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流浪一天  作者: Lotus
第十一章
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第十一章 十五

「おい、どうする? 本気らしいが……」

 樊樂らは額を寄せて話し合っている。洪破天が加わったとしても特に障りがあるとは思えないが、此処、傅家は本当にそれで大丈夫なのかも気になる。

「おい、馬公。洪どのが腕が立つってのは本当か?」

 樊樂は馬少風の方を振り返って訊ねた。馬少風はいつの間にか、一人取り残されたようになっていた梁媛のすぐ傍に立っている。

「ああ。洪さんの腕は尋常じゃない。北辰の七星くらいなら問題無いだろう」

「おいおい、『七星くらい』って、本当かよ」

「七星云々と言ったのは殷さんだ」

 馬少風はそう言ってから隣で俯いている梁媛の肩に手を乗せ、その小さな体を見守る様に視線を送っていた。

 孫怜が馬少風に歩み寄る。

「洪破天どのが此処を離れるのは不味いのか?」

「……良くは無いな。引き止めたいところだが、あの洪さんが一度決めたらもう誰にも止められん」

 馬少風は、ずっと俯いたままの梁媛に視線を注いだまま答えた。孫怜もその視線につられて自然と梁媛に顔が向く。暫く誰もが黙ったままだった。

(離れるのは辛いのだろうな……)

 洪破天とこの娘の関係がどれほどのものであるのかを孫怜は知らないが、下を向いた梁媛の顔はきっと悲しい表情をしているであろう事が、その佇まいから見てとれる。

(美しい娘だ……)

 最初に見た時、そう感じた。幼い様でいて、しかしどこかに大人びた雰囲気も滲ませる可憐な娘。

(この娘を置いて行く、か。いや、考えすぎか。何も今生の別れでもあるまい。暫く旅に出るだけの事だ)

 孫怜はそんな事を考えつつ梁媛を眺めていたが、そうしている内に妙な感覚が沸き起こるのを感じ取った。目の前にいる娘の存在感が増していく様な錯覚。孫怜は僅かに顔を引き、しかし視線は梁媛の姿を一層強く見つめる。梁媛は身じろぎ一つせずに変わらず顔を伏せていた。

 孫怜は戸惑う。自ら武芸者と名乗る事は無いが若い頃から武術に触れ、その技を頼りに生きてきた孫怜はその身に感じる違和感には敏感である。その対象が人ならば尚の事、発せられる気配、ひいては内功の質までも読み取って相手の技倆(ぎりょう)を量る。一見、武芸とは縁の無さそうな相手であっても同じである。優れたものほどその存在を秘するものだ。ただ、この若い梁媛もそうであるとは到底思えない。注意深く観察してみてもやはり力無く項垂れているだけである。

 孫怜の視線は一層力を増した。無論梁媛はそれに気付いてはいない。その筈である。

(何だ? 目が……おかしいのか?)

 暗くなった庭に点在する明かりが辺りを照らしているが、やはり薄暗い。なのに梁媛の体が光に縁取られてくっきりと浮かび上がっている様に孫怜には見えていた。もし梁媛が堂々として胸を張り、こちらを真っ直ぐ見据えていたのなら、まだその存在感に納得するところもあったのかも知れないが、そうではない。ならばその細い体から重厚な内力が溢れ出しているのかといえば、やはりそういった類のものでも無い様だ。そんなものをこの歳で体内に蓄えているなどとても考えられなかった。

(……あの洪破天どのや殷さんに縁のある娘と聞いたから、何か……錯覚を起こしたのだろうか? それにしても……この娘は……」

「怜? どうかしたか?」

 馬少風の声が掛かり、孫怜はハッとなって馬少風を見遣った。馬少風は怪訝そうな眼差しをこちらに向けている。

「いや、何でも――」

 孫怜はそう答えながらも視線は徐々に梁媛へと戻っていく。するとその時梁媛が顔を上げて孫怜の顔をまっすぐ見上げた。視線が合い、孫怜は息を呑む。

(なんと……美しい娘だ)

 漆黒の中にまばゆい星を抱くその双眸に見つめられ、思わずもう一度、そう胸の内で呟いた。

 

「あら? お客様かしら?」

 門を入ってくる人の気配には気付いていた。皆、振り返って見ていると入って来たのは婦人とお付の下男らしき者の二人連れであった。

「奥様」

 まず梁媛がそう言って婦人に歩み寄る。梁媛の耳飾りを持って出掛けていた王梨であった。王梨が恭しく頭を下げると、樊樂らは慌てて居ずまいを正して礼を返す。孫怜も樊樂の横に並んで拱手する。

「私共は――」

「洪さんが街を出ると言っている」

 孫怜が挨拶をしようとしたところへ馬少風が前へ出て遮った。

「あら、何処へ行くのかしら?」

「……殷さんの居る処だ」

 王梨は僅かの間、馬少風を見つめてから何度も頷いた。

「それが何処かは……分からないのね?」

「ああ」

「で? こちらの皆さんは?」

「俺の古い知り合いだ。仕事で呂州から来て、これから南へ向かう。洪さんは付いて行くと言っている」

 王梨は樊樂らを見遣り、

「もしかして、皆さんはもう発たれるのかしら? 今夜?」

「ええ、そのつもりなんですが、洪どのが『待て』と言って出て行ってしまったもんでね」

 樊樂は肩を竦めて見せる。王梨は口許を着物の裾で覆い、ホホと笑い声を洩らした。

「困った人ね。まぁ昔から思いつきで行動する人だから。またどういう訳か、よくいろいろと思いつくのよ。それにしてもこんな急にとはね……。余程思いつめてたのかしら」

「それは、どういう……?」

 馬少風の問いに王梨は微笑を向けただけで答えず、樊樂に、

「では洪さんが戻るまで中でお待ち下さいな」

「あー、いや、実は俺達は……」

 樊樂は隣の孫怜を横目で見ながら口ごもる。するとすぐに孫怜が言葉を継いだ。

「我々は、本来なら今此処に居る事さえ許されぬ身でして、すぐにこの街を離れねばならないのです。離れる前に洪破天どのにはご挨拶しておかねばならないと思い参りましたが、長居しては傅家の皆様にも多大なご迷惑をお掛けする事になりかねませぬ」

「どういう事か良く分かりませんが、洪さんを待つのでしょう?」

 王梨は首を傾げて言う。孫怜は返す言葉が見つからず、思わず下を向いた。

 


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