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流浪一天  作者: Lotus
第十二章
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第十二章 八

 それから時が移り陶峯が急逝すると、北辰七星は新教主陶光に仕える事となる。既に北辰七星は教主守護の役目について久しく、暫くはその存在を危ぶむ者など殆ど居らず方崖での地位は変わらなかった。陶峯という存在が消えた事で相対的に北辰七星の力が増す事になるにも拘らず、それでも九長老ら方崖の幹部達が北辰七星をそのままにしていたのは、陶峯が後の備えと考えていたのかどうかは知らないが、殷汪という人物を方崖に遺したからである。

 陶峯最強説が浸透していたその生前ならばともかく、選りすぐりの六名を牽制する存在がたった一人などというのは無茶にも程があるというものだが、陶峯が殷汪の腕試しと称して七星と遣らせた時には六名全てを同時に相手にしてこれを退けるなど、武芸天下一とは評判通りであり――陶峯最強云々とは矛盾する事になるのだが、何故かこれに触れる者は居なかった――七星に対して力を示した事は申し分無い。七星の様にずば抜けて武芸に秀でた者達にとって修めた武芸の精妙さは、それを得るのに費やした月日、ひいてはその者の生き様を現す。武林屈指の使い手が互いの技を交える時、それは単なる力比べでは無い。北辰七星はその時、殷汪という人物を知り、そして総監として方崖に立つ事を認めたのである。

 それだけでなく殷汪は新教主を立てて体制を整備すると他派との外交の方針を指し示すなど総監としての役割を果たして方崖を掌握した。そうした上で教主を補佐する同志として北辰七星とも良好な関係を築いていると九長老は判断したのである。

 殷汪が方崖に上がって後、北辰七星は随分と気が楽になったに違いない。『新しく入った余所者』役は殷汪に移ったからだ。ただ、そう見る向きも割と早い段階で消え去る。こうして北辰七星の地位はまた暫く安泰となった。殷汪が消えるまでは。

 今、部屋に居る四人の武装した従者達の役割は、何も劉毅や周婉漣ら北辰七星に目を光らせて牽制する為ではない。七星から見ればこの者達など部屋の飾りの様なもので、その様な効果を期待して張新も待機を命じてはいまい。

 劉毅は考えを巡らした。これがもし教主との謁見となれば更に警備の人間を増やし、七星が教主に近付く事を許さないのではないか。今回、教主の招集で集まったというのに教主に目通りさせる気が無いという事は、既に張新はそう考えているに違いない。何故教主が出て来れないのか、誰も未だ聞かされてはいない。

 陶峯の作った北辰七星はその役を終えて形を変えるのか、或いは消されるか。張新という新総監が従来の形での北辰七星を必要と考えているとは思えなかった。陶峯も、殷汪も居ない、自らの支配する新たな方崖に――。

 

 部屋は静まり返っていて、この尊星の間に人がやって来る気配もまだ無い。七星の四人は並んで立っているが言葉を交わすでもなく、周婉漣と鐘文維はぴくりとも動かずその場に立ち、林玉賦は退屈そうにしていたかと思えばなにやら手の爪をいじくるのに没頭したりしている。

 劉毅は腕を組みじっと前を見ていた。正面には従者の一人が向かい合う格好で立っているのだが、劉毅があまりにも鋭い視線を向けて観察する様に見るのでその男は思わず視線を逸らすと同時にごくりと喉を鳴らした。すると周婉漣、鐘文維、林玉賦の視線が即座にその男に向かう。他の従者達がそれに反応して体を強張らせると、七星の顔はまた揃って向きを変えてそちらを見る。更にそれを見て従者達は一様に体を仰け反らせると息を止め、互いに目を合わせて平静を装いながら姿勢を正した。

「どうした? 肩が上がってるが、まぁ力を抜けよ。静かに総監を待つとしよう。もう来るんだろう?」

 劉毅が従者達を見遣りながら言う。最初は平然としていたかに見えたこの男達は、どうやら少しばかり怯えている様だ。恐らく張新が多く居る従者の中から適当に選んだ者達だろう。見知った顔は無い。七星達は四人の従者の立ち姿を一目見るだけでその武芸が粗末なものである事を見抜いていた。

 従者達は何も言わず、とにかくじっとしている。

(もっとましな者が居る筈だが……。フ、警戒などしていないという意味か?)

 劉毅はチラと周婉漣を見た。すると周婉漣はすぐにそれに気付き見返した。劉毅はただニヤッと笑うだけでまた正面に向き直ると、周婉漣は何も言わずその横顔をじっと見てから顔を戻し、瞼を伏せた。そしてまた暫く静かになった。

 

 ようやく部屋の外に人が近付く気配がした。四人の従者が改めて背筋を伸ばして姿勢を整える。と同時に正面左手の扉が開いた。

「おお。久しぶりに揃ったな。結構結構」

 部屋に入るなり目を細めて微笑みながらそう言ったのは薄緑の深衣を纏った初老の男、侯且(こうしょ)。北辰七星の一人であり一番の年長の者である。伸ばした髭はまだ黒いがかなり伸びている。

 続けてもう一人の男が姿を現した。部屋の入り口を塞いでしまう様な巨躯の男で、比較的大柄な劉毅でも話すのに見上げねばならぬ程だ。七星が一人、慮元沖(りょげんちゅう

「戻って来なかったら俺達が追わねばならんところだった。気を揉ませるな」

 慮元沖はその容姿に違わず低く辺りを震わすような声で言い、大きな目を動かした。

「それは済まなかったな。今から南に出向くには暑過ぎるしな。ん? 俺か? それとも周か?」

 劉毅が言うと同時に侯且、慮元沖の二人は列に加わるべく歩き出す。

「どちらもだ。帰ってくる気があるのならもう少し考えて行動するべきではないか?」

 侯且が劉毅らの前を歩きながら言う。そのまま端まで行き林玉賦の隣に並び、慮元沖はその反対の端、劉毅の隣についた。

「総監どののご機嫌は?」

 劉毅が正面を向いたまま誰にともなしに言う。だがそれは先に会っていたであろう侯且と慮元沖にしか解らない事である。これには少し離れた侯且が答えた。

「さて、悪くはなかろう。しかし良くもなかろうな。おぬしらの顔を見れば変わるかも知れぬからな」

 おぬしらとは劉毅と周婉漣の二人で間違いない。

「まだ待つのか?」

「もう来られよう」

 

 何の前触れも無く、張新は静かに姿を現した。入り口に立ち、中で整列する六名を無言で眺めている。

 官吏が用いる様な金の冠を着け、艶やかな紫の長衫を纏い、赤と金の派手な帯と銀の靴が光を放っている。痩せていて細身の顔と肩。腹回りだけが貫禄充分の、衣装を除けば何処にでも居そうな中年の男。これが、今方崖を掌握している太乙北辰教総監、張新である。

 張新は何も言わないまま中へと進む。その後ろには二人の従者が居り、張新が六名の正面に立つとその者達は先に居た四人の従者とは別に張新のすぐ後ろに控えた。

 部屋には何も無く、椅子も用意されていない。だが張新は構わずに立っていた。劉毅は張新と視線を合わせる事無く正面を見続ける。

(フン、一応まだ俺達に気を使ってんのか。それともすぐに走って逃げられるようにか?)

 


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