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流浪一天  作者: Lotus
第六章
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第六章 六

 周維は青衫の胸のあたりをすっと撫でてから取り出した扇子を両手で持った。

「失礼致します」

 すぐ斜め後ろに洪が立つ。中にいた男達が一斉に振り向き近付いてくる。

「んー? 何だあんたは?」

「私はこちらの劉さんの知人ですが、あなた方は?」

「今その劉さんは忙しい。出直してくれ」

「はて? 時間は間違えていませんが……。皆さんは何を?」

「あんたには関係無い」

 周維はゆっくりと頷いて見せる。

「そうですね。劉さんにお聞きしましょう」

 周維が一歩踏み出したところで男の一人が正面に立って行く手を遮った。

「出直せって言ったんだ。聞こえなかったか? 帰れ」

 男は顎を突き出して周維を睨んだ。他の三人が周りを囲む。

「私は劉さんと約束があるのです。その約束を破棄するということならそれは劉さんから窺わねば。あなた方は劉さんとはどういったご関係でしょうか?」

「うるせぇな! ごちゃごちゃ言わずにさっさと出て行きゃいいんだよ!」

「フフ、それは聞けませんねぇ。何の権利があってそう言うのです? あなた達は此処の人では無いようだが……どいて頂けませんか?」

「何だぁてめぇなめてんのか!?」

「とんでもない。ま、あえて言わせて貰いますと、声の大きな人が前に居て邪魔だ、という――」

「この野郎!」

 男が逆上し周維の胸倉を掴もうと両腕を伸ばした瞬間、何の前触れも無く周維の胸元で真っ白な扇子がほんの一瞬開き、そしてまた閉じられた。

「うわっ!」

 正面の男は右手首を掴んで後方によろめいてたたらを踏み、その様子を見た他の三人は驚き後退って身構えた。洪は後ろを向いてその三人に対峙する。

「てめぇ何しやがった!?」

「あなたは何をしようとしたのですか?」

 周維は落ち着いた表情のまま閉じた扇子を手に佇んでいる。

「こ……この……」

 男は右手首を押さえたままでじりじりと後退る。周維の視線はその男の後方へ移っていた。

「何やってる?」

 正面の建物の入り口にも男が立っている。自分の身形になど興味は無いといった感じの伸び放題の髪が顔の殆どを隠している様な痩せた男。周維と洪を囲んでいた男達はその痩せた男の姿を目にすると、主に助けを求める犬のように一斉に駆け寄った。

「あんた、何だ?」

 ひどく落ち込んだ眼窩に鈍い光が見える。周維は一礼した。

「こちらの劉さんに用事があって参った者です。つい先程此処に戻られるのを見ましたのでお会いしたいのですが」

「ふーん」

 痩せた男は暫くだまって周維を観察する様に見る。微笑を浮かべる周維。その後ろの洪は無表情でずっと痩せた男を見ていた。

「徐さん! こいつ俺の手を切りやがったんだ! ほらこれ見てくれ!」

 周維に掴みかかろうとした男が右腕を差し出す。痩せた男は視線だけを落として何も言わない。

「あの扇子に何か仕込んでやがる!」

「そうかい。次から気を付けるんだな」

 痩せた男はそれだけ言ってまた周維に目を向けた。

「劉なら爺さんも息子も居る。入れよ」

「それでは失礼致します」

 中へ戻って行く痩せた男に続いて周維と洪が四人の男達の睨む中を通り過ぎた。

 

「あんた……何故此処に……?」

 部屋には劉と二日前に周維達の泊まっている店に来た老人の二人、あと見知らぬ男が一人居た。

「何じゃ? 何の用じゃ?」

 老人が怪訝そうな面持ちで周維と洪を見ている。上質で金糸の刺繍があしらわれた着物を纏った老人はいかにも裕福な商人といった風情で、周維が前に見た時とは少し印象が違う。家に居る時の普段着といった感じでは無い。

「……さつの店で知り合ったんだ。親父も見ただろう、この間」

「何しに来た? 今は相手をする暇が無いのでな」

 薩というのは周維達が世話になっている居酒屋の主人の事だ。この老人、殆ど初対面と言える来客に対して随分と素っ気無い。どこか苛立っている様である。

「私は城南にて商いをしている周と申します。城南に帰る道中ですが、真武剣派の英雄大会が丁度開かれるので立ち寄った次第です。薩さんのお店で部屋をお借りしているのですが、そこで劉さんとお会いしまして」

「フン、儂はこれの父じゃ。とにかく今は帰ってくれんか」

 老人は殆ど睨みつける様な眼差しで周維を見ている。すると先程の痩せた男が口を開いた。

「爺さん、丁度良い。この周さんとやらにも聞いてもらおうじゃないか? 城南の商人だって?」

「はい。ほんの小商いではありますが」

「待て待て。関係無かろうが。よそ者の、しかも商人じゃと? いらん色気を出されたらかなわん」

 老人がすぐに反論するが周維と洪の二人にはまだ何の事かさっぱり分からない。

「爺さん、同じ事だろうが。俺達はこれから真武観で集まった奴らに聞かせなければならんのだからな。半端な事をやってたんじゃ何の効果も無いぜ? 相手は真武剣派だからな。良く考えろ」

 痩せた男が語気を強める。腕組みした痩せた男の傍にはもう一人の男が周維達四人に向かって鋭い眼差しを向けていた。

「それは……そうじゃが」

「周さんよ、まともな話じゃ無いんだ。聞いても禄でもない事に巻き込まれるだけだぞ」

 劉が真剣な面持ちで言う。周維はにこやかな表情で微かに頷くと、痩せた男に体を向けた。

「一体何の話でしょう? とても興味がありますね。私に理解出来る事なら是非お聞きしたいものです」

「なぁに、話は至って単純だ。あんたは武芸の秘伝書の類を見た事があるか? 取引をした事は?」

「武芸の秘伝書ですか。……どうでしょう、そういった物は真偽を確かめるのが非常に難しい。取引は困難でしょう。第一、秘伝書なのですから出回らないのでは? 私は本物の証拠のある物は目にした事がありません」

「証拠か……。実はな、そこの爺さんが持ってたんだ。そいつはなんでも秘伝中の秘伝とか言う代物らしい。で、どうやら本物とみて良い様だ」

「ほう? 何故でしょう?」

 痩せた男は口を曲げて不気味な笑みを浮かべる。

「天下の真武剣派に盗られたからだ。まさかあいつらがそんな真似をするとはな……」

「おい! じょ! 適当な事を言うな! まだ何も分かってない!」

 劉が痩せた男に向かって怒声を発する。徐という痩せた男はじろりと劉を見て、

「だから今から真武観に行って聞いてみるって言ってるだろうが。どうだあんた、何処かおかしいか?」

 徐の視線は周維へと戻った。

「何故その秘伝書が真武剣派の手に渡る事になったのでしょう? 今それが真武剣派にあるというのは確かな事ですか?」

 徐に代わって老人が喋り出す。

「間違い無い。奴……真武剣の白の奴が秘伝書を貸せと言いおったらしいんじゃ」



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