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流浪一天  作者: Lotus
第六章
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第六章 四

 劉はそのまま暫く口を閉ざしたままで一向に続きを言う気配が無い。しばらく主人は待っていたが諦めたのか肩を竦めた。

「それは、あの殷汪いんおうでしょうね」

 劉の代わりに周維が主人に言う。

「あー、なるほどな。そんな奴が居たな」

「しかしながら」

 周維は主人を見た後、劉に視線を移す。

「彼は死んだそうですね」

「あんたはそれを見たのか?」

 劉が顔を上げて周維を見返した。

「いや、見てはいません。そんな話が遥か城南までも聞こえてきたのです」

「じゃあ、当てにならんな」

「お前何言ってるんだ? その話はそりゃもうそこら中で話題に上ったじゃないか。そいつが死んで武林での対立の構図が変わっていくって、いや、もう北辰を恐れる事も無いとか何とか」

 主人が劉に怪訝な目を向けた。

「さっき言ったろう? 向こうは数万、一人死んだらもう取るに足らんなんて馬鹿な話があるか。もう一つ。殷汪が死んだところを見た人間が本当に居るのか? この武慶がその話題で持ちきりになってから何度も東へ行ってるが、どうもその辺が納得できない。どこまで行っても「そういう話」に過ぎないんだ。俺は、何かあると思ってる」

「……そこまで考えるか。まぁ国中に名の知れた奴だったし興味が無い事も無いが、全然縁もゆかりも無い奴だ。どうでも良いけどな」

「調べに行った訳じゃない。商いのついでに色々聞くだけだ」

 

 その後は劉が単なる好奇心なのか仕事の一環なのか分からないが周維に城南の様子を事細かに質問したりしながらすごし、最初は酒には手を付けなかった周維も舐める程度に口にしていた。一緒にいる四人の男は見た目は酒に強そうにも見えるのだが遠慮気味に口を付けていて全く顔色には変化が無かった。

「あんたら、膝大丈夫か? 少なくともこの家の中は安全だと思うんだがな」

 主人は此処に来てからずっと膝の上の荷を抱えている男四人に声を掛ける。褐色の男は頭を掻いた。

「あー俺達は城南の田舎もんですんでこうしてると安心するというか……」

こうさん、此処なら安心です。荷は降ろして下さい。皆も」

 周維が男達に声を掛け、皆頷いて膝から卓の下に降ろす。丸い卓を囲んで座っているので荷は変わらず男達に囲まれている。

「用心はし過ぎる事は無いからな」

 劉がその様子を眺めながら言った。

 周維達がこの家に来てから他に客らしい人間は誰も来なかったが、夕暮れが近付いた頃になって入り口の扉が開き、一人の老人が顔を覗かせた。中に居た全員が一斉に顔を入り口に向けると老人は一人一人の顔を見回してから中に入って来た。

「お、爺さん久しぶりだな」

 主人が声を掛けるが返事は無い。口は開いた様だったが何も聞こえなかった。老人は真っ直ぐ劉の隣に立った。

「おい、家に戻れ。馳方ちほうがとんでもない事をしでかしたんじゃ。はよう」

 老人は劉に顔を寄せて小声で喋る。しかし此処は狭く他に客も無い。主人にも周維達にもはっきりと聞こえていた。

「ハハ、とんでもない、か。爺さんの周りにはとんでもない事が山積みだな」

 主人が言うと老人の顔は丸く口を開けて主人の方を向いた。

「何? 何の話じゃ?」

「あーいや、何でもない。で、何があったんだい? 可愛い孫がどうした?」

「お前には関係無いわい。ほれ、はようせい」

「何なんだ? もう少し説明してもいいだろうが。あいつがどうしたって?」

 劉はうんざりした様子で首を捻って老人を斜めに見上げる。

「とにかく来い。すぐじゃ! わかったな!」

 老人は声を荒げてそれだけ言うと主人や周維達には目もくれずに店の外へと出て行った。

「……全く」

 劉は腰を上げて背を伸ばし大きな欠伸をする。

「済まんが失礼するよ。また明日来る」

「大丈夫か? 全く解らねぇが」

「どうせ大した事では無いだろうよ。またな」

「ああ」

 劉は周維達の所で足を止め、

「真武観に入れるのは明後日だ。俺も覗きに行くつもりだが都合がつけば一緒に行こう。宴席には上がれないけどな」

「おお、それは是非ともお願い致します」

 周維が会釈を返すと劉はそのまま出て行った。

「一体何事でしょうね? 大事なければ良いのですが……」

「どうだろうなぁ? さっきの爺さんの言ってた馳方ってのは孫、今出てった劉の息子でな。まだ子供だが、何かいたずらでもしたんだろ。命に関わるような一大事なら隠す事無く此処で言う筈さ」

 劉が行ってしまってから急に静かになってしまう。言葉を交わすのは殆ど周維と主人で、他の四人の男達は黙ったままだ。

「部屋を教えとくよ。本当にぼろの物置状態だからな」

「宜しくお願い致します」

 周維が立ち上がるとすぐに男達も腰を上げて卓の下から荷を引っ張り出した。ちょっとした事なのだが妙に動きが揃っている様に見えて主人の視線が一時男達の方に止まった。しかしすぐに、

「こっちだ」

 部屋の隅にある奥への通路へ向かって歩き出し、周維達も従った。

 

 淡い黄色の花を付けた蝋梅が民家の軒先に溢れるように咲いている。真武剣派の英雄大会で多くの人が真武観に詰めかけるというこの日、周維は褐色の男、洪と共に表に出た。持っていた荷を放ってはおけず、かといってずっと持ち歩く訳にもいかないので他の三人の男達は借りている部屋で待っている事になった。

「見て下さい。此処でも蝋梅がこんなに綺麗に咲くんですね」

「ああ、城南に比べれば遥かに北だからなぁ。俺は花なんてあまり知らないけどね」

「寒椿まで見かけましたよ。しかし、普通の品種では無いのでしょう。此処では雪も見られませんから、少し残念ですね」

「旦那、店をもっとこっちに移す事は考えないのかい? 城南は確かに美味しい商売出来るかも知れねぇが、旦那の好みそうな風情なんて全く見当たらないだろ?」

「フフ、そろそろ飽きましたか?」

「あー、いや、そうでも無いけどね。まぁ俺はあっちの何て言うかとっ散らかった感じが合ってるしな」

 柔らかく差し込む日差しの中、少しゆっくりと歩きながら街の東へ向かう二人。風もあまり無くじっとしていれば暖かく感じる。

「……彼はどうなんでしょうね。城南を気に入ってくれるかどうか」

「ん? ああ、さんの事かい? どうだろねぇ」

「どうです? 正直な処を聞かせてください。皆さんの彼に対する印象は? どう感じているんでしょう?」

「ん〜」

 洪はその太い腕を組み、前方を見たまま考えている。



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