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流浪一天  作者: Lotus
第十二章
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第十二章 十九

「おぬしは、そうだな……、道場破りのようなつもりでのり込めば良かろう。あそこは道場では無いがまあ気にするな。ただ、相手に死人を出してしまえば、その時は北辰教入りは諦めるしかない。おぬしは、北辰教相手にその腕を見せ、そして北辰教に認めさせねばならんという訳だ。北辰教の人間を殺せば認めるどころか報復が待っている。特に、あそこはな。微妙な匙加減が必要だ」

「フフ、この俺が加減も出来なくなるほど向こうに腕があれば、それはそれで楽しめるんだがなぁ。ま、今はとにかく北辰に雇ってもらうのが第一だ。間違っても殺しちまう様なヘマはしねえよ」

 相当の自信である。あの北辰七星の一人になろうかというのだから当然といえば当然の事。あそこに居る全てに勝たなければ到底認められるものではない。

「じゃあ早速行こうぜ」

 リンは立ち上がり、酒杯の残りを一気に飲み干した。

「……一緒に行けと?」

 沖は露骨に嫌がる素振りを見せるがリンはお構い無しで頷く。

「こんなとこから見ただけじゃどう行けばいいか分らねえよ。まだ全然この街を理解してないからな。宿以外で知ってるのはこの店くらいだ。道を曲がらずに来れるからな。ハハッ」

 沖は溜息を一つ洩らしただけで何も言わず席を立ってすぐに歩き始める。リンがその後ろを店の給仕や他の客達に愛想良く笑顔を振り撒きながらついていき、二人は店を出るべく下の階へと降りていった。

 

 沖は少しばかり早足で全く後ろのリンを振り返る事無く先を急いだ。昼間の街中は人目が多過ぎる。後ろの若いのは連れではないぞというふりである。途中ではぐれたとしてもそれはそれで一向に構わないのだ。とにかく一刻も早くあの変な若造とおさらばしたいと思っていた。しかし残念な事に、リンはしっかりと離れる事無くついて来る。

 表通りを離れて脇道に入って行くとそこからは何度も小さな辻を右へ左へと折れて進む。確かに口で説明するのは面倒だった。リンがあの屋敷から帰る時に迷わず宿に戻れるか怪しかったがそれはどうでも良い事だ。第一、無事に屋敷を出られるかすら疑わしい。

(殺されても知らんからな)

 その可能性は大いにある。だがそれも無駄に血気盛んな若者の自業自得、全く同情する気は無い。そんな『死』は普段からそこら中に転がっていた。自分がそこへ追いやる事になるが、それを躊躇う良心よりも、まともとは思えない動機で太乙北辰教に急接近しようとする得体の知れない者を警戒する気持ちの方が勝っていた。それを事前に排除出来れば北辰教に忠誠を誓う己の自尊心に大いに適うというものだ。

 ふと沖の足が止まる。目的の屋敷はもうすぐそこという処まで来ていた。後ろを振り返り、真剣な表情でリンをじっと見る。

「この先の屋敷を教えるのはおぬしの望みを叶えるのに一番手っ取り早いからだが、あの屋敷の事を誰に聞いたかは言ってくれるな」

「ああ、分ってるよ。お仲間なんだろ? そんな奴らを俺がぶっ倒しちまったらやっぱり不味いよなあ」

(確かにお仲間……とも呼べるな。微妙に違う気もするが。あまり近付きたくはない連中だ)

細かな部分で異論はあるものの、沖ははっきりと頷いて見せる。

「絶対だぞ? おぬしがもし勝ったら尚の事、こちらまで恨まれる事になりかねん。この街に居られぬやも知れぬ」

「ああ。心配要らない。あんたは恩人だ。迷惑は掛けない」

 恩人とは大袈裟過ぎるが、リンには方崖からの沙汰を待つ以外に出来る事が見当たらないので沖の提案は願っても無い事だったのだろう。

「うまくいって俺が七星になれたらあんたにも少しは良い思いさせてやれるな」

 そう言って笑うリンに沖は愛想笑いで応じた。

(馬鹿としか言いようがないな。どんな環境で暮らせばここまで能天気になれるのか?)

 沖はそう考えながら、つい先程までは一切無かった微かな憐れみすら感じ始めた。

 

 沖が再び足を止めたのは目的の屋敷の門から少し離れた処だった。

「あそこがそうだ」

 沖は視線だけでリンに場所を示す。門の前には四人の男が居る。位置的には門番のような役目の者達だろうがその内の二人は地べたに座り込んで何やら話しており、ただ、たむろしているだけの様にも見えた。男達はどれも屈強そうな体躯で、皆一様に上着の袖を捲り上げて見せている太い腕には墨が入れられている。だが、日差しは明るく、少し暖かい僅かな風が心地良い。閑談に興じる男達のいる景色は平穏そのものだ。

「ああ、あんな連中よく居るよな。ああいうのは大した事無い。怒鳴り声だけはまあまあだけどな。なあ、あそこは何する処なんだ? 誰の屋敷だ? 何だか柄の悪い連中だな」

 リンが首を伸ばしてあからさまに門の前を注視するので、沖が慌ててその視界を遮るように立った。

「いいか。もう行くぞ。あとはおぬしの好きなようにするがいい」

 見つかって顔を覚えられると不味い。リンの話など沖は聞いていなかった。

「では、また……な」

 沖は自分が『また』などと言った事に戸惑いながらも、早々と身を翻した。するとリンが素早く袖を掴んでくる。

「ありがとう。本当に感謝するよ」

 リンは真顔で沖をじっと見ていた。

「あ、ああ……」

 沖は声にならないような小さな音を発して、ようやくリンと別れた。

 

(まったく、変わった奴だ)

 また足早に歩を進める沖は、あの若者がこの後どうなるのかが気になって仕方が無い。どうやってあの門をくぐるのか見てみたい。あそこならすぐに大騒動になるのは間違いないだろう。あの門前に人だかりが出来れば中の様子が見れるかも知れない。

(無事で居られるか? まさか。だがあれが万が一、本当に七星並みの腕を持っているとしたら? もしそうなら中に入るなど容易い。殆ど雑魚だ。しかし……『七星並み』では駄目だ。超えておらねば死闘は免れぬ。もしもあの屋敷に、劉寨主が戻っていたら――?)

 沖は暫く行って後、ぴたりとその足を止めた。

 


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