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流浪一天  作者: Lotus
第十二章
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第十二章 七

 また、扉がゆっくりと、小さな音を立てながら開く。扉の向こうに居たのは数百日ぶりにこの方崖へと戻って来た周婉漣だ。他に人は見当たらず扉を開けたのは周婉漣自身である筈だが、その手はいつもの如く腰の前で組まれており、ひとりでに開いてゆく扉が完全に開ききるのを待つかの様にじっと佇んでいた。一見すると不思議な光景であったが、中の三人は特に驚く事も無く久しぶりに見る周婉漣の顔をまじまじと見つめていた。

「少し遅れたかと思ったけれど……まだ揃っていないのね」

 まず、周婉漣が口を開いた。すると、

「いや、もう揃ってるさ。あとの二人はとっくに総監の許に居るらしい。どういう事なのか知らんがな」

 久方ぶりの再会にも拘らず劉毅は毎日顔を会わせる仲間に話すかの如く、淡々と言った。鐘文維だけが少し早く東淵で再会を果たしているだけで、林玉賦も劉毅同様、周婉漣を見るのは随分と久しぶりの事だ。だが視線を交わすと僅かに頷いて返すだけである。

 周婉漣は劉毅の言葉を訝しみ僅かに首を傾げる。

「尊星の間へ来いと言う。お前を待っていたんだ。さて、もう行くか」

 劉毅は立ち上がり、林玉賦と鐘文維に目を遣る。鐘文維が立ち、少し遅れて林玉賦も億劫そうにゆっくりと腰を上げた。

「尊星?」

 周婉漣が呟く様に言うと、鐘文維が部屋を出た処で周婉漣に少しばかり頭を近づける。

「どうやら教主にお目通りする事は叶わん様だ」

「……」

 そこへ林玉賦も近付き周婉漣の前に立った。左手を腰に当て、首を傾けて周婉漣を見つめるその表情は少し笑っている。

「あたしは総監の話なんかよりあんたの話が聞きたいんだけどねぇ。確実にそっちの方が面白いに決まってる」

 林玉賦は周婉漣が景北港を離れて何処へ向かったのか、おおよその見当をつけていた。具体的な場所についてではない。それは分からないが、周婉漣がどの様な欲求でもって此処を離れたのか――それは幾つかの理由が考えられたが――理解しているつもりであった。

「……特には何も無かったけれど」

「そうかい? じゃあ……その何も無い様子を後でじっくり語って貰いたいもんだね」

 林玉賦はそう言ってから踵を返し歩き出すと、周婉漣は何も言わずそれに続き尊星の間へと向かう。その後方では鐘文維と劉毅が周婉漣の後姿をじっと眺め、少し間を置いてから歩き出した。

(どうする? 周よ)

 劉毅は腕を組み歩きながら周婉漣の後ろ姿を窺っている。しかし何処にも変わった様子は見られない。

(フッ。当然か。こいつは方崖に居る他の誰より、最も優れた役者だ。俺達などとは『経験』が違う。普通に考えれば当然、俄かに出て来てでかい(つら)し始めた張新如き、手玉に取るなど容易い筈だが、さて――?)

 

 尊星の間。そこには案の定何の用意もされていなかった。ただ、中には四人の従者が正面の壁を背にこちらを向いて整列していた。皆、武器を帯びている。教主が現れるならばこれほど近くに並ぶ事はあり得なかった。通常であれば――。

 今此処に呼び出されている北辰七星にも表向きには武器の携行は許されてはおらず、皆、従っている事になっている。が、果たしてそれが本当かどうかは実のところ不明である。これは非常におかしな事であるのだが、北辰七星という特殊な立場がこのような奇妙な状態を生んだ。

 今、尊星の間に入った四人は通常、得物は長剣を用いている。だが、部屋に入り正面の従者四人と対峙するかの様に横一列に並んだ周婉漣ら北辰七星四人は今は長剣を帯びていない。衣服の中に隠せる筈も無く、間違いなく持っていないだろう。少なくとも長剣だけは。しかしそれに何の意味があるだろうか。剣が無ければその武功を行使出来ないような北辰七星ではない。林玉賦が針を飛ばすのは誰もが知っている。身に纏う衫の下にはどれほどの針が仕込まれているのか? それには毒が塗ってあってもおかしくは無く、一度その技を見せれば周りはただでは済まない。そういった暗器の類を皆隠し持っているかも知れないのだが、部屋に入る前にそれを調べる事は、七星に対して行われる事は今まで一度も無かった。

 

 北辰七星とは太乙北辰教教主の守護者である。常に教主の傍らに身を置き、教主に刃を向ける者達を退けるのが本来の姿。今でこそ武器を所持して教主にまみえる事は許されないとされているが、前教主陶峯は七星だけには常に武器を携帯する事を許している。幾ら武芸に秀でた者を揃えたとしても向かって来る賊に対して丸腰で当らせるのは守りを自ら弱らせる様なものだ。しかし、これは諸刃の剣である事は自明である。この剣が自らに向かって来た場合、陶峯はどのようにするつもりであったのか?

 後に一人加わって北辰七星と呼ばれる事になる自らを守護する者達を選出するのに陶峯が最も重点を置いたのは、その身に付けた武芸である。武林で最も優れた者達でなければならない――そう考えていた陶峯は国中を探し自らその技を見て、六名を集めるに至った。周婉漣を除いた他は皆、他所からこの景北港に連れて来た者達である。劉毅にしても九宝寨は比較的景北港に近い場所にあったがその活動範囲は北辰教との関係もありその勢力外へと避けていたので、陶峯と出会うまでは景北港に近付く事は殆ど無かった。

 得体の知れない余所者をかき集め、しかも凄腕であるその者達を近くに置くなど、危険極まりない――そう考える者も居ないではなかったが、これを知った北辰教徒の殆どは当時そうは思わなかった様だ。何故ならば北辰教主陶峯こそが武林最強であると信じていたからである。

『教徒達を導く徳の高い人物であるのは当然で言うまでも無い事だ。古くから武林最大の武装集団と化した太乙北辰教の首領である教主は武林最強の武芸を修めており、だからこそ教主たり得る』

 事実、教主陶峯の武芸は代々の教主のみに受け継がれるもので武林では一目置かれており、その陶峯が武林制覇を唱え始めると各門派は内心は戦々恐々としたものだ。教主陶峯の野望を打ち砕くには、その技を凌駕する強力な武芸で対抗せねばならない。当時北辰教に対抗する門派では北辰教主の武芸だけでなく教徒達に伝授される様々な武術についても研究がなされていた。

 

 教徒達は信じていた。

『陶峯教主を傷つけるのは不可能だ』

 信頼して傍に置くのではない。裏切り者が現れたとしても、どうせ何も出来ないと――。それに集めたのは武林の有名な門派とは何の縁も持たない、しかし信じがたい事にそれらに匹敵するどころか上回る程の腕を持った無頼の輩達。そんな人間を見つけ出し北辰教に引き込む事に成功したのはやはり教主の徳であり、また一癖も二癖もあるその者達が大人しく従った――本当にそうであったか分かる筈も無いのだが――というのは教主の徳に感じ入ったからこそで、全くの危険な存在では無い筈だという訳である。

『無敵の教主様がわざわざそんな奴ら集めずとも……』

『お前は馬鹿か? 敵の雑魚を一々教主様が相手になさる訳が無いだろうが。あれだけの凄腕を従えとけば、教主様に歯向かおうなんて奴らはそのうち居なくなるってもんだ』

 


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