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流浪一天  作者: Lotus
第十章
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第十章 十六

「……おぬし、喋り過ぎてはおらんか?」

 鐘文維の話した事は全て、本来ならば決して外に洩らしてはならない筈である。加えて張新などどうなろうと七星は関与せずとまで言ってのける。何処まで本当なのか定かでは無いが、この話を洪破天が誰彼構わず言いふらすなどとは露ほども考えていないらしい。

「私は洪破天どのや傅千尽どのに対してなんら敵愾心を抱いてはおりませぬ。この街では色んな噂が立っておりますが、それは違うという事を知って頂きたかった。……殷汪どのにも」

 

 二人は大通りまで戻る。洪破天が紅門飯店を出た頃に比べればようやく人が減ってきたといったところ。通りに軒を連ねる商店の中には既に店仕舞いしている処も見受けられ、朝から続いた喧騒が徐々に静まってくると今度はそこかしこに居る酔客の遠慮の無い大声が方々で響くようになる。

 そんな中、男達の話し声が洪破天と鐘文維の耳に届いた。

「殺しがあったってよ。南の船着場だ」

「なんだって? 何処の奴だ?」

「それは知らん。ほれ、傅の旦那んとこの、馬――」

 洪破天が即座に男達の許へと駆け寄る。隣に居た鐘文維も遅れる事無く続いた。

「おい! 殺しじゃと? 『傅』がどうした!」

 不意に背後から怒鳴りつけられた男達は飛び上がらんばかりに驚いて振り返り、

「こっ洪さん……。あ、いや、海で死体が見つかったとか、なんとか」

「誰のじゃ!」

「い、いや、分からねぇ。馬、馬少風が見つけたらしくて」

「……少風が? いつじゃ?」

「ついさっき役人が行ったところ……」」

 洪破天は男を睨み続けている。変わりに鐘文維が落ち着いた声で訊ねた。

「南の船着場、だな?」

「あ、あ」

 男達は洪破天の隣に居たのが北辰七星鐘文維であることにようやく気付いて改めて驚き、皆一様に口をぽかんと開けたままだ。

「洪破天どの、行きましょう」

 洪破天が鐘文維を見遣ると、

「私もこの街で何が起きたのかを把握しておかねばなりませんので」

 洪破天は頷く。丁度その時、こちらに駆け寄ってくる者が居た。

「洪さん!」

 見れば超謙、超靖の二人である。傅家の用心棒が二人揃ってやって来るのを見て洪破天は眉を顰めた。

「何じゃ! 何があった!」

 超謙と超靖は洪破天の許まで来ると、二人共ちらと鐘文維を見てから再び洪破天に顔を向けた。超謙が口を開く。

「少風の奴が海で死体を見つけたんだ。身元は分からないがこの辺の奴じゃない様だ。船に載せられてた」

「船? 何故それを少風が見つける? こんな暗くなっておるのに何をしておったんじゃ?」

「いや、まぁ特には何も……ぶらついてただけで」

 超謙は言葉を濁す。

「それで、お前達二人揃ってどうしたのじゃ? 少風が見つけただけと言うのならどうという事はあるまい?」

 馬少風が見つけただけで傅家の誰かが事件に巻き込まれたのでないのであれば何も慌てる必要は無い。洪破天の声の調子は普段通りに戻った。

 超謙に代わって今度は超靖が話し始める。

「それが、死体の載った船は沖の方に浮かんでいたらしいんです。少風は船を出してそこまで行き……」

「わざわざ自分から面倒に近寄るとは……全く馬鹿な奴じゃ」

「ええ、まぁ。で、沖に船が見えただけで他の船を出して見に行くなど怪しいと……」

「疑われておるのか?」

「今、役人が船着場へ向かっていますが……疑われる可能性は高いかと」

「よし。儂も行くぞ」

「はい」

 鐘文維を含めた四人は早速、南の船着場へと向かった。洪破天の足取りは普段と変わらず、酔いは覚めてきている様である。

「海か……。少風は釣りでもするのか?」

「いや、やらない」

 東淵湖を『海』と呼ぶのはこの東淵の人間だけであろう。東淵湖は広く、どんなに空気が澄んでいても対岸を望む事は出来ない。水平線の先、遠く東にある本物の海とは分離した湖であるというという話を信じていない者までいる。海と呼んでも特に支障があるわけでもない。

 洪破天と超謙が話しながら先頭を行き、鐘文維と超靖が続く。超靖は隣の鐘文維が気になってしょうがない。実は超靖は洪破天を此処で会う前から見つけていた。だが鐘文維が共に居るのに気付き、ずっと二人の様子を窺っていたのである。近付き過ぎれば鐘文維が気配を察知するかも知れないと考えた超靖は随分離れた処から二人の姿を確認していた為、何を話していたのかは全く知らない。

(我らの取り越し苦労であったのか? ただの顔見知りというだけでは無いようだが……)

 洪破天にとっては親しい間柄であったとすれば鐘文維を警戒していたのは自分達だけであり何とも馬鹿らしい。だが完全に裏が無いとも言えず、それを考えると訳が分からなくなる。一度洪破天の口から北辰教の動きをどう見ているのか訊いてみなければならないと超靖は考えていた。

 

 船が並んでいるその中ほどで、松明を掲げて数人の男が集まっていた。一艘の小船を取り囲んで中を見下ろしている。そこから少し離れた納屋の前に、屈んでいる馬少風の姿があった。すぐ傍には地面に座り込み目を閉じて納屋の扉にもたれ掛かっている傅紫蘭が居る。洪破天らは驚いて駆け寄った。

「何故此処に紫蘭がおるんじゃ!」

「少風! まだ戻ってないのか! 早く紫蘭を連れて行けと言ったろう!」

 洪破天と超謙が同時に声を発した。超謙は慌てて説明する。

「あ、いや、紫蘭は気を失っているだけだ。死体を見ちまって――」

「少風! 紫蘭を連れまわして何をしておった!」

 洪破天は馬少風に詰め寄りその襟首に掴みかかる。洪破天には馬少風と傅紫蘭が二人してこのような明かりも何も無い処へ何をしに来たのか、真っ当な理由が思い浮かばない。超靖がすぐに二人の間に割って入る。

「洪さん、実は俺達、洪さんを探してたんです」

 馬少風の変わりに弁明する。そうしなければこの状況では馬少風にはまた別の嫌疑がかかってしまう。

 


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