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流浪一天  作者: Lotus
第十章
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第十章 二十五

 その後の沈黙を馬少風が破る。

「怜。今でも剣を? ……天棲蛇の剣の修練は続けているのか?」

 この言葉に洪破天も顔を上げ、孫怜の反応を窺う。馬少風と洪破天が今一番知りたいのはこの孫怜らが昨夜の死体と関連があるか無いか。多分無いだろうとは感じているが、確認はしておきたい。

「剣は握っているが、今以上は望めんだろう」

 孫怜は首を振って小さな溜息を洩らす。

「お前も知ってるだろう? 俺が殷さんから教わったのはほんの一部。そこだけでももっと深く教わりたかった。やはり自分一人では掴めない部分が多過ぎる。殷さん亡き今となってはな……実に、惜しい」

 孫怜は顔を上げて宙を見つめた後、目を閉じた。殷汪の姿でも思い出しているのだろうか。

「天棲蛇の剣は他に伝わってないんだろうか? 例えば……書物とか」

 馬少風は鎌を掛けて天棲蛇秘笈の存在を知っているかどうかを探る。すると孫怜は馬少風を、意外だとでもいう様に見た。

「そんなものは無いと殷さんは言っていた。お前も聞いて知っている筈だが? 忘れたか?」

「そうだったかな」

「フ、まあ二十年も前の事だからな。普通は忘れる……。俺だけ呂州に残ったから未だによく覚えているのかも知れん。もう皆、忘れているのかもな、あの当時を。天佑(てんゆう)も、(せん)も……」

 孫怜は遠い目をして呟く。同時に馬少風と洪破天は顔を見合わせて小さく頷き合っていた。孫怜の話し振りはとても自然で、おかしな処は何も無い。洪破天が聞いた、殷汪の『天棲蛇は書かれていない』という話とも合っているし、何より本当に殷汪が亡くなった事を残念がる孫怜の心情に偽りは感じられなかった。

 馬少風が酒壷を取り、孫怜の杯に近づける。

「お、すまんな」

「怜……、今、北辰が人を方々に遣ってる。知ってるか?」

 それを聞いた孫怜は眉を顰め、それから隣の樊樂と目を合わせた。樊樂が口を開く。

「それは、真武剣派と関係があるか?」

「真武剣派?」

「真武剣派じゃと?」

 馬少風と洪破天の言葉が重なる。思わず樊樂は顔を引いたが、また前に身を乗り出した。

「知らないのか? まだこっちまで話は届いて無いのか」

 孫怜が言葉を継ぐ。

「真武剣派はこの春、武慶で英雄大会を開いたんだが、丁度その時、強盗事件があったんだ。実は……俺達は今その関係でこっちまで来たんだ」

「怜」

 樊樂が『言っていいのか?』と孫怜を見るが、孫怜は続ける。

「真武剣派はその犯人を何としても捕まえようと今、必死になってる。この近くまでもう来ているかも知れない。どうもこちらの方に逃げているとしか考えられなくてな」

「強盗犯を真武剣が? 何故じゃ? 真武剣自体が狙われたと?」

「いや、直接的なものではありませんが……」

 孫怜は武慶で起こった話、樊樂から又聞きした話ではあったが全てを洗いざらい説明する。話はそう単純ではなく洪破天の質問に答えながらなんとか一部始終を伝えた。

「……秘伝書のう。少風、これと関わりがありそうじゃな」

「ああ。……真武剣……」

 洪破天と馬少風の短い遣り取りに、今度は孫怜が訊ねる番である。馬少風が話す。

「この東淵で『天棲蛇秘笈』という題字の書かれた書物の表紙らしきものを見つけた。昨日だ」

「本当か!」

「やっと出てきましたね!」

 樊樂が勢い良く膝を打ってさらに身を乗り出してきた。劉子旦と胡鉄も顔を輝かせて頷き合っている。孫怜は盛り上がる樊樂らを制して、

「待て待て。同じ物かはまだ判らん。少風、何処に、どのようにしてあったんだ? 誰かが持っていたのか?」

「その前に」

 洪破天が唐突に強い口調で声を発する。

「おぬしらは、この事と何の関わりがあるのじゃ? おぬしら、真武剣と――」

「我らは真武剣と関わりは一切ありません」

 孫怜ははっきりとそう答えた。

「先ほども話しましたが、私個人は天棲蛇の剣、すなわち洪淑華の伝えた剣に多少なりとも縁がございます。それ故、この件に無関心では居られなかった。そして真武剣派は一度、その秘伝書なる書物を手にしたのです。今は行方知れずですが、真武剣派がそれを取り戻した後どうするのか――それをずっと考えておりました」

「ふむ。どう考えた?」

「元の持ち主は真武剣派ではありませんが、恐らく陸皓どのは手許に置きたいと考えている事でしょう。洪破天どの。陸皓どのと殷さん、天棲蛇剣の関係はご存知ですか?」

「……ああ。聞いておる」

「元の持ち主には申し訳ないが、実のところ私はこの件、陸皓どのと殷さん二人の問題であると――いや、何と申しますかこれは……」

「ふむ。言いたい事は何となく解る。天棲蛇剣は陸兄弟と殷、とりわけ陸皓と殷の確執そのものじゃ。まあ『確執』とは言い過ぎかも知れぬが」

「そうです。秘伝書が本物であるならば、これが陸皓どのの手に渡るか殷さんの手に渡るか――これはとても重大な事の様に思うのです。私は殷さんから少しではありますが天棲蛇剣の手解きを受けました。殷さんが亡くなったからといって放っては置けない……。私はとても弟子などとは言えませんが殷さんの側の人間だと今も思っております」

 孫怜と洪破天の会話を他の誰一人として理解出来てはいない。馬少風だけは陸皓と殷汪の関係を知っていたが、孫怜の話の意味は理解するに至らなかった。

「まぁともかくじゃ。おぬしらは真武剣の使いではないのじゃな? それに商いで来たわけでもないと」

「はい。申し訳ございません」

 孫怜は深々と頭を下げ、最初に嘘を言った事を謝った。洪破天はようやく笑顔を見せる。

「いや、こちらこそ済まぬ。実はのう、その秘笈の一部、表紙だけじゃが見つけたのはこの少風でな。昨夜誰か判らぬ死体が見つかった。そいつが持っておった。その殺しの下手人が死体と共に置いた様じゃな。しかし、その意図が解らん。天棲蛇を知る者に対する何か……。そして一夜明けておぬしらがやって来た。聞けばおぬしは儂や少風よりも天棲蛇に縁が深いというではないか。それで、ま、何しに来たのかと少風と話しておったという訳でのう」

「そうでしたか……」

 


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