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流浪一天  作者: Lotus
第十一章
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第十一章 二十六

 劉毅は思案顔を浮かべていたが、それは直ぐに消して頭を振った。

「俺が言うのもなんだが、七星は特別な存在だ。今、うちにそれ程の者は居らん筈だが?」

 すると華は大きく頷いて同意した。

「確かに。そう考えると、喬高様は……実に惜しい事をしました」

 

 喬高は九宝寨において劉毅を除けば間違いなく最も武芸に秀でており、故に七星入りが出来たと言われていた。無論、劉毅が推したという事も大きな要因であった訳であるが、実際の処は更に理由があった。

 喬高は劉毅の後を継いで九宝寨の寨主となる程、実力を備えた優秀な人物だった。劉毅が九宝寨を留守にする事が多くなって以降、正式に寨主となる以前から既に九宝寨の全てを仕切っていたと言って良く、多くの部下達も彼を慕って九宝寨は寨主喬高の新たな時代を迎えた。

 非常にうまくいったと言える。新寨主が前寨主を追い出したのでもない。九宝寨の采配について劉毅が口出しする事は殆ど無かったようで全て喬高の自由になった。劉毅は自分の気の向くまま方々へ出歩く様になり、完全に九宝寨を喬高に任せていた。

 九宝寨に属する全ての者達にとって劉毅は事実上『隠居』の様な存在となったが、依然として劉毅は北辰七星として方崖に上がる人間であるし、永く自分らを率いてきた劉毅への尊敬の念が消える筈もない。しかも劉毅は喬高に対し完全な信頼を寄せている様だ。劉毅によって北辰教との繋がりも磐石である事に変わりは無く、九宝寨は益々安泰だと考える者も少なくなかった。

 喬高は劉毅をどう思っていたのか。後に喬高も北辰七星の一人に加わり、それからの二人の関係は微妙に変化していった様で、喬高が亡くなる直前には『あまり宜しくない』と噂されるまでになっていたが、普段、双方互いを悪く言う処を第三者に見せてはおらず実際の処は良く分からない。少なくとも喬高が七星として方崖に上がるまでは、喬高は劉毅に対し昔と変わらぬ態度で慕い、仕えるという気持ちを持ち続けていた様だ。劉毅は師の様な存在でもある。それに彼は野心家では決してなかった。九宝寨の首領となったにも関わらず、劉毅に従順で有能な部下であり続けたのである。

 喬高の武芸は確かに優れていたが、北辰七星ともなると先任者達は皆、桁違いの凄腕で敵対者からは『化け物』と罵られる様な者達ばかりである。張新の言う『林玉賦並み』とは武林の常識で捉えればとんでもない話で、喬高はどうであったかというと正直、林玉賦には届かないのではないか、といったところであった。

 では、それでも七星になれたのは何故か? それは、劉毅に対してそうである様に従順で実直、命令に忠実で私欲の薄い、そして有能な人物であるという処を、張新が目を付けたからであった。

 九宝寨の数百の勢力は事実上喬高の手に移っている。この男なら職務に忠実であろうし七星にすれば教主の名の許に動かし易い。本来なら劉毅とて七星である以上同じなのだが劉毅はどうも自分の思う様には使えず、気に入らない。劉毅が薦めてきたという処には少し引っ掛かるとこものがあったが、慎重に周囲を調べて最終的には喬高を北辰七星とする事に決めた。

 こうして喬高は劉毅と肩を並べて方崖に上がる事となったのである。

 

「まあ、推せる人物が居ない以上、何の意味も無い話なのですが」

「……張新は次の候補者を探しているのか?」

 劉毅が訊くと華は頭を振った。

「分かりませぬ。あれ以来、そっちの話は聞きませんな。すぐに用意せねばならないという訳でもないのでしょう。七星なら……先程申しました通り、張総監は慮、侯の両名と親しくなる事に成功したようですから」

 劉毅はじっと宙を捉えて黙り込み、暫く間が空いた。

「寨主。殷汪の件ですが」

「んん? 何だ? どうかしたのか?」

 劉毅はすぐに顔を戻し、鋭い眼差しを華に向けた。この景北港で『殷汪の件』でまだ何かあるとは意外であった。殷汪に関係する事は是非知っておかねばならない。

「いやいや、大した事では――。あ、いや、我らにとっては捨て置けませぬが」

「早く言え」

「張総監は殷汪捜索の手を緩める事を決めましたが――」

「ああ、知っている」

「張総監は殷汪の件に触れる度に『そもそも寨主が、逃げた夏天佑なる者を殷汪と間違えて死んだと報告したのが殷汪を追うのを遅らせた原因だ』と言っているそうです。これは……寨主が居ない間に……」

「ハハッ!」

 劉毅は不意に笑い出す。

「確かに、その通りだな。全く、とんだヘマをやらかしたもんだ」

「……また心にも無い事を。寨主、我ら九宝寨の者はその話を耳にする度に歯噛みする羽目になるのですぞ? 寨主の意図を是非お聞きしたいものですな」

「意図? フフ、そんな大層なものはない。ただの、思いつきだ」

 劉毅は華から視線を外して下を向いたが、笑みは消えていない。

「フッ、すぐに追えたところで――何が出来る? 張新が殷汪に対して何が出来ると言うんだ?」

「それはそうですが。……喬高様が亡くなられたのも同じ頃でしたな。寨主。この事は皆、不審がっております。未だ喬高様の死の真相が全く分からないのですから。殷汪が絡んでいるのではないかと考える者も居る様です」

 これを聞いて劉毅はようやく笑みを消した。華は続ける。

「寨主のお考えを皆に聞かせる必要があります」

 劉毅は黙って答えず、再び間が空く。

 暫くしてから華は少し高い、明るい声を出した。

「教主様の招集は四日後。まだ日はありますが、寨主が戻られたら直ぐに伝えるよう方崖からの使者が煩く言ってきておりまして。またどこかに出掛けられては困るのでしょうな。念を押されました」

「フン。何処も行く気は無い。それが終わるまではな」

 劉毅は大きく伸びをして大の字になって寝台に横たわる。華は頷いて微笑んだ。

「結構でございます。行けばきっとその張総監のお言葉を直に聞かされる事になるでしょう」

「お前、笑って言うな」

「ハハ。まぁ、面と向かってでは張総監のお言葉も少しは和らぐでしょう」

 劉毅は目を閉じる。華は拱手して一礼し、

「ではまた、後ほど」

「ああ……」

 華は音を立てずに下がり、そっと劉毅の部屋を離れて行った。

 

 劉毅はそのまま動かず、眠りに落ちていくのを待つ。そんな中、ぼんやりと人の顔が頭に思い浮かぶ。だがその顔ははっきりとしていない。

(……暫くまともに見てないな……張新が……邪魔だ……)

 その顔をもっと見ようと思い巡らすが、その思い浮かべた絵が徐々に薄くなっていくばかりで、そしてそれは完全に消えてしまい暗闇だけとなった。

 

 

 

 

 第十二章へ続く

 


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