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流浪一天  作者: Lotus
第六章
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第六章 十一

「偶然といえば行き過ぎておるな。朱蓮、そなたに会いその剣も見せてもらった。都でもう一振りの殷汪の剣を見たのだ。そなたの旅と関係があるかな?」

「え? いえ、私は何も知りません。もう一振り……まさか、倚天でございますか?」

「そうだ」

「何でや何でや? 見たって何や? 誰が持っとった?」

「方崖にあった様だが、何でも、殷汪の死後方崖から逃げ出した女が持ち出したらしい。何があったか知らぬが金が無くなったのだろう。金に変える事にしたようだ」

 狗不死と傅朱蓮は揃って身を乗り出している。

「金にするて……勿体無い事しよるなぁ。誰やねんその女」

「儂に分かる訳が無かろう?おぬしは心当たりは無いのか?」

「んー……女か。あれかもなぁ」

「……狗さん、誰なの?」

「よう知らん。けどいっつもあいつと一緒に居った。妾……ちゅうのもおかしいな。あれずっと嫁ももろてへんし」

「……そう」

 傅朱蓮は何も聞かなかったかの様に狗不死から視線をはずして背筋を伸ばして前方を眺めている。

「どうやら買い手がついた様でな。誰が買ったのかは分からぬ」

「そうかぁ。あの剣も流浪の旅に出たっちゅう訳やな。殷の奴もそんな長いこと持ってた訳ちゃうやろしな」

「ああいった剣がやたらと方々を渡り歩くのはあまり好ましくはないのう」

「買った奴大丈夫やろか?」

「他所の商人らしい。あの剣は朱蓮の青釭せいこうとは違って見た目も派手だからのう。身に付けて出歩く様な真似をすれば目を付けられるだろう。余程奪われぬという自信があれば別だが……」

「儂は見たこと無いなぁ。どんなんなんや?」

 狗不死は傅朱蓮を見る。

「朱の鞘に銀の装飾が施されているの。作らせた人物は遥か昔の王だって言うんだから相当豪華な造りよ。私のこの剣も一緒に造られたらしいのに何故かみすぼらしいけど。普通の格好でそれを腰に帯びれば剣だけ浮いてしまうんじゃないかしら。その刃がどんな物なのかは私も知らない。私は……殷兄さんが手に持ってるのを見ただけ。抜いたところは見たこと無いの」

「あいつもあんまりええ格好してへんかったもんな」

 

 正午が近付いた頃、にわかに広間がざわついた。そこかしこで談笑していた者達は一斉に立ち上がり、奥側の入り口に向かい正対している。

「陸総帥」

 広間に入って来たのは陸皓である。招待客達は皆その名を口にしながら抱拳して迎える。陸皓はいつも黒を基調とした服装で居るが今日も変わらない。ただ、普段よりは多少艶やかな光沢のある袍で、大きな袖を揺らしていた。

「皆ゆっくり休まれたかな? 遠方よりお越し頂いた方々にはしばらく此処に逗留していって貰いたいのう。この様な機会でもなければゆっくり話す事もままならぬ。懐かしい顔ばかりだ。実に嬉しい」

 広間に居並ぶ客達を見回した陸皓は満足げな表情で頷いている。そのまま表情を崩さずに、

「先に皆に紹介しておきたい。個人的には良く知っておる者も多いと思うが、こういった場で皆と会うのは初めてと思う」

 そう言って先程自分が入って来た入り口の方へ振り返った。

「入られよ」

 陸皓のその呼びかけは短かったが随分と丁寧で、まるで慈父の愛息に向けられた声の様に優しかった。しかし、その声に呼ばれて姿を現したのは幼い少年でも少女でもなく、陸皓よりも遥かに上背のある、いかめしい面構えの男である。 

「アッ」

 広間に現れた男を目にした客人達は皆同じように短い声を発して目を丸くした。

千河幇せんがほう范凱幇主はんがいほうしゅ殿」

 陸皓が告げると、

「おお……」

 それまで息を呑んで呆気に取られていた者達がようやく息を吹き返したかの様に感嘆の声を漏らした。

 范凱は腕を高く上げて抱拳し、低く太い声を発する。

「范凱でございます」

 挨拶の言葉はそれだけだった。范凱の表情はどちらかと言うと堅く笑みは無い。恐らく普段からそんな風なのだろうが、がっしりとした体躯が昂然と立つ姿が初めて会う者には威圧感を与える。陸皓は自分から范凱の隣に歩み寄る。

「我が派と千河幇については皆も聞き及んでおると思うが、それはほんのきっかけに過ぎぬ。緑恒と武慶は近いが今まではお互いまるで最も遠い存在の様に感じてきた。これはとても不自然な事じゃ。今回思い切って范幇主の来駕を請うた処、范幇主は快くお受け下された。皆も知っての通り、范凱殿といえば丐幇に次ぐ大勢力である緑恒千河幇を率いてこの江湖でその名を知らぬ者は無い程の英雄。これを機に是非皆も誼を結んで貰いたいのう」

 

 狗不死がそっと隣の木傀風に顔を寄せる。

「さすが陸の奴、仕事が速いわ」

 木傀風はじっと范凱を見つめたまま、

「うん。しかし、范幇主は困惑しておる様だ。無理もないのう」

「儂には解るで。多分こうや。もううちの事はほっといてくれんか?北辰も真武剣も知らん」

「それはおぬしの考えではないか?確かに千河幇はもう殆ど北辰との繋がりは無いと言えるだろうから、このまま中立を保ちたいと考えるのが妥当ではあるが……陸皓が自ら動き出せばそう抗えるものではない」

「やっぱり陸の奴、今でも北辰ぶっ潰したいんかなぁ?」

「……」

 木傀風はじっと范凱の方を見て黙っていた。

 狗不死が傅朱蓮の方にをチラッと目を遣ると、傅朱蓮も范凱を見つめている。驚いたような表情だった。

「朱蓮、口、開いてんで」

「え? あっ」

 傅朱蓮は頬を染めて慌てて俯く。

「何や? あのごつい親父に一目惚れかいな?」

「馬鹿な事言わないで。そんな訳無いじゃない」

「まぁそうやなぁ。あんないかつい顔が好みな訳無いか」

「……」

「あの親子、ほんまそっくりやなぁ」

「……」

「息子、何ちゅう名前やったかいな?」

「……」

「挨拶、しといたほうがええな」

「な、何故私が――」

「んん? 范幇主はあの朱不尽しゅふじんやったかいな? あれんとこの責任者な訳やろ? ああ、そやな。あっちが挨拶に来るべきや。儂等は協力したったんやし」

「狗さんは何もしてないでしょ」

「まあ後で顔見に行ったらええがな。何かくれるかも知れへんで」

「何子供みたいな事言ってるのよ」

「んん? そっちかて子供みたいに顔赤ぁしてどないしたんや?」

 傅朱蓮は狗不死を無視するように顔を背け何でも無いといった表情を作って辺りに視線を漂わせた。



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