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流浪一天  作者: Lotus
第十二章
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第十二章 六

 薄い扉に影が映る。髪の長い女らしき影。部屋に居た林玉賦、鐘文維、そして劉毅の三人はほぼ同時にその影に一瞥をくれると、すぐにまた何事も無かったかの様に視線を戻した。

 扉がそっと開き一人の女が顔を覗かせる。総監付きの侍女であった。

「お揃いになられましたら、尊星(そんしょう)の間へとお進み下さいますよう……」

 侍女は部屋には入らず扉の横でじっとして頭を下げ、か細い声でそう言った。

「揃う、とは?」

 劉毅が訊ねる。すると侍女は顔を挙げ、怪訝そうな表情を浮かべた。

「此処にはあと、誰が来る事になっている? 慮と侯の二人も待っていれば此処に来るのか?」

「……いえ。慮元沖(りょげんちゅう)様、侯且(こうしょ)様は既に参られまして張総監様にお会いに――」

「ほう。ならば我らもそこへ行かねばならんのでは?」

 劉毅は言いながら林玉賦と鐘文維に視線を送る。

「いえ、あの、張総監様は皆様と尊星の間で会うと仰られました」

 侍女は慌てた様子で少し早口になる。

「ほう。そうか」

 劉毅は侍女の方を向いて大仰に首を縦に振る。林玉賦はその様子を見てフッと鼻で笑い、鐘文維はただじっと侍女の様子を窺う様に見ている。

「では――」

「ならば、あとは周が来れば揃う訳だな。それはそうと、尊星の間とはどういう事だ?」

「えっ?」

 侍女は早々にこの部屋を離れたいとでも思っていたのか腰を折って後退りする途中であったが、まだ劉毅が話し掛けてくるので密かに眉根を寄せた。

「我らは教主の命によりこうして集まったのだが……尊星の間で拝謁がかなうのか?」

 

 尊星の間とはこの紫微宮にある広間の一つだが、教主との謁見に用いられる事は一切無い場所である。教主の命により個人が特別に呼ばれる場合を除き、通常、教主にまみえる事の出来る謁見の間はこの建物の中央部にある広間というより巨大な空洞とでもいうべき処で、元々その場所のことを紫微宮と呼んでいた。

 最奥に何層にも重なる壇が設けられており、その上に教主の玉座がある。その壇を下りた手前に方崖の幹部達が並び、更にその手前には建物の内部にもかかわらず十丈もの幅のある堀が造られており広間の奥と手前を隔てていた。その堀は左右に二本の細い橋が掛けられているが、誰も渡る事は許されておらず紫微宮の警備にあたる武装した男達が守っている。

 拝謁が叶い訪れた者は教主から遥か遠く入り口を少し入った場所に並んで地に膝をつき、教主の姿を一目見たならば七度叩頭した後、地に額をつけたまま教主の言葉を待つ。教主が退出し、総監の声が掛かるまでじっと同じ姿勢でおらねばならずかなり辛いがそれがしきたりであり、僅かでも粗相があれば即刻つまみ出されてしまう。

 あくまでこれは一般の教徒の場合であり、方崖の九長老など上級の幹部らがこの謁見の間で改まって教主とまみえるという事は無い。総監は勿論の事、北辰七星も同様である。教主の謁見が行われる場合、常に彼らは教主の傍に立つ。

 それにしても尊星の間はあり得ない。外から訪れる客も通せない程何も無く、今、劉毅らが待機している部屋と殆ど変わらずしかも教主の居室からも遠い。広いといっても同じ屋敷内で遠いもなにも無い様なものだが、教主にお出ましを請うには相当の気を使わなければならない。教主の意向はさておき、そのようにしなければならない事になっている。とにかく、客間にもならないその部屋を教主が訪れる事は一切無い。

 

「教主様……でございますか?」

 侍女は何も知らされていないのか、口を閉じるのも忘れてぼんやりと劉毅を見返している。

「ああ、もういい。行って良いぞ」

「え? あ、はい……では」

 劉毅に言われて侍女はそそくさと部屋を出て行った。

「林、教主に最後にお会いしたのはいつだ?」

 劉毅が林玉賦に訊ねる。林玉賦は気だるげに椅子の背にもたれかかったまま少しだけ腕を動かした。

「何であたしに訊くのさ?」

「ずっと此処に居たんだろう? 鐘、お前は東淵だったな?」

 鐘文維は黙って頷くだけだ。林玉賦は顔を顰めて今度は大きく袖を振ってみせる。

「フン。あんたらが好き勝手に出歩いてるおかげでこっちは此処に押し込められてたのさ。全く退屈でしょうがないよ」

 鐘文維は口を開く。

「私は勝手に出て行った訳ではないが……。お前も武慶まで行ったろう?」

「もう随分前じゃないか。あたしは誰かさんと違って真面目だからねぇ。用が済んだらさっさと戻って来たんだよ。どこかで遊んでれば良かったよ」

「俺は遊んでた訳ではないんだが……」

 劉毅が言う。

「周はどうだったか知らんがな。で? どうなんだ? 教主は?」

「声を聞いたのなんてずっと昔の気がするねぇ。あんたが此処を離れてる間は一度も無かった。ひと月……もっと前だったか? 姿は見たけどね」

 太乙北辰教において絶対である教主に仕える身にしては林玉賦の言葉は不遜である様にも聞こえるが、これがいつもの林玉賦であり決して教主を軽んじているつもりは無かった。

「御前試合、か?」

「ハ、試合どころか余興にすらなりゃしないよ」

 劉毅が景北港に残っていた配下から御前試合の話を既に聞いていたとしても何ら不思議は無い。林玉賦はまた袖を振った。

「様子はどうだった。変わりは無かったか?」

「さぁてね。張総監が邪魔で良く見えなかった」

 首を竦めてみせる林玉賦に、劉毅はニヤリと笑う。

「フッ、お前口に気をつけた方が良いぞ。そんな事、俺なら恐ろしくて到底口に出来ん」

「へぇ。変だねぇ。あたしら七星は教主様にのみ従っていれば良い筈だったのに、いつから他の奴の事まで気にしなくちゃいけなくなったんだい?」

「じゃあ何故お前は総監に言われただけで試合に立ち会った?」

「……教主様の名を持ち出して来るから仕方なくやってやったのさ」

 林玉賦の真っ赤な唇が小さく尖る。

「だろうな。これは……問題だぞ?」

 劉毅は林玉賦と鐘文維を見遣りながら言う。その視線には僅かに力が籠もっていた。

「その話は――」

 鐘文維が言葉を返す。

「出来るだけ此処ではない場所でするのが良いだろうな」

 丁度その時、扉に影が映る。また、女の影である。三人は同時にそれを見遣り、今度はじっとその影が扉を開けるのを待った。

「フフ、まさか本当に、戻ってくるとはねぇ」

 


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