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流浪一天  作者: Lotus
第十一章
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第十一章 十四

 考え込む様子の孫怜を樊樂が覗き込む。

「怜、その辺の事は今はどうでもいいだろう? とにかく先を急ぐんだ」

「分かっている」

 孫怜は顔を上げ顎をやや前に突き出す様にして大きく息を吐き、梁媛が入って行った入り口のあたりを見据えて洪破天が出て来るのを待つ。

 

 洪破天はすぐに現れた。梁媛もその後ろに付いて戻って来ている。

「何じゃ? もう発つのか?」

 皆、馬を連れているのを見て洪破天は言う。

「はい。実は……」

 孫怜は紅門飯店で謝という北辰の長老が自分達を捕まえようとした事と、そこに劉毅も現れて助けられた事、そしてその因である此処へ来る道中の至東山のほど近くでの出来事をかいつまんで説明する。洪破天は特別な反応を示す事無くじっと聞き入っていた。

「謝のう。大人しく引き下がれば良いが。しかしおぬしらがさっさと此処を離れてしまえば問題は無かろう。劉毅は……何処へ行った?」

「方崖へ向かった様です。教主の……召集とか申しておりましたが」

「ふむ」

 洪破天は腕を組み目を閉じる。何やら思案している様で、そこへ梁媛が歩み寄った。

「あの、お爺様。中でお話を……?」

 話の内容はよく分からないがどうやら長くなりそうだと思い、洪破天に言う。洪破天が目を開け孫怜を見遣ると、

「いや、本当にすぐ発ちますので」

 孫怜はそう言って梁媛に向かって微笑みかけた。

「そ、そうですか」

 梁媛は慌てて孫怜から視線を外し、はにかんで俯いたまま洪破天の後ろへと下がる。どうという事も無いのだが、余計な口出しをしてしまった様に感じて洪破天の後ろで恐縮していた。

「孫よ」

 洪破天は組んでいた腕を下ろし、孫怜をじっと見つめる。孫怜は思わず背筋を伸ばして洪破天のその真剣な表情を見返した。

「儂を連れて行かんか?」

「え?」

 孫怜だけではない。馬少風や樊樂らも驚いて目を見張る。そして洪破天の後ろに居る梁媛も思わず顔を上げた。

「お前達の、徐とかいう男を捜すのを手伝おう。どうじゃ?」

「え、あ、いや、しかし何故ですか? 突然……」

「天棲蛇の秘笈がおぬしらの探す秘伝書と同じかどうかは知らぬが、その先で殷に出くわすかも知れんじゃろう? 儂もあれが何処で何をしておるのか気になる」

 孫怜は返答に窮し、樊樂を振り返る。徐騰(じょとう)を追うというこの任務は稟施会のものであり、それを仕切るのは樊樂である。孫怜が決める訳にはいかなかった。

 樊樂はまだ驚いた表情のままで、孫怜と視線を合わせても暫く何も言わなかった。その間に馬少風が洪破天に言う。

「旦那様が絶対止めると思う」

「……言う必要は無かろう」

 洪破天はまた目を閉じ、大きく息を吸い込み、そして吐く。

「黙って出ると?」

「儂は今までする事をいちいち千尽に言上した事など無いが?」

 洪破天の声が僅かに変化している。苛立ちを含んで、微かに震えている様でもあった。

「お爺様……」

 微かな声が、洪破天の背後から聞こえる。梁媛が洪破天の後姿を見上げて不安げな表情を向けていた。だが洪破天は振り返らない。振り返らなかったが、俯いて静かに話し掛ける。

「媛」

「……はい」

「殷を、探してくる」

「……」

「会いたいじゃろう?」

「……会いたい、です。でも……」

 馬少風が一歩進み出る。

「見つけたとしても殷さんは此処には来れない。今、此処に来る筈が無い」

「そんな事は解っておるわ!」

 洪破天は馬少風をきつく睨み、声を荒げた。北辰はまだ殷汪を追っているのだ。こちらに近付く筈が無い。常識的に考えれば――。

 だが洪破天は北辰教の事は半ばどうでも良いとも思っている。殷汪は一旦方崖に上がりながら、その後の数年は夏天佑と入れ替わったが景北港を離れてはいなかったのである。何処でどの様な暮らしをしていたのかまでは知らないが、北辰教の本拠の街で方崖の人間に見つかる事無く、恐らくは夏天佑とも密に通じていたに違いない。

(此処へ来る事自体は何でもない事。奴の事じゃ。媛に会いに来んのも面倒がっておるだけじゃ)

 洪破天は馬少風を視界から追いやって、孫怜の方を見た。

「どうじゃ? おぬしらの足を引っ張るほど、まだ耄碌(もうろく)はしておらんぞ?」

 すぐにまた馬少風が口を開く。

「洪さんなら、あの劉毅とも対等に渡り合えるからな。今、居なくなれば傅家は――」

「フン、傅家に手を出して北辰に何の利がある? それに、お前達は何の為に雇われておるのだ?」

「この東淵に現れたあの天棲蛇秘笈、あれはどうするんだ? まだ何も調べてない」

「表紙だけじゃろうが。仕掛けた者が用があるのは北辰でも傅の家でもあるまい。恐らく儂か、或いはお前であったか、いや、真の目的はやはり、殷じゃろう。撒き餌の様なものか?」

「そうなら洪さんがあの表紙を持って殷さんの許へ行くのは、これを仕掛けた者の思うつぼという事じゃないのか」

「ハッ、だからどうだというのだ? 知った事か。そんな事はどうでも良い。何か不都合が起これば殷が始末をつければ良いだけの事じゃ」

 洪破天は馬少風に背を向け、歩き出す。

「洪さん、何処へ?」

「馬を都合してくる。待っておれ」

「あの、本当に?」

 孫怜が洪破天に向かって言うと、洪破天は背を向けたまま腕を上げる。

「支度などいらぬ。すぐ戻る」

 洪破天はすっかり暗くなってしまった通りへ出て行き、すぐにその姿は見えなくなった。

 


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