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流浪一天  作者: Lotus
第十一章
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第十一章 二十五

 張新が何処からか連れてきた男――。

(『七星に』と連れて来たからにはその辺で見かけた奴という訳ではあるまい……。あれに武芸の知識があるとは思えん。何処の、張新とどういう縁があったのか?)

 劉毅は暫し宙を眺めながら考える。

(誰かが張新に薦めたのか? それにしても林に対して数手も抗えぬような者を七星に推すとは、そいつも何も解ってないな)

「寨主」

 華の呼び掛けに劉毅はゆっくりと首を回す。華はニヤリと笑みを浮かべ、

「瀕死の男、蔡長老が拾いましたぞ。何とも……お人好しと言いましょうか、相変わらずです」

「今も蔡どのの処に?」

「はい。それで調べたところ、どうやらその男、真武剣派で剣を習った事があるらしいのです。昔の話で、かじっただけなのか本格的に真武剣の誰かに師事したのか……。歳は若くないので師事するとすれば真武剣の総帥かその高弟辺りという事になるのでしょうが、どちらにせよ今は殆どまともに使えないところをみると、たんに若い頃縁があったというだけの様です」

「若い頃だと?」

 劉毅は華を見返しながら眉根を寄せた。

「そいつは幾つくらいだ?」

「五十前後かと」

「そんなにいってるのか。そいつが若い頃といえば、真武剣はまだ草創期と呼んでも良い頃だ。弟子の(はく)でもまだ弟子を取るなどとんでもない」

白千雲(はくせんうん)ですな。確かにあの白の最初の弟子もその男よりはかなり若い筈です」

「解らん事が……増えていくな」

 劉毅はそんな事を言ったが、顔は笑っている。劉毅が今最も注目しているものの一つは、方崖で力を増さんとしている張新という人物についてである。

 劉毅は太乙北辰教が先主陶峯に率いられていた頃からそうであったように、今も当然九宝寨は独立した組織であると考えており、方崖の権力者が誰に変わろうとこちらは付き合い方をうまく調整していけば良いだけの事で方崖で教主の教育係であった者が力を持って台頭してこようがそれはどうでも良い。自分らを敵視し、支配を目論まない限り――。ただ、殷汪が居なくなって突如として表に飛び出してきたかのような張新の今の快進撃とでも言うのかその出世ぶりは奇妙な処も多く、劉毅の注意を引いている。

 教主の下に九人の長老衆があり、太乙北辰教の全てを取り纏める。それらは皆、先主の代からそうであり、更にそれ以前も同様であったらしい。『総監』とは殷汪以前には存在していない。陶峯が殷汪を方崖に迎えるにあたり用意した職名であり特別なものである。殷汪自身も方崖で手に入れられるであろう権力と言うものには全く頓着する事無く、事実、方崖において力を得たのだがあくまで自分は客であるという意識があった様で九長老をないがしろにする事は無く、それ故に九長老の方も『殷総監』に対する印象はすこぶる良いものであった。陶峯が亡くなり息子の陶光が新教主になると世間は『殷総監が北辰を動かしている』と噂したが、これは九長老側の、無双の武芸で対真武剣の旗印となり名を轟かせた殷総監が若い新教主を常に傍で補佐しているという印象を対外的に知らしめる為の方策である。気性が激しく豪腕で知られた陶峯の急逝で柱を失ったと思われない為にも、殆ど無名に近い新教主を支える必要があった。そしてその頃の方崖は九長老と殷汪の十名によって動かされていたのであり、総監が上でも九長老が上でも無い。

 では殷汪が方崖から姿を消せば、そこに張新が入って来れるのか? というと、殆ど不可能に思える。教主の教育係を長年勤めたという事で、教主の一存で総監の役を得る事はあるかも知れない。しかし、九人の長老は『殷汪の代わりに張新』などとすんなり納得出来ようか? それこそ方崖、紫微宮の奥に籠もりきりの全く世間に名の出ていない張新である。教主の傍に殷汪を据えたその効果を、張新に期待するのは到底無理というものだ。

(どうやって今の立場を作った?)

 劉毅に限らず、誰もがそう思っている事だろう。だがその真相は出て来ない。方崖でそんな事を探る事も出来ない。張新本人にその様な事が知られればたちまち捕まってしまうだろう。武芸は出来ないというが今の張新なら太乙北辰教の誰でも動かせる。教主でさえも――。

 今の北辰を知るという事は、張新を知るという事である。何を考え、何をしようとするのか。とりわけ九宝寨の様な、無数にある北辰傘下ではあるが基本的に独立した組織にとってはそれこそ劉毅の様に方崖との付き合い方を慎重に考える必要があった。しかし劉毅はただのお付き合いを続けていければ良いと考えている訳ではなく、更に深く張新を知りたがった。

(張新とは何者か?)

 劉毅は個人的な趣味も相まって益々のめり込んでいく。景北港という街には飽いていたが、その中の方崖という処だけはやはり特別な場所なのである。

(傘下最大の組織、九宝寨が自分の手にはあるのだ。他の七星や、九人の長老とは違う)

 

「その男に興味が沸きましたかな?」

「ん? ああ、大いにな」

「忙しい事ですな。中原では何か得るものがございましたか? 寨主。うちの中も変化がおきておりますが」

「……そういうのを真っ先に俺に言うのが普通じゃないのか?」

「いやそれ程ではありませんな」

 華は劉毅の配下であるが、基本的に丁寧に喋る以外は話す事に特に遠慮は見られない。歳も他の幹部らに比べて上であり、劉毅との付き合いは長い様である。

「喬高様が七星になられたばかりであったというのに、残念ながら亡くなられてしまいましたが」

「……」

 劉毅は何も言わずじっと華を見つめ返している。

「先程も言いました通り、張総監は七人目を探しておられます。その七人目、再び我ら九宝寨から出せないか、という話が出ております」

「ほう、誰が言い出した?」

「発端は解りませぬが、今では皆、これで盛り上がっております。流石に幹部連中は滅多な事を申すなと言って廻っておりますが、それでもやはり、喬高どのの無念を思うと末端の者達がそう望むのも無理はありません」

「……張新にも聞こえているのか?」

「それは解りませぬがおそらく。しかし喬高様という前例があるのですから向こうも不審には思いますまい。教主をお護りする七星に人を出したいと言うんですから、結構な事でしょう。まあそう思って頂いている事を祈るばかりですが」

 


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