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流浪一天  作者: Lotus
第十二章
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第十二章 二十

 沖と別れた後のリンに躊躇いの如きものは微塵も無く、すぐに教えられた屋敷の門へと進む。

 門前の通りを斜向かいから真っ直ぐ近付いてくる男の存在に、たむろしていた四人はすぐに気付いた。どの顔も一様に眉を顰め、鋭い視線を送ってくる。地面に座り込んでいた二人もゆっくりと立ち上がった。

 明らかに威嚇の体で、無言でリンを睨みつけている。こういった態度を見せるならず者は何処の土地でも必ず居るもので、街の者も『ああ、またか』と身を避けて足早に去るのが日常の所作の一つとなっているのだが、此処では少し様子が違った。それ程多くはなかったが通りを行く者達は足を止め、門前の四人と、そこに真っ直ぐ向かっていくリンの様子を興味深そうに見つめていた。

 リンの顔には僅かな笑みが浮かんでいるが、余程注意深く見なければ判らないほどであり、殆ど無表情に見える。威嚇の効果は無く歩を緩めないリンに対し、男達の方が先に声を発した。

「止まれ」

 一人が意外にも冷静な、低く太い声で言う。

 リンは立ち止まらない。次の声が発せられる時にはもう四人のすぐ前に立っていた。また同じ者がリンに訊ねる。

「此処に何か用か?」

「そうだ」

 ここで初めてリンが口を開き、短くそう答えた。互いに視線を外さずに見つめ合う格好になっている。

 この四人には役割分担でもあるのか、一人だけが前に出てリンと対峙し、あとの三人はその後ろに整列するかのように横に並んで黙っていた。視線だけは変わらずリンを真っ直ぐ睨みつけている。

「で? 誰に用事だ? 此処には大勢の人間が居る」

 そう話す男は後ろの三人よりは若干、年長者であるようにも見えるが、それでこの役目なのかは定かではない。

 リンは視線を動かして四人をまんべんなく見渡してから、口許にはっきりと判る笑みを作った。

「全て、呼んで貰おうか」

「何言ってんだてめえ」

 後ろの一人が半身の上体を前に押し出すようにリンに迫るが、リンはそれに何の反応も示さず、

「ま、それは冗談だけどな。あ、でも全員に用があるのは本当だ。相手をして貰いたい」

「相手?」

「中に入れてくれ」

「意味が解らんな。何の相手だ?」

「またまた。もう予想はついてんだろ?」

 ハハ、と少しばかり芝居がかった笑い声を上げるリンは次の瞬間、いきなり両腕を持ち上げて前に突き出し、正面の男の両肩を突いた。

 間合いは狭く、リンは踏み出してもおらず腕が前に出されただけであったが、リンの薄汚れた上衣の袖が風を切る音が鋭く発せられた。それと同時に両肩を打たれた男は真後ろに位置していた一人を巻き添えに思い切り後方に飛び、そして崩れ落ちる。

 同時にリンはその上を飛び越えるとそのまま門をくぐってから数歩進んで立ち止まり、それから振り返った。

「全員、だからな。あんたらもすぐに来てくれよ?」

 リンは門前で呆気に取られている男達に向かって言うとまた前に向き直り、正面にある建物の方へと駆け出す。

「まっ、待ちやがれ!」

 リンの侵入をあっさりと許してしまった門前の四人だったが、すぐにリンの後を追った。地面に打ち倒された二人も特に傷を負った訳では無いようである。

 この四人の『待て』だの『この野郎』だのと叫ぶ声はこの屋敷中に賊の存在を知らせるのに充分だった。リンが建物に到達するより前に、閉められていた戸が少々乱暴に、一斉に開け放たれた。

「うわっ! これはまた凄いな。何人居やがるんだ?」

 戸が開け放たれて中の様子を目の当たりにしたリンはすぐに足を止めて独り言つ。

 入り口周辺に中から溢れ出たかのような男達。善良な街の人々とは一線を画す、見るからに荒々しそうな者達ばかり揃っている。ざっと見ただけでも、四十、いや五十近くは居るだろうか。中だけではない。建物の脇を通ってこの屋敷の奥の方からも駆けつけ、増えていく。その全てがリンを凝視し、そして間合いを詰めてくる。

(ここは……一体なに屋なんだ?)

 

「何だ、小僧! 何しに来た?」

 大勢居る中の一人が声を張り上げながら歩み出て、リンの正面に立つ。他の者達が体を退いてその男の歩みを妨げぬようにと動いていたのを見る限り、この男がこの得体の知れない集団の中心人物で間違い無い様である。ぎょろ目で髭面、これでもかと言うほど鍛え上げられた隆々とした筋肉で、なるほどそれらしい風貌である。ただ、着ている物の粗末さはリンとさほど変わりは無い。

 リンはスッと背筋を伸ばし、にこやかな笑顔を作ってその男に言う。

「此処に居るのはどれも腕に覚えのある者達ばかりと聞いた。俺は他所から来たんだが、ちょいと事情があって自分の腕を試しておきたいのと、この街の人間にそれを知らしめたい。ちょいと人から聞いたのさ。あんたらこの屋敷の人間を倒せば、この街……北辰教に名を広められるってね。いやあ、まさかこんなに居るとは思わなかったよ。フフ、これだけ居ればそりゃあ……有名になれるよな」

 それを聞いた男達は口々にリンを罵り始め、余りの騒々しさに結局誰が何を言っているのか解らない程である。拳を振り上げる者、リンを指差し激しく非難しているらしい者。だが、その誰もが中心に居る髭面より前に出てくる事は無かった。

 男達の怒声は当然、屋敷の外にもうるさく響いている。屋敷の門に人だかりが出来るのにそれ程時間は要らなかった。

「ほらほらあの男! あれが乗り込んで来たんだよ! 私最初から見てたんだから!」

「何者だ? まだ若そうだな」

「こりゃあ……無事では済まんな、あいつ……」

 門の外から覗き込む者達が中の騒ぎに同調する様に口々に喋っている。そんな中に、リンが今どうなっているのかと、人の隙間から中の様子を窺おうと屈んだり首を伸ばしたりする沖の姿もあった。

 


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