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流浪一天  作者: Lotus
第十一章
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第十一章 九

 樊樂らは一斉に顔を劉毅に向けた。都から尾けてきていたとは全く知らず、皆、一様に驚きの表情をみせる。都から此処までは二十日ばかりかかってしまったのだが、道中そのような気配は一切感じなかった。相手が劉毅であったから――そう言えなくも無いが、今となっては何も知らずに居た怖さというよりは、どこか妙な悔しさの様なものがこみ上げる。

 孫怜だけは劉毅の言葉には反応を見せず、卓上の一点を見つめていた。

「我らは、武林の人間ではありませぬ。北辰七星の劉毅どのが我らを尾けるなど思いもよらぬ事。一体、我々の何があなたの目に留まったのでしょうか?」

「そうだな。一つは――」

 劉毅は持っていた酒杯を置くと、再び自分で注ぎ始める。

「稟施会がこちらに来る事はそう無いだろう?」

「ど、どうして稟施会だと?」

 樊樂は思わず声を上ずらせた。劉毅は樊樂をちらと見遣り、

「それはお前、都の稟施会の屋敷から出て来たからだろうが」

「北辰は……稟施会まで見張っていると……?」

「ハッ、北辰は稟施会などどうでも良い。何か、儲け話でもあれば付き合いもするだろうがな」

 劉毅は樊樂の方を見ながら、酒を満たした酒杯をすっと孫怜の前に差し出した。劉毅が最初に掴んだ酒杯は孫怜が使っていた物だったのだ。孫怜はその酒杯を持ち、劉毅に訊ねる。

「ではあなたは何故、都の稟施会へ?」

「用があった訳じゃない。見張ってもいない。だが稟施会が東に向かうというのには興味がある。滅多に無い事だしな。こっちでは商いはしておらんだろう?」

 劉毅は孫怜にではなく、樊樂に向かって訊く。樊樂は稟施会の人間であり孫怜は違うという事を把握しているらしかった。樊樂は頷く。

「だがそれは俺個人の興味だ。フフ、俺の稼業は知っているか?」

 劉毅といえば九宝寨。その首領であった筈だ。つまり盗賊集団の頭である。そして稟施会は江湖でも屈指の大商団。確かに繋がりはある気がする。嫌な組み合わせではあるが。

「ま、それは殆ど関係無い。ま、ついでなんだが。俺のお目当ては、呂州の孫怜」

 不意に劉毅の口から自分の名が語られ、孫怜はさすがに体を強張らせた。口許に運んでいた酒杯が唇に触れる寸前で止まる。

「……益々、分かりませんな。あなたが私をご存知とは」

「真武剣が探している秘伝……探しているのはお前達も同じの様だが、お前はもう持っているだろう?」

 劉毅は体を捻って孫怜の方を向きじっと見つめてくるが口許は笑っていた。孫怜にはどういう意味なのか解らなかったが、とりあえず北辰は真武剣派の追う東涼(とうりょう)の秘伝書の件を把握しているという事は確認出来た。七星劉毅が知っているならば既に方崖も知っているか、若しくは未だ伝わっていなくとも今から方崖に戻るらしいこの劉毅から伝えられるだろう。

「私が? 秘伝書を?」

 劉毅は答えず孫怜を見たままだ。

「持っているならわざわざ此処まで来る必要はなかった……」

 孫怜がそう言うと、劉毅は視線を孫怜から僅かにずらした。

「馬少風、だったな。久しぶりだな。元気か?」

 劉毅が急に馬少風に向かって話し掛けたので、皆、今度は馬少風を見る。

「……変わらない」

 馬少風は劉毅に顔も向けずにぼそりと言う。馬少風が劉毅に会うのはこれが二度目。一度目の時の事は今でも良く覚えている。

「そうか。あれから、あそこには行ったか? 俺は一度行った。通り掛ったついでだが」

 劉毅のこの言葉を聞いて馬少風はようやく顔を上げて劉毅を見た。だが何も言わない。

 孫怜や樊樂らには何の話か解らない。何も言えず皆、黙っていると、劉毅の視線は再び孫怜に戻る。

「一年近く前、俺は殺されそうになってな。フフ、あれは本当に危なかった」

(殺されそうに? この男が一体、何に殺されそうになるというんだ?)

「もし天佑の体が何でもなかったなら――」

 馬少風が呟く。すると劉毅は、

「フッ、そうだな。俺は確実にやられていた」

 そう言って目を閉じ、フーッと息を吐く。

 孫怜らは劉毅と馬少風を交互に見遣るのに忙しい。しびれを切らした樊樂は馬少風に小声で訊ねる。

「天佑って、()の事か?」

 すると馬少風が答えるより先に、劉毅が口を開いた。

「そうだ。俺はあの時初めて、殷汪の『蛇殺し』の剣の片鱗に触れた。殷汪自身は俺にそれを見せた事は無かったが、弟子がそれを見せてくれたという訳だな。まさか弟子であれ程とは思いもしなかったが」

 弟子とは天佑の事かと思いながら、孫怜は眉を顰めて俯いた。

(天佑と闘った? 天佑は殷さんと共に北辰を去って……それをこの男が追ったという訳か)

 夏天佑と七星劉毅には何の接点も無い様にも思えるが、夏天佑が景北港で暮らしていたと馬少風から聞いている孫怜は、夏天佑は殷汪が方崖に居た頃も付き合いを続けていた筈だと考えており、その事から殷汪が方崖を出た折に一緒に居た筈の夏天佑と劉毅が遣り合う事になったのだろうと想像する。しかし『蛇殺し』とはどういう意味かすぐには解らず、考えを巡らす。

(蛇殺し? 蛇……もしや天棲蛇の事を言っているのか? 何故この男は天棲蛇を知っている? ……確かに天佑の剣はその全てが殷さんから教わった『蛇殺し』の剣。『対天棲蛇剣』なんだからな。それこそが殷さんの、本懐の剣だ。……天佑のものはその片鱗には違いない、か)

「天佑は弟子じゃない」

 馬少風は相変わらずぼそりと呟く様に言うだけである。

「似たようなものだろう? 馬よ。それに、孫?」

 劉毅の呼び掛けに孫怜は顔を上げた。

「孫怜、お前が殷汪から教わったのは『蛇使い』の剣の方だな? 東涼天棲蛇剣。どうだ?」

 もはや孫怜は驚かない。この劉毅は殆どの事を知っている――。残っている疑問はそれを何故、何の為に知っているのかという事だ。仲間であった呂州の四人は昔、殷汪と縁があったというだけで、今では武林の要人になっているという訳でもない。ただの江湖の民である。北辰に目を付けられる様な事は何一つ無い筈なのだ。

「夏天佑が今際に俺に教えてくれてな。(ぼくという名の武林のご先輩の天棲蛇剣の存在を――」

「天佑は言ってない!」

 馬少風が珍しく強い口調で、劉毅の言葉を遮った。顔を顰めて劉毅を睨んでいる。

 


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