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流浪一天  作者: Lotus
第六章
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第六章 八

 青年の名は雪凌過せつりょうかと言い、清稜派と同様に長い歴史を持つ武林の門派である三岳の一つ、遼山派の総帥である。とは言っても総帥の座に着いたのはつい最近の事で、しかも若くまだ慣れない様子である。遼山派は前総帥が病に倒れて長く臥せって居たが、一年近く前に若い弟子達を残して世を去ってしまった。直弟子の中では最も入門の早かった雪凌過でもまだ三十を越えたばかり。若すぎると思われたが病の床にあった前総帥はもしもの時には雪凌過を次期総帥にする事を堅く決めていた様である。雪凌過の上の世代、前総帥の兄弟弟子等年長者は他にも居たのだが、何故かすんなりと決まった様である。その話が広まった時には武林の関心を誘ったが、昔から三岳は他の門派を敬遠とまではいかないが一定の距離を保ち独自のやり方を貫いてきた。多少変わったことをやったとしてもそれは三岳のする事、どちらかと言うと江湖の揉め事とは縁が薄くなっている遼山派は若い総帥になったとしても特に問題が発生するようにも思われなかった。

慧山けいざん媚山びざんは誰も来ておらんのかな?」

 木傀風が白千雲に訊ねる。

「いえ、どちらも総帥にはお越し頂けなかったのですが、代理の方が参って居られます」

「うん。遼山は総帥自ら参られたのだから、陸の覚えも良かろう」

 木傀風はそんなことを言い顎の辺りを撫でながら天井に眼を遣っている。

「道長様ご冗談を。陸総帥は常に三岳に敬意を抱いておられます。雪殿は総帥になられて早々この武慶に足を運んで下さいました。陸総帥以下真武剣派は皆感激しております」

「大袈裟だなぁ」

 木傀風が笑う。雪凌過はどんな顔をすれば良いのか分からないといった風に顔を強張らせていた。白千雲は随分と雪凌過を持ち上げているがこの二人は親子程の歳の差がある。しかし遼山派の総帥となれば陸皓や木傀風といった武林の重鎮と呼べる者達と肩書きの上ではその肩を並べる存在である。白千雲はこの新総帥とどう接していくべきかを計っているところだった。

「こちらこそ、まだ若輩の私を招待して頂けて光栄です。正直な処、不安も多々ありまして」

 雪凌過は言いながら頭を掻いている。

「このような機会はそう無いからな。せいぜい顔を売っておくんだな」

 

 真武観の正面に広がる広い庭は既に人が集まり始めている。屋敷をもう一軒建てられる程の敷地があるがそれでも今までの英雄大会では人が入りきらず、中には屋敷を囲む外塀の上に登る無作法者が必ず居る。真武剣派の門弟達を各所に配置して何も問題が起きないように目を配るのだが、人で一杯になるにはまだ早い。数人が辺りを掃き清めている中に白千風はくせんふうの弟子の呉程青ごていせいと屋敷に仕える李小絹りしょうけんも居た。

「凄いですね。どんどん人が集まってくる……」

「私も初めてだけど、前回も凄い人数だったようね。何処から沸いて来るのかしら」

 二人は笑いながら正門をくぐって来る者達を眺めた。

「でも何だか……ちょっと怖そうな人ばかりの様な……」

「まぁそうね、ちゃんとした招待客の方々は此処じゃなくて奥の広間だから、此処に集まるのは得体の知れない渡世人とかそんな感じでしょ」

「あっ」

 ずっと正門に目を向けていた李小絹が小さく驚いた様な声を出す。

「どうしたの?」

「今、女の人が。あっ、ほら」

「何あの人、何持ってるのかしら?」

 呉程青が目を凝らす。その先には浅葱色した旅装束で背に何やら長い棒の様な物を背負っている女。隣には小柄な老人が並び、話しながら歩いていた。

「何処の人かしら? 剣も持ってるし」

 女の反るようにすらりと伸びた背中に黒髪が揺れている。顔ははっきりと見えないが耳元に赤い耳飾りが見える。腰に剣があるという事は彼女も武林の人間なのかもしれない。李小絹は思わず見とれてしまっていた。

(私もいつかあんな風に……)


「やっぱり私は遠慮したほうが……」

「何でや? 儂も呼ばれてへんけど儂も遠慮せなあかんのか?」

「そうじゃなくて。狗さん一人で行ってよ。私は表で待つわ」

「あかん。外で待たれとったらゆっくりでけへんやないか。それにおもろないわ。儂が紹介したる。多分、中の連中は皆知った奴ばっかりの筈や」

 真武観中央の建物の正面に立った老人と若い女は立ち止まって話している。老人は狗不死くふし、女は東淵とうえん傅朱蓮ふしゅれんである。

「でも……」

「別にええがな。お前のその姿見たら皆面白がる……ちゃうわほれ、はよ行こ」

「何よそれ……」

 

 狗不死が先に入り、広間までやって来ると直ぐに呼び止める声が聞こえた。

「狗不死様!」

 背の低い小太りの中年男が後頭部から奔放に伸びている髪を揺らしながら小走りで駆け寄って来る。その後にも二人の男が付いて来ていた。

「一体、何処へ居られたのですか? 随分探しましたぞ!」

「ああ、お前か。呼ばれたんか? どっから来たんや?」

「都に居りましたので……」

「都かぁ。何かあったか?」

「いえ、これといって何もありませんが」

「そうか」

 男は狗不死の後ろに立っている傅朱蓮を見る。

「幇……狗不死様、こちらは……?」

「何やお前知らんのか? この背の弓見てもか?」

 傅朱蓮の背には長弓があり、正面から見ても上端は頭よりも大分高い所にある。

「……はぁ」

「疎いやっちゃなぁ」

「ちょっと狗さん」

 傅朱蓮が狗不死の腰の辺りを指で突付く。

「紹介するわ。これは丐幇かいほうの幇主の休達きゅうたつや。んー、そんだけや。達、このお嬢さんはなぁ東淵の傅家の令嬢なんやで。傅朱蓮や。よう覚えとけよ」

「狗さん真面目にしてよ」

 傅朱蓮は休達に正対し、拱手する。真っ直ぐに伸びた上体に凛々しい表情、腰の剣と背の長弓がその辺に居る普通のお嬢様では無い事を物語っている。

「おお、あなたが。お会い出来て光栄でございます。休達と申します。狗不死様より丐幇幇主の大任を仰せつかりまして――」

「お前の話は長なる。もうええやろ? 折角来たんやからもっと他に会いたい奴おんねん。ほなな」

「狗不死様、是非後ほどお時間を頂けませぬか?この期を逃せば次お会い出来るのは何時の事やら……」

「分かった」

 狗不死はさっさと行ってしまう。休達は二人の男を従えてその後ろ姿を拝しながら腰を折りじっとしていた。

 

「あの方……本当に丐幇幇主なの? 随分腰の低い幇主様ね」

「あんなんも居ってええやろ。丐幇は頭数だけはごっつい組織や。あれ一人で動かす訳や無い」

「ふーん、狗さんもちゃんとそんな事考えるのね」

 狗不死は振り向き眉根を寄せて傅朱蓮を見つめる。

「……ごめんなさい」

 二人の関係の経緯を知らない者から見れば、丐幇前幇主である狗不死に対する傅朱蓮の物言いは信じられない位だ。しかし狗不死の頬はすぐに緩んだ。

「考える仕事はとっくの昔に終わりや。もう空っぽやで。あーおもろい」


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