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流浪一天  作者: Lotus
第十三章
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第十三章 五

 早速、狗不死は乗っていた馬をそっちのけにして菓子選びに夢中になっている。傅朱蓮も自らの愛馬、飛雪(ひせつ)の背から降りると狗不死の馬の手綱を取り、二頭を従えて待つことにする。

 先に泊まった山間の村からは随分と降りてきたので人通りも増えている。この街道は武慶から北へ向かう二つの街道の内の一つで、直接、金陽(きんよう)の都へ向かうのではなく少し西にずれた堯家村(ぎょうかそん)という宿場町へと通じている。とは言ってもその堯家村から都はそう遠くなくちょっとした回り道といったところだ。ここから北へ向かえば目的地である咸水に寄った後、堯家村を経て都に入ることが出来る。南へ下れば呂州(りょしゅう)である。

 武慶で木傀風から殷汪が呂州の出である事を聞いた傅朱蓮は呂州にも行っておきたいとも考えたが、どうやら呂州で殷汪を知らぬ者は無いらしく、まさかそのような場所に殷汪が戻るとも思えなかった。殷汪の英雄譚を江湖に触れ回ったのは呂州の民であり郷土の誇りとでもいうのかその扱いが尋常ではない――とは呂州を旅した者の言葉だ。当の本人が身を隠すには最も困難な土地であろう。

 とりあえず今回は予定に入れなかったがいずれ訪れてみたいとは思っている。木傀風の言った、殷汪を赤子の頃から知る人物とは誰か。その手掛かりは恐らく呂州にあると踏んでいた。

 

「なぁ朱蓮」

「ん――?」

 何気なく辺りの風景に目を遣っていた傅朱蓮が狗不死の呼びかけに顔を戻そうとしたその時、こちらへと駆けて来る馬の姿を視界の端に捉えた。すぐさま傅朱蓮は視線をそちらへと回す。

 やって来るのは二騎。騎乗しているのはどちらも身形の良い壮年の男である。最初はそれだけしか判らなかったが勢い良く駆けて来るその二人は瞬く間にこちらへ近付いてくるので、程無くしてその片方には見覚えがある事に気付いた。

(あれは……真武剣派の?)

「ん? どないしたんや?」

「狗さん、あの人――」

 流石に指す事はしなかったが視線で狗不死にやって来る男の存在を知らせる。すると狗不死は即座に男の名を言い当てる。

(はく)やな。何やろ? お、相方は(てい)か。都に戻るんかな」

「都ならこっちは通らないでしょう? 普通は」

 やって来るのは真武剣派の白千雲(はくせんうん)丁常源(ていじょうげん)の二人で、どちらも今は都にあって真武剣派の拡大に努めている。先の武慶で行われた英雄大会を終えて金陽へ戻るところであった。

 

「おお、これは狗不死様ではありませぬか」

 すぐ傍までやって来た白千雲は二人に気付き、そう言って馬を降りた。その弟弟子である丁常源もこれに続き、二人揃って袍拳する。

 傅朱蓮は流石に身形を気にするが狗不死は一切構う事が無い。真武剣派の高弟二人はかなり上物の着物を身に付けており、こうして向かい合っていると対照的でなかなか面白い。しかも身形の良い方が襤褸を纏ったような老人に恭しく礼をする光景はあまり無い。

「お二人は――」

 白千雲はちらと傅朱蓮を見てから言葉を続ける。

「どちらへ向かわれるのですか?」

「ん? 適当や。思いついたらそこ行く旅や」

「ハハ、それは宜しゅうございますな」

 破顔する白千雲だが、それでもどこか厳めしい雰囲気がありあまり親しみを持てる顔ではないと傅朱蓮は思う。髭を綺麗に剃り上げて微塵も残っていないあたりが非常に几帳面そうだ。真武剣派の後継者という点でみれば、なるほどそれらしい面構えとも思える。

「あんたらは何処行くんや? 都に帰るんやろ?。道、間違えてへんか?」

「いえ、確かに都へ戻る途中ですが……。ご存知かと思いますが我が派は今、総出で賊を追っております。こちらも既に人を遣っておりますが一向にその行方は知れず、我らも総帥のお叱りを受けておりまして。しかしこれがなかなか……」

「まぁ、難しいやろなぁ」

「それでもこれは何としても捕まえねばなりませぬ」

「真武剣派の面子にかけても――やなぁ」

「ハハ……。今の状況では既に我が派の名は地に堕ちていると言っても良いでしょう。情け無い事ですが」

 白千雲はそう言って目を伏せると、横に居た丁常源もそれに合わせるように俯いた。

「んでも、あんたら二人だけか? 弟子も連れんと」

「弟子達は他の道を行かせております」

「なるほど。真武剣派の白と丁。足手纏いも無いし向かうとこ敵無しっちゅう訳や!」

「敵が見当たらなければ話になりませんが」

 この二人の実力は武林では相当、上等の部類に入る。真武剣派総帥の直弟子でその筆頭と二番弟子である。修行に積み重ねた年月は真武剣派四十年のその長さにほぼ等しい。狗不死の言う敵無しの言葉を否定する様子は無く、聞いていた傅朱蓮もなるほどその通りであろうと納得した。

「偶然にもお二人に此処でお会い出来てようございました。少しお伺い致したき事があるのです。……傅朱蓮どの」

 不意に名を呼ばれた傅朱蓮は驚いて白千雲を見返した。

「私、ですか?」

「ええ。お二人は休息を取られるところでしたかな?」

 言いながら白千雲の視線は狗不死の手に向いた。狗不死の手には派手に着色された菓子が握られている。装飾のせいでそれが何で出来ているのかまでは一見しただけでは分からない。

「これは儂が買うんやで。あんたらも欲しかったら店はそこや」

 狗不死は背後の店先を顎で示し、手に持った菓子は取られまいと身体の後ろに回した。

「傅朱蓮どのは……少し宜しいかな?」

 白千雲は辺りを見回して腰を下ろす場所を探しているようだが、あいにく椅子の類は一切無い。

「では、あの木陰辺りで少し休むとしよう」

 丁常源に向かってそう言ってから、傅朱蓮も共に来るよう促した。

「儂は? 儂には用は無いんか?」

 狗不死は白千雲の着物の袖を引いて訊く。

「狗不死様にも是非聞いていただいて、もしご存知の事があればお教え頂きたい」

「そうか。ほんなら先にこれ買ってくるわ。あんたらはいらんのやな?」

「ええ。私共は――」

 店に戻っていった狗不死をおいて、傅朱蓮と白千雲、丁常源の二人は近くの立ち木が作る小さな木陰へと移動した。

 

 まず先に、傅朱蓮の方から口を開く。

「真武剣派の方々が、何故、私の事をご存知なんでしょうか? 私は武林のどの門派にも属しておりませんし、交流も殆どありません。あの狗さんも……家族の知り合いです。丐幇の事など殆ど知りません」

 傅朱蓮の言葉に白千雲はほんの少しだけ頬を緩めた。

「気を悪くしたなら申し訳無いが――、武林の人間ならば、そなたには興味を持たざるを得ない。私はそなたが襄統派の悌秀師太と面識がある事を知っている。それにあの狗不死様と共に旅をしている。それだけではない。北辰の総監であった殷汪どのはそなたの身内であるし、洪破天どのもまた、武林では名が知れ渡っておる。そんなそなたの存在を知れば注目を集めるのは当然なのだ」

 そこは傅朱蓮にも、自分の周りには有名な人物が集まっていて、その故というのは理解出来る。ただ洪破天については何故武林で有名になったのかは未だ知らなかったが――。

 


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