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流浪一天  作者: Lotus
第十章
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第十章 十一

 遠くに黒く細い影が漂っている。人影らしきものは見えず、どこかに繋ぎ留めていたものが流されたのだろうか。

「人、居ないみたいね」

「見えないな」

「……」

 傅紫蘭がじっと馬少風を見ている。

「何だ?」

「あれ、見に行かない?」

「駄目だ」

 馬少風は首を振る。傅紫蘭は必ずそう言うだろうと今しがた考えたところだったが、まさしくその通りであった。早く洪破天を探しに戻らねばならず、遊んでいる暇は無い。

「明日、漁に出る者が回収するだろう。此処の船かどうかは分からんが」

 面白くない。傅紫蘭は口を尖らせて忌々しげに馬少風を上目使いに睨む。

「此処から流れてあんな処に行くかしら。夕方に此処の人が船を確認してる筈なのよ? もしかしたらあそこでお爺ちゃんが寝てたりして」

「馬鹿な」

「分からないじゃないの。もしそうだったらずっと見つけられないのよ? 大騒ぎになるわ。北辰教の人達に連れて行かれたんじゃないか、ってね」

 馬少風はもう一度沖に浮かぶ影を見る。そう言われると確かに洪破天があの船で寝ている様な気がしなくもない。

「……分かった。確かめてみよう。だがまずお前を屋敷に送ってからだ」

「何言ってるの。今よ。今。さ、どれにする?」

 傅紫蘭は聞く耳を持たず、早速並べてある小船の周りを歩きながらどれに乗るかを吟味しはじめる。真剣に選んでいる訳ではなく、そんな格好を見せているだけだ。

「駄目だ、紫蘭。こんな暗くなってからお前を船になど乗せられん。落ちたらどうする?」

「は? 何言ってるのよ。私が落ちるわけ無いでしょ。そんな鈍臭くないんだから」

「紫蘭」

「お馬さん早くして。お爺ちゃん見つけるのが遅れるのよ? あそこに居るかも知れないし居ないかも知れない。どっちにしても確認しなきゃ次行けないじゃない。もしかしてお馬さん、泳げないとか言わないわよね? 私は泳げるわ。万が一落ちたとしてもね?」

 もう傅紫蘭は馬少風の制止など全く聞かない。馬少風は毎日の様にこんな傅紫蘭に接しているのだ。その分、諦めてしまうのも早かった。

「分かった。じっとしてるんだぞ」

「あのねぇ、子供じゃないんだから」

 馬少風は何も言わず、ただ苦笑する。

「そこの船に縄があるわね。それ持って行きましょ。引っ張って帰って来なきゃ。乗るのはこれ」

 傅紫蘭は自分の目の前の小船を指差している。馬少風にはどれも同じに見えたが、何を言ってもそれに乗ると言い張るに違いない。その小船には()が一本載っているだけで他には何も無い。馬少風は別の船にあった縄を載せ、舳先に廻って水に向かって押した。

 傅紫蘭はさっさと船に乗っている。そうしないと衣服が濡れてしまうからだ。船が水に入って浮かんだ処で馬少風も船に上がるが、こちらは腰の辺りまでずぶ濡れとなった。

 

 船が出てすぐに傅紫蘭は櫓を漕ぎたがり、馬少風から奪うようにして暫く動かしたが「重い」と言って早々と交代となる。馬少風の漕ぐ櫓の軋む音が規則正しい拍子を刻み、夜のしじまに浸透していく心地よい響きを聞きながら傅紫蘭は吐息を洩らして月明かりを眺めた。

「怖くないか?」

「え? 何?」

「この下に、何か居るかも知れないぞ」

 馬少風の言葉に傅紫蘭はきょとんとした顔を向ける。だがすぐに横を向いて膝に頬杖をつく。

「……居るわけ無いじゃないの」

「そうか?」

「そうよ」

 傅紫蘭は暗い水面をぼんやりと眺めている。怖くは無い。だが船から身を乗り出して水の奥底に目を凝らす気にはなれない、そんな黒さだった。

 二人は黙り込み、ぎいぎいという櫓の音と船が湖面を切っていく水音だけを聞きながら進む。先に見えていた黒い影ははっきりとした船の形になっていた。どうやらその船は今二人が乗るものと殆ど同じ大きさで造りもほぼ同じ。先程の船着場に並んでいたのではないかとも思えた。

「誰も居ない?」

 傅紫蘭が腰を上げ、船べりに手を掛けて前方の船を覗こうとするがはっきりとは見えない。

「居なさそうだ」

 そのまま真っ直ぐ近付いていく。やはり人の姿は無い。だが船の中は空でもなかった。何かが載っている。馬少風はゆっくりと船の速度を落として真横に付けた。傅紫蘭は背を伸ばして船の中を覗いたが何も言わずに身体を退き、そして黙ったまま馬少風の傍に身を寄せる。

「これ、何よ……」

 微かに声が震えている。馬少風は傅紫蘭の両肩を抱く様にしてその場に座らせる。

「……俺が見よう」

 二人の目の前に漂っている小船には、麻の袋を裂いて開いたものが広げられていた。その下に、何かがある。丁度、人が布団を頭まで被っている様に細長く盛り上がっていた。

 馬少風がその長い腕を伸ばして船を寄せる。だがそれだけでは麻袋には届かない。

「止めて! そっちに行かないで!」

 馬少風が足を上げて乗り移ろうとしたところで傅紫蘭が引き止める。馬少風の衣服を掴んで引っ張った。

「届かない」

「ほら、これで」

 傅紫蘭は櫓を掴んで外そうとする。馬少風は頷いて櫓を手に取った。

 馬少風が櫓を前の小船にのばすと傅紫蘭は半身を馬少風の後ろに隠して覗き見る。そこに何があるのか、この月明かりならはっきりと確認出来る筈である。

「紫蘭、俺が確認するからそっちに座っていろ」

 馬少風は伸ばした手を休めて自分の腰の辺りにしがみ付かんばかりにしている傅紫蘭に言う。

「……何でよ? 別に怖くないわ。こっ、怖いものかどうか、見なくちゃ分からないじゃない」

 明らかに怖がっているのが見て取れる。馬少風は再び櫓を伸ばす。ほんの少し麻袋に引っ掛けて自分だけが覗き見ればそれで済む事である。傅紫蘭が徐々に首を伸ばして覗き込むので馬少風はわざと背で視界を塞ぐように動いた。櫓の先を麻袋に潜り込ませ、僅かに持ち上げて馬少風は目を凝らす。麻袋が月明かりを遮っているのではっきりとしない。僅かな沈黙。そして、

「それって……人……よね?」

 か細い声が背後で聞こえたが、馬少風はじっと前を凝視し続けた。

 


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