表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流浪一天  作者: Lotus
第十章
117/256

第十章 四

 二人の視線の先、店の入り口に一番近い卓には二人の男の後姿があった。一人は明るい薄青色の長衫を纏い、その背でまとめた髪を腰まで垂らしている。もう一人は黒の短衣と腰に紅色の帯、北辰教徒、特に方崖の幹部直属の配下となっている者達がする出で立ちである。

「何か変わった事は?」

 超靖は郭に訊ねる。視線は中の二人に据えたまま動いていない。

「いや、無いな。洪さんが今も中に居るんだが、じっと監視するだけだ。と言っても洪さんがちょっと表に出ても付いて行く事は無い様だな。あくまで、ただの客の振りをしてるつもりなんだろうよ」

 超靖は頷き、

「多分、洪さんだけという訳では無いのだろう。傅家の全てがその対象に違いない」

「なぁ、本当に殷さんは何処かで無事なのかねぇ? 確かに旦那様や洪さんは義兄弟の様なものだから北辰がその周辺を監視するのも解るが、北辰の縄張りのこの東淵に殷さんが舞い戻って来るなんて有り得ないんじゃないかねぇ?」

「……いや、何も殷さんが戻らなくても、旦那様や洪さんが殷さんの居場所を知っていて、何か連絡を取り合うとかそういった事が無いかを調べているんだろう。北辰は」

「まだ今は大人しく酒を飲んでる程度だからいいが、この先不安だよ」

 郭は溜息と共に肩を落とし、北辰の二人の男を振り返った。

「郭さん、とりあえず今は気にせず普通の客として扱う方が良い。警戒心を気取られれば向こうも対応を変えてくるだろう」

「ああ、それはちゃんとおかみさんが皆に言ってるよ」

 超靖は郭に頷き、

「洪さんに用があって来たんだ」

 そう言って店に向かって歩き出し、郭もその後に付いて店に戻って行く。

 

 超靖は店に入ると真っ直ぐ奥へと向かう。北辰の男二人は恐らくその背に視線を投げたろう。今はまだ何も思うまい。しかし洪破天の傍に立てば必ず超靖を注視する事は間違いない。

 洪破天の丸まった背中を、客で混み合っている奥の席に見つける。辺りは賑やかなのにも関わらず、ただ一人卓上に突っ伏しており全く動かない。超靖は人の間を縫う様に進み、洪破天のすぐ後ろに立った。

「洪さん」

 声を掛けるが洪破天はぴくりともせず、卓に頬を付けて目を閉じている。卓上に伸ばした左手が、置いてある酒壷に僅かに掛かっていた。

「洪さん」

 超靖は洪破天の肩に触れ、もう一度声を掛けた。

「……ん」

 洪破天の口から微かに音が洩れ、瞼がほんの少しだけ開いた。

「んん……」

 口が動いているが最初の唸るような声以外は聞き取れない。超靖は上体を倒して小声で話し掛ける。

「洪さん。奥様の処へ媛を迎えに行くのでは? もう待っている筈です」

 それを聞いた洪破天はようやく目を見開いて超靖の方へじろりと視線を向けた。だが頬はまだ卓上に付いたままだ。

「あれは……あそこで暮らす」

「は? いや、私は夕刻まで居りましたが、奥様が『洪さんが来るから帰って良い』と仰ったので戻ってきたのですが」

「ん……千尽に聞いて来い。そうする事になった……」

 洪破天はそう言うと再び瞼を閉じたので超靖は体を起こして暫く考える。

(旦那様と話して決まったのか? 奥様にはまだ知らされてないのか……)

 もしそうなら恐らく屋敷から誰かそれを伝えに王梨の許へ遣られている筈だが、とりあえず自分が戻って確認した方が良さそうだと超靖は思った。急に『今日からそこで暮らせ』と言われても何の準備も無ければ困るだろう。何より梁媛自身が戸惑ってしまう。

(皆、媛の扱いがぞんざい過ぎるのではないか。洪さんもどうしたというのだ?)

 超靖は洪破天の背中を見下ろしながら、ふと背後が気になった。北辰の二人は自分を見ているだろうか? 恐らく見ているに違いない。

(ん? もしや洪さんはあの二人が居るせいで媛の処へ行かないのか?)

 この店の郭の話ではあの二人、洪破天が出かけても付いては行かない様だが絶対という訳でも無いだろう。何処に行っているのかを確認に出てもおかしくない。王梨は傅千尽の妻。殷汪とも面識がある。その住まいが傅千尽の屋敷とは別にある訳だが北辰はそれも把握済みなのかどうかは分からない。

(媛と北辰には何の関わりも無いが、今の洪さんにとっては何より大事な娘。危険に巻き込まない様にするという意味では少なくともこちらからその存在を知らせる様な真似は出来るだけしないほうが良い。いずれ知られるのは確かだろうが……)

 関係が今は無くても、敵が大切にしている人間の存在というものは様々な使い道がある。北辰が洪破天の敵のなるかどうか今の時点では何とも言えないが、傅家共々探られる立場となればそういった事も考慮していかねばならない。ちょっとした油断が後悔を生む。

「洪さん、私はもう一度奥様の処へ戻ります。媛の事が伝わっていないかも知れませんので」

「……」

 洪破天は何も言わず僅かに顎を引いて答えた。

「洪さん……あの北辰の二人ですが」

「ん……まだ居るのか?」

「はい」

「もう気にするな。放っておけば良いわ」

「はい。洪さん、今日はこちらに泊まられたらいかがです? おかみさんに伝えてきますが」

 洪破天は相当飲んだようだ。もし帰りにあの北辰の男二人と何かあれば危うい。素面であったならまず洪破天に敵う者はまず居ないと超靖も理解をしているが、この様子では『万が一』が『百に一』くらいにはなろう。とにかく油断が良くない。

 洪破天が呟いた。

「……これ以上、そんな真似が出来るか」

 超靖は洪破天を見つめたまま暫く黙り込む。何を言ったのか理解出来なかった。

(そんな真似? 洪さんは俺の言葉を何かと聞き違えたのだろうか?)

 とにかくひどく酔っている事は判った。超靖は店内を振り返り傅英の姿を探す。ついでに入り口の方に座る男二人の様子も視線を泳がせつつ確認する。はっきりとは見えないが二人ともごく普通に振舞い何かを摘んで口に運んでいる様だった。超靖はそれ以上見る事はせず、傅英探しを続ける。

 傅英は店を取り仕切る立場でありながらいつも率先して店に出て給仕係までこなす。常連への顔見せも殆ど欠かさない。今もこの広間か厨房に居る筈だ。この、目で探している間にも北辰の男達は何度か超靖を見ている筈だが、超靖は出来るだけ普段通りの振る舞いを心掛けながら顔を動かした。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ