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流浪一天  作者: Lotus
第十一章
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第十一章 十九

 新たに洪破天を加えた稟施会と孫怜ら一行は、灯りの乏しい街道を南へ向かう。遠く武慶に始まり緑恒を経て北端の景北港までを結ぶこの街道は国の中央部とはかなり離れており、辺鄙な土地が大部分を占めている。東淵と緑恒との間が最も長く、そしてこの二つの大きな街の間には小さな集落ばかりが点在していて、東淵の様な賑やかさも、上等な宿も、到底望むべくもない。しかし今はそれ以前に、ただ東淵から離れるという事が重要であった。

 北辰の手の者が追って来る可能性は低い、と樊樂らは考えている。しかし油断する訳にもいかない。どの道、暫くはゆっくり出来そうな場所は無いのだ。ならばひたすら南に向かうしかない。

 いつもの様に樊樂と孫怜が先を行き、その後ろに胡鉄、劉子旦、そして可龍、比庸。洪破天はさらにその後ろをついて行く。

 比庸と共に一頭の馬に乗り、馬を操る比庸の後ろに掴まっている可龍は背後が気になって仕方が無い。偶然後ろを振り返った時に洪破天と目が合い慌てて顔を前に戻したが、洪破天はまるで睨む様にこちらを見ていた。多分そうだった。何分、急いで視線を逸らしたのではっきりと見ていないのだが、そんな雰囲気であった気がする。

(ああ、くそっ。俺も馬に乗れたらこんな一番後ろであの爺さんの視線に晒される事も無かったのに!)

 孫怜が随分丁寧に喋っていたのは聞いているので、『ただの爺さんではない』などと勝手に想像しているが、話はさっぱり理解出来ていないので『どのようにただの爺さんではないのか?』はよく分からない。とにかく、東淵を出てから一言も喋らず、あの決して親しみ易いとは言い難い『気性の荒そうな老人のしかめっ面』でじっと自分を見ているのだとしたら――。可龍は思わず背筋を振るわせた。

「ん? どうした?」

 可龍が身をよじらせたのに気付いた比庸が、後ろを振り返る。

「いや、何でも――あ、いや」

「んん? 何だよ?」

「前と後ろ、変わってやろうか?」

 可龍の申し出に、比庸は口を開けたまま眉を顰める。

「はぁ? お前何言ってんだ? お前が前になったら邪魔でしょうがない」

「いや、まぁ、そうか」

 可龍はハァと溜息を洩らし、背を丸める。すると、

「お前達、ずっとその馬に二人で乗っておるのか?」

 背後から初めて声が聞こえ、可龍は驚いて思わずその背筋を伸ばした。それからゆっくり後ろを振り返ると、洪破天がすぐ傍まで近付いて来ていた。

「は……はい?」

「ずっと同じ馬か?」

「あー、いや……」

 急に話し掛けられてしどろもどろな可龍は、前の比庸をチラチラと見遣っている。その比庸にも洪破天の声は聞こえており、後ろを振り返ろうとすると丁度、洪破天が横に馬を並べてきた。

「いえ、時々換えて貰ってます。さすがに長いと馬もへたばりますし」

 比庸は洪破天の問いにはきはきと答えている。後ろの可龍はそれを聞いてホッと安堵の息を吐いた。

 この若者二人は容貌が似通っていて特に特徴らしいものは見当たらず、樊樂などは今でも名を呼ぶ時にどちらが誰だったかを考える為に間が空く事があるが、二人が口を開けばその話し方から若干性格の違いは感じられた。ただそれも『二人は別人である』という認識を補うだけに過ぎず、やはり名前はすぐに出て来ない時が割とある。

「こいつは馬を繰れないので」

 比庸が自分の肩越しに後ろを指す。一瞬、可龍は眉を顰めたがすぐに洪破天に向かって愛想笑いを浮かべた。

「ハハ、まぁ、今はまだ――」

「お前の、その――」

 洪破天は可龍の言葉が終わらない内に、腕を伸ばして可龍の方を指差す。

「持っておるのは何じゃ?」

「え?」

 可龍は洪破天の指先から視線を真っ直ぐ移動させ、自分の腰の辺りを見る。自分の手があり、自分の得物、呉琳(ごりん)から受け取った短槍を掴んでいる。

 洪破天がその棒状の物が何なのか分からないのも無理は無い。この短い槍の穂の部分は布を何重にも巻いて膨らみ、その布がまた薄汚れたぼろ切れなのに加えて柄の部分が一般的な槍と比べて異様に短いので、たんなる杖の様に見えていた。

「これは……槍、でして……」

「槍? それがか?」

「はぁ」

「お前だけ、それか?」

「は?」

「他は皆、長剣を提げておるが」

「ああ、こいつは槍術を――」

 また比庸が代わりに応えるが、可龍は比庸の肩を掴んでしかめっ面をする。

「ほう、槍術とな?」

 洪破天は明らかに興味を示し、可龍をじっと見ている。

「ええ、家伝の槍術――」

「おい、……やめろよ」

 可龍は話を止めさせようと目を剥いて比庸を揺さぶった。

 家伝の槍術というのは偽りではないし、昔つるんでいた仲間内ではそれを自慢げに話した事もあったが、それは殆ど武芸に縁の無さそうな者達だけを相手に話しただけである。孫怜と出会って仕事について行き始めた頃、孫怜含め周囲の大人達にも知られてしまったのだが、実際にその腕前を披露した事は一度も無い。可龍はそれを残念に思うどころか、孫の幇会では日常茶飯事の荒事に巻き込まれる度に周囲に守られ、(助かった)と胸を撫で下ろす日々であった。

 今回のこの長旅で、再びその荒事に巻き込まれる可能性は充分にある。しかも今回は自分も含めてたったの六人しかいない。一緒に来た比庸は剣も使えないので残るのは五人。じつのところ、自分がこの槍で敵に立ち向かう場面が否応無しに迫ってくるかも知れないと思うと、とても不安で仕方が無かった。

(孫さんが居るんだから、敵は全部孫さんが始末してくれるかも)

 などと期待しつつも、

(こんなに少ない人数なのに俺が何も出来なかったら、孫さんの足を引っ張る事になる。そんなの……絶対に駄目だ)

 と、密かにその胸の内で熱い葛藤を繰り広げていた。ちなみに今は、

(あの爺さんは凄く腕が立つってあの()って人が言ってたしな……。孫さんと二人、無敵かも)

 と、心中はかなりの楽観傾向にある。

 


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