

「真武剣派、万歳!」

 真武剣派が陸皓によって開かれてから四十年の節目の大会であり、真武剣派に縁のある者達がそう口々に祝辞を述べるのは当然だが、中にはただ騒ぎたいだけの者も少なくない。しばらく歓声が続いたが、陸皓がおもむろに右手を掲げると徐々に治まっていった。

 

 群衆に語りかける陸皓の声は力強く広い前庭に響き渡る。気の充実した音が真武観の外へも溢れ出している。七十を越えている陸皓はどちらかと言えば小柄で黙って佇んでいれば好々爺然とした風貌だが聴衆を前に声を発すると明らかにその印象が変わり、時には本当にこの体から出た声なのかと思える程の重厚さを持つ。真武剣派は一般的に剣術を主体とする流派とされているのだが、老総帥のこの雄渾な内力ないりょくでもって放たれる声を聞けば単に剣術だけではないと言う事が素人にも窺い知れる。

 これも真武剣派の謎の一つであった。内功ないこうの鍛錬と言うものはどの門派でも重んじられており、真武剣派でも白千雲等、総帥の直弟子達ともなれば皆一流と呼べる程の内功を保っているのだが、やはり彼等真武剣派の本筋は剣術であると言われている。しかし、総帥陸皓個人に限ってはそうではない。武林にあって一流を知る武芸者達は陸皓という人物の武芸は剣ではなく気功が主ではないか?と考える向きがあった。既に総帥となって四十年、自ら剣を振るう事など弟子の指導以外には殆ど無くなり、部外者がその光景を目にする事は無くなっている訳だが、この場に居る木傀風や各派の高弟達にはそれがはっきりと分かる。総帥陸皓の内力の充実ぶりは弟子の筆頭である白千雲と比べても圧倒的であった。

 総帥の内功はどうやって練成されたのか?陸皓は誰かに師事していたのか?これも真武剣派の興りに大いに関わっている。

 

「あの爺さんの話、長くなりそうだな。何だかくたびれたぞ」

「まだ少ししか経ってないでしょう? 我慢するのよ。それと陸総帥様なのよ? そんな風に呼ぶのは止めて。人に聞かれたらどうするの?」

 陸皓の話を聞く群衆の中に武大ぶだいの姿もあった。隣には常施慧じょうしけい、すぐ後ろは武中大ぶちゅうだい武小大ぶしょうだいも居る。

「儂はずっともくの爺さんを爺さんと呼んでるんだぞ? しかも面と向かって言える。あの陸ってのは木の爺さんと同輩だろう? だったら不味い事など何も無いわ」

「陸総帥と面識無いじゃない。道長様と同じ様にいく訳無いでしょ?」

「まぁ呼び方はともかく儂等は他の奴等と違って招待客だぞ? こんな所に立たされるなど――」

「とにかく! 今は黙ってるの! いいわね? 言う事を聞いて頂戴」

 常施慧が語気を強めて嗜めると、武大は口をへの字に曲げて陸皓のいる正面に目を遣った。

 

「あんた方は清稜しんりょうのお人かね?」

 急に武大の隣から声が掛かる。

「んん?」

 武大が横に目を遣ると老人が立っているが顔は正面を向き目を細めていた。真っ白な髪が丁寧に結ってあり、同じく真っ白なあごひげも綺麗に整えられている。目を細めて一層皺の寄った辺りに長い眉が垂れ下がっていた。仙人というものが実在しているとすればこんなだろうかと思える風貌である。首も手もまるで枯れ木の様に痩せているが、不思議と弱々しいと思える様な雰囲気は無い。老人はにこやかに微笑んでいる。

「あんたが言ったのか? 儂に?」

「ああ、そうじゃ。儂が、あんたに」

「何だって?」

「あんたらは、陸総帥に招待されて来たのかな? 清稜から?」

「ああ、そうだ」

「ご苦労さん」

「……ああ」

 ここで老人は顔を武大に向けた。老人は目を細めているのではなく、もとから開いているのかどうか判らない程目が細い様だった。

「あー、あんたは誰だ? 何処から来たんだ?」

「儂か。何処から、という事も無いのう」

「……意味が解らんが。住まいが何処かにあるんだろう?」

「今日の住まいは此処にする。昨日はもう少し西であったのう」

「……ふむ、爺さんは此処の、真武剣派の関係者か?」

「まさか。もしそうじゃったらこんな所から総帥の演説を眺めてはおらんじゃろう?」

「そうだな」

「清凌を知ってるのか? 木の爺さんを?」

「今此処に居る者は殆ど知っておるじゃろう。名くらいはのう」

「……」

「儂は此処でこのように人を集める時には必ず来るのじゃ。真武剣派というのは太っ腹でな。集まった者に酒を振舞ってくれる」

「酒? それを目当てにわざわざ来たのか?」

「そうとも」

「なるほど。じゃああの陸の爺さんの話などどうでも良いって訳だな」

 武大がニヤリと笑う。この老人も自分と同じなのだ。常施慧が行くと言って聞かず、興味も無いのに渋々付いて来ただけである。同じく出歩く気など更々無かった弟二人を巻き添えにして。

「一応、聞いておるよ。酒の方は先に確認した。後はその段になれば並んで頂戴するだけじゃ」

「確認って何だ?」

「あんたは酒呑みかね?」

「ああ飲むとも。此処に来てからもかなり飲んだ。あーだが此処の酒は不味いぞ?」

「今日振舞われる酒は違うんじゃ。武慶のものではない。この日の為に都から運ばれてきた酒でのう。ほれ、あっち」

 老人は左手前方、建物の脇の方を見ている。そこには人の腰辺りまである大甕が幾つか並べられており、この屋敷の者だろうか、四人の男が番をする様に立っている。

「ほう、あれがそうか」

「あんたは遠くから来たんじゃから特別に教えても良い」

「ん?」

「あれの手前に並んでおる甕、あれには黄色の封がしてあるじゃろう? 見えにくいがあの後ろに二つ、赤い封の甕があるのじゃ」



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