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流浪一天  作者: Lotus
第十章
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第十章 三十一

 周婉漣は真っ直ぐ洪破天の前まで来ると両掌を組んで腰の前に置き恭しくお辞儀をした。

「お久しぶりでございます」

 洪破天を知らない者は、周婉漣の態度から洪破天を方崖の長老かと勘違いしてしまう事だろう。それほど丁寧な物腰で礼を施した。

 孫怜は洪破天が方崖の長老では無いと分かっているが、ならばどの様な関係であるのかと、双方が放つ気配を洩らさず感じ取るべく神経を研ぎ澄ます。黙って視線を交わす僅かの間にも、洪破天と周婉漣はまるで言葉を用いずに意思の遣り取りを行っているようにも思えてしまうほど不可解で、気遣わしい。

 一方、樊樂は周婉漣の横顔を険しい表情のままじっと睨み、劉子旦と胡鉄も本当にあの周漣であるのかどうかを見極めんとばかりに食い入る様に見つめている。周婉漣はまだ一度もこちらに視線を合わせようとはせず洪破天の方を向いていた。樊樂らは皆、城南でこの周婉漣と親しく言葉を交わしていた訳だが、何も知らずにこの美しい女を笑わせようと冗談を言ったりしていたのが今となっては愚かしく、腹立たしい。しかしあまりにも突然の事で動揺してしまっていた。そうでなければ樊樂ならば周婉漣に掴みかかるくらいの事は既にしているだろう。

「他所へ行くとは珍しいのう?」

「……良い気晴らしが出来ました」

「ハハッ! 気晴らしか。そなたが方崖を離れるとはそれほど今の方崖は煩わしいか」

 周婉漣の口許に微笑が浮かぶ。

「洪破天様」

「何じゃ」

「是非……お話したい事がございます」

 そう言って洪破天を真っ直ぐ見据える。いつもは伏し目がちなその瞳に、はっきりと洪破天の姿が映っていた。

「周よ。私も聞かせて貰っても?」

 鐘文維が言うと、

「ええ。他に話せる人も居ませんから。今は……」

「そなた」

 洪破天は顔を少し前に突き出して周婉漣の顔をまじまじと見遣る。

「殷に会ったな?」

「えっ」

 驚きの声を上げたのは孫怜だった。北辰教が殷汪を見つけた――? 洪破天が周婉漣を見て何故、そう勘付いたのかは分からない。とにかく、この周婉漣が殷汪を見つけたのなら是非自分も話を聞きたいと思った。

「此処で……お話致しましょうか」

 周婉漣は今は答えず、紅門飯店の入り口に顔を向けた。

「そうじゃな。上の部屋に行くか」

 洪破天が言って歩き出すと、鐘文維と周婉漣も続く。その時、樊樂が後ろから周婉漣を呼び止めた。

「周! ……さんよ」

「何じゃ? 知り合いなのか?」

 洪破天と鐘文維が先に振り返り、樊樂を見る。その後、ゆっくりと周婉漣が樊樂の方を向いた。そして口を小さく開く。

「あなた方の主は、全て知っています。あなた方が不審に思うのも分かりますが、その必要は無いのですよ」

「旦那は……知っている? あんたが北辰の、方崖の人間だと知ってて城南に連れてきたってのか?」

 樊樂は眼を剥いて語気を強めている。

「そうです」

「それで、あんたを屋敷で使って、旦那は何がしたかったんだ? 何の為に――」

「さて、何でしょうね。あの人には私にも解らないところがある――それも多く。何か目的があったのでしょう」

 周婉漣は城南に居た時と同じ、やや俯き加減で静かに佇んでいる。瞳が見えない。

「周さん。では、あなたの目的は一体……」

 劉子旦も訊かずには居られなかった様である。だが、やや声が震えていた。

「私の目的は……あなた方、稟施会(りんしかい)には関係がありません。私の事は忘れて下さい」

「関係無いで済むか! あんたは普通の女じゃねえ、北辰の幹部じゃねえか。わざわざ城南まで来て何でもないだと? しかも旦那の屋敷に入り込んで――」

「周維がそのようにしたのです」

「周維? 稟施会の周維の事を言っているのか?」

 鐘文維が会話に入ってくる。洪破天もその後を継いだ。

「遥々城南まで行ったのか? して、おぬしらは城南の、稟施会の者じゃと?」

 樊樂は鼻から大きく息を吐き、頭を振る。

「……ああ。で、この女は城南でうちの旦那の処で雇われてた。ただの下女としてだ」

「そう、ただの下女」

 周婉漣は淡々と言葉を吐く。

「旦那様は私に暇を出されたのです。だから戻ってきたというだけ――」

「何が『旦那様』だ!」

「おい落ち着け!」

 孫怜が樊樂を制して周婉漣の前へと進み出た。

「失礼。私は呂州の孫怜と申す。周婉漣どの、一つお聞きしたい」

 孫怜はとりあえず拱手し、名乗ってから周婉漣に話し掛ける。すると、周婉漣の顔が上がりその瞳が孫怜を向いた。

「孫……?」

「は? ええ、孫。孫怜と――」

「呂州の? こちらの、馬少風どのと同じ?」

「同じ? ああ、まあ同郷で友人ですが」

(少風を知っているのか。少風までも、七星と知り合いとは。これも、殷さんとの繋がりからなのか?)

 周婉漣は黙ったまま孫怜を見つめている。一瞬ではあったが周婉漣の視線が自分の全身を観察したのを孫怜は見逃さなかった。

「周……どの?」

「……何でしょう?」

「今、城南には夏天佑と名乗る者が居るそうですが、周の旦那の屋敷に客分として――」

 孫怜はちらと劉子旦の方を見遣る。この事は劉子旦から聞いたのであり、劉子旦は孫怜に頷き返す。

「夏天佑じゃと!」

 洪破天が驚いて声を上げ、鐘文維と顔を見合わせた。鐘文維が周婉漣に問う。

「周。本当か? それはあの夏天佑だったのか?」

「それも、お話しますので」

 周婉漣はそう言うと袖を翻して一人、先に紅門飯店へと入っていく。

 


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