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流浪一天  作者: Lotus
第十二章
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第十二章 十一

「今、大きく体制を変えるつもりは無い。しかしこれから教主陶光様のもと、我が教は一段と結束すべく様々な見直しをしていく必要がある。それにはまずこの方崖だ。そなた達北辰七星も心して貰いたい。先主様亡き後、随分と気楽に動けるようになったというのは解るが、だからと言って皆好き勝手に行動していたのでは行き過ぎであろう? これからは総監である私と、それから長老衆、そして七星は関係を更に密にし、方崖の結束をより強固にしていきたい。よいかな?」

 張新が言い終えると、やはり即座に侯且がはっきりとそれに応える。他の者は声を出してはいないが張新の視線が自分に回ってくれば軽く首肯し、賛同の意を伝えている。劉毅も肩を竦めながらではあったがそれに応じた。

「周よ」

 張新が周婉漣の正面までやって来て声を掛ける。その面差しは意外にも柔らかい。

「教主様は、ずっとそなたの身を案じておられた。一年もの間無断でこの方崖を離れた事、すぐにでも長老衆を集めその場で説明してもらう事になるが、今は一先ず置こう。近い内に教主様に目通り出来る様調整する。ご心配をお掛けした事、重々お詫びするのだ。そなたが再びこの方崖に上がる事が出来たのは、教主様のご意向あっての事。この事、ゆめゆめ忘れてはならぬ」

 周婉漣はただ腰を折って深々と頭を下げた。方崖に上がれば即座に張新の責めに遭うであろうと予想していたのだがそうならなかったのは意外であった。改めて九長老の前に引き出されて後、何らかの処遇が決まるのかも知れないが、それについては気にしてはいない。そんな事よりも、教主陶光が自分を気に掛けていたという話を聞いて胸が痛んだ。

(たった一年程で忘れられる筈もない。解ってはいたけれど……。しかも突然消えたのでは、割り切りようも無い?)

「今日は教主様の体調がすぐれず叶わなんだが、改めて七星揃ってのお目通りの支度を整える」

 張新は周婉漣の前から離れるとそう言って七星を見渡した。

「皆それまで景北港を離れてはならぬ。また個々にこの方崖へ呼ぶ事もあろう。おって沙汰する」

「ハ」

 侯且の返事と同時に張新は身を翻し、舞台から引けていく役者の様に大仰に袖を振ってから早足でこの尊星の間を出て行ってしまった。すぐに張新と共に入ってきた二名と部屋に最初からいた四名の従者達も後を追って消える。

「……おい、これだけか?」

 あっと言う間に張新は行ってしまい、半ば呆気に取られたように劉毅は他の七星達の顔を眺めた。

「まあ、我ら七星、こうしてまだ集まる事も出来るという事は分かった訳だ。総監どのもおぬしや周には言いたい事もあろうが、此処でそれを我らも一緒になって聞く必要は無い。残念ながら、そのうち呼ばれる事になろう。待っておれ」

 直前に張新と会っている侯且がそう言うので、まあそういう事なのだろう、と劉毅は思った。本当に当初は教主陶光に(まみ)える手筈になっていたものの、急に教主の都合が悪くなり張新が代わりに会う事になってしまったのかも知れない。張新にも今この場で言う事など大して無かったのだろう。

(教主が出て来れてもどのみちあいつもくっついて来て、結局喋るのは殆どあいつだけどな。教主に会っても出来るのは子供の他愛ない世間話。それに意味が無いとは言わんが……)

 劉毅は再び周婉漣の方を覗き見る。すると周婉漣ははっきりと劉毅に向かい視線を合わせてきた。

「良かった。色々と言い訳するにはもう少し時間が欲しいから」

 周婉漣は乾いた声で淡々と言いながら一人、部屋を出て行こうとする。その後ろから侯且が声を掛けた。

「周よ。こうして集まったのは久しぶりだ。一度皆で一献傾けようではないか。是非そなたと劉の話を聞かせて欲しいものだ」

「そうね。私は良いけれど……」

 周婉漣は立ち止まって後ろを振り返り、その視線が劉毅を指し示した。

「俺も構わんが? たいして面白い話も無いけどな」

「そう? あなたは常に面白いと感じる事しかやらないのではなかった?」

「本当にそれだけ考えて動けりゃどれだけ良いか。こんな処に居るくらいだ。察してくれ」

 劉毅は肩を竦めて見せる。殆ど癖みたいなものだ。それを周婉漣はじっと、睨むという程ではないが顔色を読むかの様に見つめていた。侯且が双方を僅かの間だが眺めてから、

「とにかく、近い内にまた会おうではないか。私が準備しておく」

「分かった」

 周婉漣は侯且に視線を移しそれに応じてから再び歩き出した。

「いつもの――処か?」

 劉毅がそう訊ねたが、ええ、と周婉漣は短く答え、足を止める事は無かった。

 

 周婉漣は紫微宮を出る。この方崖で他に用事がある訳でも無く、後は帰るだけだ。すぐ隣には林玉賦が歩いていた。

「最近特にそうさ。ハッ。殆ど遊びじゃないか。全て形だけ。飯事(ままごと)だねぇ。真武剣やら他の奴らが知ったらきっと笑い転げるに違いないよ」

 林玉賦は、周婉漣が居ない間の方崖をそう説明した。

「結局、あの総監も大したことは出来ないのさ。とりあえず自分の存在を認めさせて、後は好きに出来ればそれで良いんじゃないのかねぇ。九長老だって内心、現状維持でいくと思うね。先主様の真似をして武林制覇なんて言いださない限りね」

 まだ方崖の真っ只中だというのに、林玉賦の声には遠慮が無い。相変わらずだ、と周婉漣は思った。

「確かに、悪くは無いね。特にあたし達はのんびり出来るんだしねぇ。あんたや劉はすぐ飽きるようだけどさ」

 周婉漣がそっと唇を開く。

「……もし、陶峯様の頃の様に争うばかりの日々に戻る事になったら、あなたはどうするの?」

 俯いてゆっくりと話すさまが何かを逡巡している様に聞こえるが、周婉漣には良くある事で普段なら林玉賦も深くは考えずに軽口で返す事が多い。だがこの妙に思わせ振りな()と言葉に、林玉賦の眼差しが力を帯びた。

「どういう意味だい?」

 林玉賦はサッと前に出ると振り返り、周婉漣の行く手を遮った。

「何か、起きるとでも?」

「まさか。……そんな事は、無いわ」

 仕方なく周婉漣は立ち止まる。林玉賦はまだ動こうとはしなかった。

「あんた、総監……殷汪様に会えたんだろう? だから、帰ってきた。違うかい?」

 林玉賦が真っ直ぐ見てくるので周婉漣もじっと見返したものの、言葉が暫く出て来なかった。

 


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