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流浪一天  作者: Lotus
第十一章
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第十一章 十八

「お前達は陸豊を知らんじゃろうが? 関係の無い事よ。……ああ、孫、お前は知っておったのう」

「お会いした事はありませぬが。ですがその居場所は知っています」

 孫怜がそう答えたので、洪破天は意外そうに見返した。

「ほう? どうやって探し当てた?」

「都の――」

 孫怜は一度樊樂を見遣ってから、

「稟施会が知っておりました。そこで聞いただけで私が調べたのではありません。稟施会もただ偶然知っただけの様でした。稟施会が陸豊どのに用があるとは思えませんでしたし、無論我らも何もありません」

「……何も無い事は無かろう? お前は秘伝書の件を殷と陸皓の問題と言うたのう。じゃが陸豊も無縁では無い事は解っておるはず」

 孫怜は洪破天の視線を真っ直ぐ受け止めつつ頷く。

「それは……解っているつもりです。我らはこれから南下して緑恒に行く事になると思いますが、陸豊どのも既に動いているのかを確かめようと思っています」

「そうじゃのう」

 洪破天は頷き返す。

 傍で聞いている馬少風は話を理解している様で、これには何も質問を挟んでこない。樊樂らは真武剣派の陸皓、そして陸豊の事を孫怜からある程度聞いたので、東涼の秘伝書との関わりについて、はっきりとではないが大筋は掴めていた。王梨は黙って聞きながら何やら思案顔を浮かべていて、恐らく何も解っていないのは一番後ろで声だけを聞いていた可龍、比庸の二人と、梁媛だけであろう。

「では、参ろうか。遅くなった」

 改めて洪破天は孫怜らを見渡しながら言い、もう一度、梁媛を振り返ってそっと腕を伸ばした。大して手入れもしない伸ばし放題の白髭と深い皺。その顔を梁媛の目の前に遣り、少し大袈裟に笑顔を作ってみせる。

「行ってくる。此処の夏は短い。体に気を付けてのう」

 もうすぐそこまで迫っている夏の間には帰っては来ないという意味なのだと、梁媛は思った。その小さな唇を開いてはみるものの、言葉が出て来ない。洪破天は梁媛の柔らかい頬をそっと撫でてから体を起こし、また一つ頷いた。

「洪兄さん」

 王梨が洪破天に歩み寄ってその腕に触れる。

「殷さんに会う事が出来たなら、私達が皆、会いたがっていると伝えて」

「分かっておる」

「それと今、朱蓮が出ているでしょう? もう戻って来るのかまだなのか分からないけれど、殷さんを探し続けてる事を伝えておいて」

「もう会っておるやも知れんぞ?」

「それなら良いけど、あの子……」

「ああ、分かった。伝えよう」

 洪破天は王梨の肩に手を置くと、神妙な顔つきに改まった。

「梨妹、媛児を頼む」

 その言葉を聞いて王梨の表情は微笑に変わり、大きく頷いた。

 

 孫怜らは表に出て馬少風を囲んでいた。

「急に来て騒がせてしまったな」

 孫怜が馬少風に言う。馬少風は相変わらずの無表情。見ようによっては仏頂面の様でもある。自分が行けない事が余程不満であるらしい。

「何十年ぶりに会ったのに一日も無い」

「少風、まぁそう言うな。あの長老が俺の顔を忘れた頃にまた来るさ」

「いや」

 馬少風は孫怜の目をじっと見ながら、左右に顔を振る。

「その前に、俺がそっちに出向くだろう。殷さんの許へ」

「……そうか」

 孫怜は視線を下に向け、何度か小さく頷いていた。

(殷さんの身がそんなに心配か。天佑ならともかく、お前はそんなに殷さんを気遣う様な奴だったか? ……まぁ良い。また殷さんの許に集まれるなら、それはそれで、面白い)

 そんな事を考えていると、自然と口許に笑みが浮かんできた。

「ほれ、もう良いぞ」

 不意に声が掛かる。見れば洪破天が馬に乗り、出発を待っていた。その背後に王梨と梁媛が並んでいるのが見える。

(もう良い……か)

「よし。じゃあ出発だ」

 樊樂が言い、皆一斉に馬に乗る。樊樂は洪破天の傍に馬を寄せ、

「洪さん。俺達は次の目的地をはっきり決めている訳じゃない。道中の宿もどうなるか分からない。今夜だって野宿かも――」

「儂は勝手について行く。お前達は好きに行けば良い」

「分かった。よし、じゃあ行こう」

 樊樂の馬が歩き出すと、一同、ほぼ同時に動き出して列を作り、その最後に洪破天が続く。何を準備したのか、遠出する旅人が持つにはあまりにも小さな包みを背に、静かに屋敷の外へと向かって行く。王梨と梁媛の視界から消えるまで、洪破天は一度も振り返らなかった。

 

「さて、媛。戻りましょう。今日はもう休んで良いわ」

 王梨は明るい声を出し、梁媛に話し掛けた。

(ちょっと……じゃないけど、ただ出掛けただけよ。だから、そんな顔をする必要は無いの)

 梁媛は僅かに顔を上げ、「はい」と小さく応えて重い足取りで中へ戻って行く。王梨はその丸まった背にそっと手を添えた。

 洪破天の言った短い夏がもう始まろうとしている。辺りに潜む虫達の声量が、それを教えていた。

 


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