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流浪一天  作者: Lotus
第十一章
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第十一章 六

「で? その千河幇は殷汪捕まえてどうするつもりなんだ? やっぱり殷汪が鏢局を襲ったと考えたんじゃないのか?」

 樊樂が訊ねると馬少風は即座に首を振った。

「違う。范凱幇主と殷さんは知った仲らしい。殷さんは北辰の内情を知っているから、方崖に探りを入れるよりは北辰を離れた殷さんを探した方が良いんだ」

「方崖に人を送り込むのは危険過ぎるしな。まぁ、まず何も掴めんだろう」

 孫怜がそう言って目の前にあった茶に手を伸ばそうとしたその時だった。不意に店内にどよめきが起こる。何事かと振り返ると、こちらに向かって駆け寄ってくる数人の男達の黒い装束が目に飛び込んできた。真っ直ぐこちらにやって来ているではないか。

(何だ? ……くっ!)

 孫怜と馬少風、樊樂らは傍に置いた剣を掴むと立ち上がる。だが黒装束の男達も素早く、その時には既に目の前に並んでいた。

 男達は八名。皆、全く同じ黒装束で、腰の帯は黄で揃っていた。孫怜らの前に壁を作る様に横一列に並んでこちらを睨みつけている。腰に剣を下げているが、まだそれには触れていない。

「何か用が?」

 馬少風が一歩進み出ると男達に向かって言う。孫怜らは客であり自分は傅家の用心棒である以上、自分がまず対応すべきだと考える。すると中央に居た二人がすっと横に体を退く。そしてそこに黄色の長衫を纏った老人がゆっくりと現れ、列に加わった。

「余程、我らは嘗められておるようだの」

 老人は目を細めて馬少風をはじめ、可龍、比庸に至るまでじっくりと睨めまわす。細身で皺が深く、顎に蓄えた髭は全て白い。纏っている黄衫はかなり良い物らしく身分の高さを窺わせた。

(聞く必要は無いな……。北辰の幹部か。黒装束は配下。方崖の人間か?)

 馬少風の後ろで、孫怜は老人と男達の様子を注意深く観察する。

「全く、信じられぬ」

 老人は引き続き独り言の様に言うが、視線は孫怜に戻りじっとこちらを捉えていた。

「何なんだ? 用があるならさっさと――」

「樊!」

 樊樂は意味不明な言葉を吐く老人に苛ついて口を開いたが、即座に孫怜がそれを遮った。

「本気で言っておるのか? こうまで堂々とされるとこちらがちと不安になるのう」

 そう言ってフッフッと微かな笑い声を洩らす老人。そして直後、その唇が引き締まる。

「捕らえよ」

 ぽつりと呟く様な命令だった。だが、黒装束の男達はその声に弾かれるように動作した。

「やめろ!」

 馬少風の反応も早い。男達が前に進み出たその瞬間、老人の両脇に居た二人の胸を突き飛ばした。その腕が余りにも速く、突き飛ばされた二人だけでなく老人と残りの男達もほぼ同時に後退する。まるで馬少風を中心に波紋が広がるかの様に揃っていた。その隙に孫怜が馬少風の隣に進み出る。

 店内に居た客達は不安げな表情で遠巻きにして様子を窺っていたが、不意に動きがあったので皆驚きの声を上げ店内は再びどよめいた。しかしすぐに動きが止まったのを見るとまた口を噤んで訝しむ。

()の奴……何をしでかしたのだ?)

 客達の殆どは黒装束が北辰の手の者だと知っていた。

 老人は馬少風をじろりと見遣り、

「馬少風、とか申したな? 匿えばお前もこの者達と同じとみなす」

「何の事だ?」

 馬少風には意味が分からず怪訝な顔つきのまま老人を見返した。

「……少風。すまぬ。俺達が馬鹿だった」

 馬少風の問いに応じたのは隣に居る孫怜だった。馬少風はその怪訝な顔を孫怜に向けるだけだったが、老人はにやりと笑う。

「ほう、そうか。阿呆であったか。それなら納得だの。そうでなければこの様な処に居られる筈が無い」

「怜、何が――」

 馬少風が孫怜に訊ねようとした時、老人が喋り始める。

「その者らは、我が教の者を殺めた。五人もだ。だのに逃げもせずこの東淵で酒を喰らっておるのだからのう。もしや我が教に挑むつもりかの? 六人での。フッフッ」

「へっ……そういう事か。そりゃあ確かに、俺達は大馬鹿だったな……」

 樊樂はようやく気付く。此処に来る前、至東山(しとうざん)の麓で襄統(じょうとう)派の弟子が北辰教の者達に絡まれているのを助け、結果、その北辰教の者達を殺した。その場に居た北辰教の人間は五人で、孫怜がその全てを始末したのだが、そこは街道で人の往来に近過ぎた。襄統派の本拠が近いというのに絡まれていた二人の弟子を助けに同門の人間が一人も出て来ないのには苛立って悪態をついた樊樂だったが、北辰教の人間若しくはそれに近い者は居たという訳だ。仲間が殺されれば報告するのは当たり前である。

(くそっ……何て事だ。こんな大事な事をすっかり忘れちまうなんて! しかも俺だけじゃなく怜も……子旦! お前くらい思い出しても良いだろうが!)

「我らはこの者達を方崖へ連れて行くからの。解ったらお前は下がるが良い」

 老人は手を持ち上げて振り、下がれと言う。だが、馬少風は動かない。馬少風には解らず、動けなかった。

「少風、俺達は捕まる訳には……」

 孫怜は老人を見つつ、隣の馬少風に聞こえる程度の小声で言う。すると馬少風は頷く仕草を見せた。

「なら逃げよう」

 

 後ろで殆ど怯えに近い表情を浮かべている可龍と比庸に胡鉄がそっと体を寄せ、呟く。

「いいか。俺達が動いてもお前達はじっとしていろ。俺達は奴らを引き付けて表に向かう。お前達は様子を見てそっとあっちの客に紛れ込むんだ」

「でも――」

 そこで胡鉄は口を噤んで二人から離れ、樊樂と劉子旦の傍に立つ。ほんの一瞬、視線を交わした。

 孫怜は一度後ろを振り返り、サッと樊樂らに視線を送ってからまた前を向き、続いてはっきりと声を発した。

「少風、すまない。お前には隠していたんだ。俺達は北辰教の者を――」

 ゆっくりと一歩踏み出す孫怜。同時に樊樂らも同様に前へと進む。黒装束の男達はこちらを睨みながら身構え、再び一気に緊張が高まる。

 馬少風は孫怜の言葉に戸惑い、北辰教の者達と孫怜を交互に見遣るだけである。

「おい、怜……何を――」

「ウーン?」

 不意に短い唸り声が辺りに響いた。それは新たな、太い音だった。

「これはこれは、(しゃ)長老ではないか? こんな処に来られるとは珍しい」

 老人が店の入り口の方を素早く振り返り、黒装束の男達は孫怜らを注視しながらも声の方も気になって戸惑っている様だった。老人が声の主を見つけ、喜色満面で甲高い声を出した。

「おお、劉毅(りゅうき)よ。これは良いところに来たの。教主の召集に間に合ったか」

 


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