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流浪一天  作者: Lotus
第十二章
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第十二章 二十三

 残念ながら髭面の男の吼える様な号令は、普段ほどの効き目は無かった。まだ無事に立っていられる手下達は悉く怒り心頭に発しているのは間違いないが、慎重になって踏み込む事も出来ずにただ足をじりじりと地に擦り付けるばかりである。

 誰もが目を瞠る様な華麗な武芸をリンが披露したのならば、或いは恐れ慄いて抵抗を止めたかも知れない。だがそうではなく見慣れた喧嘩でこれほどまでに一方的にやられているのが納得出来ないのだ。男達には得物がある。リンは腰に長剣を提げているが一度も手を掛けていない。それでいて何故、既に半数以上が地面に転がって唸っているのか? 改めて『殺れ』と命じられたものの、一体どうすれば良いのか見当がつかず半ば混乱していた。

 一時見えなくなっていた赤袍の男が姿を現し、髭面の男に駆け寄った。

「今、寨主を呼びに遣った」

「今? 今だと? 寨主は何処だ?」

「知らん。だがすぐ戻るかも知れんぞ」

「ハ! 待ってられるか! ……いや、寨主が戻られるまでに俺達であいつを片付けねばまずいぞ!」

 髭面の男がそう言ってリンに目を向ける――が、先程の位置にリンの姿が無い。

 リンは男達の群れに向かい体を躍らせ、まさしく殴り込んだ。自分に向けられている十数本の長剣を意に介する様子も無く、瞬く間に残る男達を片付けていく。この辺りでようやくリンを囲む男達の様子に変化が現れる。迫るリンから逃げ出し始めたのである。

一人駆け出せば周りも慌ててその後を追う。

「こらっ! お前ら!」

 大の男達が慌てふためく姿は滑稽で、眼をひん剥いた髭面の男が怒鳴るその科白もどうも締まらない。

 

(……終わりだね。まともに出来る奴が揃って出払っちまってるなんて、あいつも運が悪い。ま、あの若いのは狙って来たんだろうけどねぇ)

 

 門の外が再び騒ぎだす。九宝寨の男達はどうやら屋敷の外にまで逃げ出し始めたようだ。

「邪魔だ、どけっ!」

「寨主を呼んで来る!」

「何処か知ってんのか? 手分けして探すんだ!」

 門を封鎖するかの様に群がっていた見物人達を押し分け、なんとか表に転がり出た数人が大声を上げながら通りを二手に分かれて駆けて行く。寨主を探すというのは本当だろう。一刻も早くこの場から、そしてリンから離れたい男達は一目散にこの屋敷から遠のいていった。

 

「あー……。もうあんたらも行っていいぜ? これだけやりゃあ充分だ。俺も疲れてきたしな」

 リンは肩に手をやって腕を回す。残ったのは髭面と赤袍の二人と、あとは数人がその後ろに隠れる様に身を寄せているだけだ。周りは地面に転がって動けない男達だらけで、九宝寨屋敷には何とも無残な光景が広がっていた。

「舐めやがって小僧がっ!」

 顔面を怒張させた髭面の男は長剣を振りかざし、その重そうな見た目とは裏腹な速さでリンに迫った。丸太の様な腕が唸りを上げてリンの肩を狙うべく振り下ろされるが、リンはそれを軽く後方へ跳躍して避けた。

「何見てんだ! お前らも来ねえか!」

 髭面の男はリンに背を向けると、自分が無防備なのも忘れて後方で縮こまっている手下に怒鳴り散らす。

「お、おう!」

 赤袍の男が右手に長剣、左手は剣訣を結んでそれらしい構えを見せた。ただ、如何せん目立つのはその真っ赤な袍だけで髭面の男と並ぶと細身で迫力は無く、構えもぎこちない。その後ろの数人は髭面の男の激しい剣幕でさらに怯えてしまったのか目を逸らすように俯いてしまっている。こういう窮地に立たされた場面で最後まで残っているのは最も役に立たない者というのは意外と良くあることだ。この者達は逃げ出す事すら出来なかったらしい。

 もうどう考えても終わりだ、と表の見物人達は思いながらこの見世物の結末を見届けようとしていた。

 リンは後ろを向いてがなり立てている髭面の男の大きな背中を襲うでもなく、ただ薄く笑いを浮かべながら眺めていた。

(注目は集めたし、まあ良いが……こいつら本当にあの九宝寨の人間か? 俺が噂を聞き違えたか……。フン、まあ俺が強過ぎるんだな。あの七星になろうかってんだ。こんな奴ら――)

「おい小僧! 我ら九宝寨を敵に回して後悔する事になるぞ!」

「後悔? いや、それはないな。あんたらじゃ何人居ても俺に勝てねえよ」

「仲間はこれだけじゃない! 九宝寨には此処の数十倍もの人間が居るんだからな」

「あんた俺の話聞いてるか? 何人居ても、って言ったろうが。あんたら程度ならな」

 本気で九宝寨など歯牙にも掛けないといったリンの態度に、髭面の男は驚き、顔を顰めた。

「お前、寨主を、九宝寨寨主、劉毅様を……知らんのか?」

「ん? 誰だって?」

「寨主だ! 我らが寨主、そして北辰七星でもある劉毅様だ!」

「劉毅……七星劉毅? それがあんたらの親玉だって? ……冗談じゃないよな?」

 リンは少しばかり考える様子を見せた後、驚きの表情を作る。劉毅の名は知っているらしい。

「このっ、何も知らん田舎もんが! いいか、北辰の七星ってのはな! 武林で最も強い七人の事だっ!」

「六人だろ?」

「七人だ! その中の二人は我ら九宝寨から出てんだ! 覚えとけ!」

 リンは腕を組んで髭面の男をじっと見つめる。

(七人だって? 今も七人居るのか? ……そいつらは……こいつらよりもちゃんと強いんだろうな? 不安になってきた……)

 


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