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流浪一天  作者: Lotus
第十一章
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第十一章 五

 その頃、樊樂らは紅門飯店に戻って来ていた。馬少風も一緒に居る。

「食事代くらいどうって事ないんだぜ?」

 樊樂が馬少風に向かって言うが、特に意味は無い。せっかくただで夕食を食べさせてくれるというのを断るつもりはなく、それ以上は何も言わなかった。

「しかし、屋敷に泊めてもらって本当に良いのか?」

 孫怜が訊くと馬少風は頷き、

「旦那様が良いと言った。問題ない。部屋は余っている」

「ふーん。用心棒風情の遥か昔の連れをあんな良い部屋に泊めてくれるなんて、あの旦那も太っ腹だ。しかも突然来たところで俺達がどんな奴らかも分からんだろうに。ま、怜は気に入られた様だけどな」

 先ほどまで樊樂らは馬少風と話をする為に傅千尽の屋敷を再び訪れていた。その後暫くして何処かへ出掛けていた傅千尽が屋敷に戻って来たので改めて話をした。

 傅千尽は孫怜が馬少風と共に呂州で殷汪と親しくしていたという話を聞くと大層喜んで呂州の事をあれこれと訊いてきた。すでに馬少風から聞いていてもおかしくないのだが、今まで馬少風はあまり呂州での事を話していなかったらしく、若い頃の仲間四人が殷汪に世話になった話をすると傅千尽は面白がった。

『咸水に居た頃、殷から聞いておった。呂州に面白い奴らがいるとな。懐かしい話だ……。そうか、おぬしがそうか』

 馬少風もその一人な訳だが、傅千尽に言わせれば馬少風は『面白くはない』そうである。ただ、用心棒としては重宝しているようだ。孫怜はそれを聞いて、至極もっともな事だと思った。

(殷さんは、少風だけは別に教えていたからな……)

 

「いつ、此処を発つ?」

 馬少風が孫怜に訊き、孫怜は樊樂に顔を向ける。

「なるべく早く、南に向かいたいな。うちの支店に寄りたいし、他にも仲間が徐を探してる筈だから、そっちの情報も得たい。こっちには何もねえしな」

「怜」

 馬少風が孫怜の名を呼んだ。ここ最近、そう呼ぶのは樊樂くらいしかいなかったので、孫怜はどこか懐かしい気分になる。

「お前の探している秘伝書の話、もし殷さんの耳にも入ってるなら多分……探してると思う」

「……そうだな。無事でいるのなら」

 孫怜は城南に居るという夏天佑と名乗る男が気になっていた。樊樂は絶対に夏天佑ではないと言い張っている。馬少風は『夏天佑は死んだ』と言っておりどうやらそれは確かな様なので、それならば城南の夏天佑は別の誰かであるのは当然であり、そして樊樂は殷汪の顔を知らない。加えてあの周婉漣の反応である。

『方崖の夏という者の話です――』

(俺が『夏天佑』とはっきり言ったのに否定しない。別の名なら言う筈だ。方崖の夏天佑? 殷さんが総監なら、夏天佑は何だったと言うんだ? いや、こんなややこしい事を考えるまでもない。あの夏天佑ではない方崖の夏天佑。こんな怪しい存在があるか。恐らくそれこそが、殷さんだ!)

 孫怜の考えは殆ど確信に近い。実際にその顔を見た樊樂らが言う『若過ぎる』という事については、人の年恰好を量るにはどうしても見た目だけではある程度の幅が出るものだし、特に武芸者においては長く頑健な体を維持する為の特殊な内功の修養法などが知られており、ある程度の若々しさを保つ事は可能である。樊樂らの見たその者がどれほど若いのかは孫怜自身が見ない事には分からないが、自分達より一回りほど歳の大きい殷汪の方が多少若く見えるというのは無きにしも非ずといったところである。

 馬少風が体を傾けて孫怜に顔を近付けた。

「その殷さんを、探す者が他にも居る」

「他?」

千河幇(せんがほう)

「千河幇が殷さんを? 何故だ?」

 不意に出てきた新たな話に、一同は身を乗り出す。特に樊樂の隣に居る劉子旦は樊樂に体を押し付けんばかりにして聞き漏らすまいと目一杯首を伸ばしている。樊樂はその劉子旦を見て眉を顰めているが、それは当人の視界には入っていない様だ。

「千河幇は、北辰を離れる。いや、もう既に……」

「鏢局、だったな? その話は少しだが聞いている」

「一年ほど前の、妙な事件だった。千河幇に属する緑恒(りょくこう)の鏢局が景北港に向かう途中、賊に襲われて十数名が殺された。その鏢局の(かしら)と傅の旦那様は親しくてな。うちの用心棒も数名同行した。俺もだ」

 馬少風は緑恒千河幇に属する鏢局の景北港行きの経緯と事件の概要を説明する。普段、話を細切れにしてそれを淡々と喋る事が多い馬少風にしては意外に丁寧で分かり易い説明だった。自らもその渦中に居たからだろうか、状況を事細かに話す。

「賊は北辰の手の者という疑いがある。そしてそれは未だ晴れていない」

「一年前……殷さんが死んだとされた頃か。殷さんが関わっている?」

 孫怜の問いに馬少風は首を振った。

「いや、関係無い。今のところは……多分」

 黙って二人の遣り取りを聞くだけだった樊樂もここで話に加わる。

「北辰は千河幇が疑ってる事を知ったら、そりゃあぶち切れるだろうな。本当の処がどうであろうとな」

「知っているとは思うが、今のところ千河幇に対して何かする気配は無い様だ。千河幇の方から何かしてきたら、その時は――」

「受けて立つ、か。でもよ、千河幇の今の勢力ってどうなんだ? 北辰相手に何か出来るのか?」

「無理だろう」

 孫怜が答える。

「幇会自体はかなりの規模だが、剣を交える抗争となれば北辰の敵ではなかろう。千河幇は所詮、商団の集まりだ」

「幇主の范凱(はんがい)どのはかなりの使い手だそうですが?」

 劉子旦が江湖の噂の一つを披露する。緑恒千河幇幇主范凱は名うての剛拳の使い手として名を馳せている。ただこれは特に江湖の噂に耳が聡い劉子旦でなくとも皆が知っている事だった。

「確かに。他にも千河幇の中核を成す幇主の配下には使い手が多いと聞いているが、しかしそれだけではな」

「こんな噂もあるぜ? 北辰がもしこの先、他にやられて滅ぶとしたら相手は武林じゃなくて、朝廷軍による制圧だろうってな」

「樊さん! もう少し声を落として下さいよ。こんな処で……」

 劉子旦はそっと辺りを見回したが、樊樂の話に気付いてこちらを見る者はどうやら居ない様なので安堵した。劉子旦は樊樂に言ったのだが、孫怜も少し声を落とす。

「ただ、幇主の范凱どのは人望厚く、武林の各派とも広く親交があるそうだ。北辰に近いにもかかわらずだ。さすがに反北辰教の主力とも言える真武剣派とは距離があったが、今は違う。これは予測がつかんぞ? 何がどうなるか……」

 




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