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流浪一天  作者: Lotus
第六章
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第六章 九

 木傀風が顎を突き出し目を細めて、誰にとも無く言う。

「あれはこの武林で最も顔の広い奴と言っても過言では無い。そなたは知っておるか?」

 雪凌過と白千雲は同時に木傀風の視線を追った。

「おお」

 白千雲だけが一人立ち上がり、こちらに向かって来る老人に歩み寄る。続いて雪凌過もその場に起立した。

「狗不死様、まさかお越し頂けるとは。是非お知らせしたかったのですが休幇主にお尋ねしましても狗不死様の所在が分からぬと仰られまして」

「ほんまか? そんな事もあるんかなぁ? あんたらは何でも知ってる筈やろ?」

「ハハ、まさか」

 狗不死はそのまま木傀風の座っている席に近付き、片手を上げた。

「何年ぶりやろな?」

 木傀風は僅かな笑みの浮かべて静かに頷く。

「んー、あんたは?」

「狗不死様、こちらは新しく遼山派の総帥となられた雪凌過殿でございます」

「ああ、そうか。儂は狗や。よろしゅう」

「丐幇前幇主、狗不死様のお噂は予々お聞き致して居りました。お会い出来て――」

「ほんま何でも無いねんて。今の儂はなぁ」

「それが本当なら、ここから摘み出されるはずだが?」

 木傀風の言葉に狗不死は肩を竦めた。少し間が空いて、狗不死は白千雲に言う。

「あ、そや、あんたはこの娘知ってるか? 知っとるんやろなぁ?」

 白千雲は狗不死の指差した傅朱蓮をじっと見た後、

「確か以前、至東山しとうざんにてお見かけ致したかと……もう一昨年の事になりますが」

「至東? 襄統じょうとう派か? 朱蓮、誰か知り合いでも居てるんか?」

 白千雲の言葉を聞いて狗不死は傅朱蓮の方へ振り返った。

「襄統派の悌秀師太ていしゅうしたいには時折お会いしております」

 木傀風達が居る手前、傅朱蓮が丁寧な口調で答えると狗不死は今にも吹き出しそうなのを堪えている。それを見た傅朱蓮は殆ど表情を変えないものの僅かに右の眉を吊り上げた。

 狗不死が傅朱蓮を紹介すると木傀風は黙って頷き、白千雲は改めて拱手して挨拶をする。雪凌過は名を聞いて小さく「おお」と感嘆した様子で白千雲に習って礼をする。本来なら遼山総帥が傅朱蓮の様な一介の女侠客に対してこのような礼をとるのは不自然な事だが、まだ一門弟の感覚の方が勝っている様である。傅朱蓮の方は雪凌過以外の顔と名前は覚えていた。

「まぁ座ったらどうだ?」

 木傀風が言うと、白千雲が近くから椅子を持ってきて傅朱蓮に勧める。狗不死は自分で椅子を引き寄せて腰を下ろした。白千雲は直立したまま、

「私は失礼致します。他の御来賓の方々が御到着されておりますので」

「あ、では私もご挨拶に……」

 白千雲と雪凌過は揃ってその場を離れていった。

 

 席には木傀風と狗不死、傅朱蓮の三人だけとなった。急にやって来た狗不死と傅朱蓮の前にもすぐさま茶が運ばれて来た。

「茶か。まぁええわ」

 狗不死は茶を啜り、木傀風は傅朱蓮を眺めた。

「随分と長い弓だな。あまり見かけないがそれは何処の物かな?」

 傅朱蓮は背の弓がそのままでは腰を下ろせないのでその位置を変えている。

「これは……頂いた物なんです。何処で造られたのかは私も知りません」

「うん。その腰の剣は……見覚えがある。少し見せてくれぬか?」

「はい」 

 傅朱蓮から受け取った古びた剣を木傀風は顔を近づけて観察するように視線を動かしていく。取り立てて何の特徴も無い鞘には細かい無数の傷が付いており、それらを撫でる様に指を這わせてからそっと柄を握り、音も無く一寸ばかり剣を抜く。まるで狙う獲物に気付かれない為に全ての音を絶つかの様な木傀風の動作だった。それから徐々に鋭い光を帯びた刃が現れる。木傀風はただじっと目を凝らし続けた。

「どうや?」

 木傀風が何も言わないので狗不死は剣を覗き込んで訊ねた。

「儂は不思議でしょうがない」

 ようやく顔を上げた木傀風は傅朱蓮を見る。

「そなたはこれをずっと腰に帯びて、よう無事で居られるものだ」

「どういう意味や?」

「おぬしもこの剣は知っておろうが。手に入れたいと願う者は大勢居る筈だ。奪いに来た者は居らんのか?」

 傅朱蓮は微笑み、

「鞘はご覧の通り随分みすぼらしい物ですから、誰も気付かないのでしょう」

「抜いた事は無いと?」

「そう頻繁には……」

「これは良家のお嬢さんやで? そんなもん振り回すかいな」

 狗不死はそう言って笑い出すが傅朱蓮の視線に気付くと首を縮めて舌を出した。

「うん……。その昔、この剣身に宿る凄まじい殺気に背筋を凍らせたが……今となっては……」

 木傀風は感慨深げにもう一度剣に視線を落とす。

「ほぉー、あんたでもそんな事あったんや」

「ああ」

 木傀風は静かに目を伏せて頷き、それから剣を傅朱蓮に手渡した。

「狗よ」

「ん?」

「儂はつくづくおぬしが羨ましく思えてならんのだ」

「ほーぅ、この、国中をふらふらしとる死に損ないの儂がか?」

「おぬしはこの武慶だろうが景北港だろうが何処へでも気ままに行ける。自由に会いたい者に会える。中には節操が無いと言う奴も居るがな」

「おう、儂は自由や。何処でも行くでぇ。此処来たんも旅のついでや。通りがかっただけやしな」

「何処へ行く?」

「そんなん知らん。出てから決めるがな」

「そうか」

「あんたかてその気になったら何処でも行けるやろ? 山は若い奴に任せたらどないや?」

「ちょっと狗さん、木道長様に失礼じゃないの」

「礼なんて最初から無い。儂等にはなぁ」

「うん。今更望んでも無理だろうな」

 木傀風は表情も変えずにそんな事を言い、何か考える様に間を置いてから再び口を開いた。

「此処に来る道中、都に立ち寄ってな」

「そうか。儂等はこれから行ってみよう思てんねん。何か用事でもあったんか?」

「いや、無い。無いが、最後かも知れぬからなぁ」

「もうこっちに住んだらどうや?お互い先はもう長ぁ無いで」

「フン、おぬしは口ではそう言いながら儂が死んだ後何十年と遊んでそうだな」

「ああ、そうなったらええなぁ」

「殷に……アレを習っておいたか? それとも完全に失われてしまったか……?」

 木傀風は過ぎ去った昔を思い起こしながら物憂い気分を味わう様に視線を彷徨わせている。


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