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流浪一天  作者: Lotus
第九章
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第九章 十八

 孫怜は馬に合図を送り老人の脇を抜け、尼僧の許へ近付いて行く。男達は一斉に孫怜に注目して後ろを振り返った。その背中に劉子旦が声を掛ける。

「我々はこのまま東に向かうので、彼女達に同行致しましょう。彼女達は何やらまだ怯えている様子」

「おぬしらが『悪い奴』ではない証拠があるかな?」

 老人が顔だけを劉子旦に向け、冷やかに言った。それから男達は老人を先頭に孫怜の方へと向かい、樊樂らはその挙動に注意を払いながら後に続く。

「そちらの方々が急に私達の前に現れて道を塞ぐのです!」

 尼僧の一人が叫ぶ様に孫怜に訴えると、

「汚らわしい言葉で私達を辱めて楽しんでいる最低の人間です!」

 もう一人も気色ばんで男達を指差す。

「襄統派は出鱈目だ!」

 男の一人が叫ぶと他の男達も同調して『そうだそうだ』と口々に騒ぎ立てた。

 孫怜と樊樂は馬を降りると双方の間に割って入り『まぁまぁ』だの『落ち着け』だのと言ってはみるものの、襄統派の尼僧二人も孫怜と樊樂という盾が出来て気が大きくなったのか益々口数が増え、それに反応する男達の怒声が辺りに響く。遠巻きに眺める旅人の数も増えてきていた。

「とにかく剣を収めてくれないか?」

 樊樂が尼僧二人に向かって言うと二人は顔を見合わせていたが、少ししてから頷き合って樊樂の要請に応じた。

「何があったのか知らんが、まだ互いに用があるのか? 無いならここで別れて後は忘れるって事は出来ないか? 簡単だろ?」

 樊樂はどうやら男達を仕切っているらしい老人とそれを睨みつける尼僧二人を交互に見遣りながら言う。言う事は実に単純で、それを武林のすべての人間が励行したならば江湖は見違えるほど平穏無事となるだろう。

「ホッ、確かに、もう安全じゃな。早う至東山に戻られるが良い」

 老人は平然と言う。すると取り巻きの男達は老人に顔を向けた。その表情にはどこか不満がある様で、もっと尼僧に絡んで楽しみたいという欲求がありありと浮かんでいる。だが老人はそれらを無視した。孫怜らが現れ、周りにも人が集まって既にちょっとした騒ぎとなっており、これ以上は楽しむどころか新たな騒動に発展して厄介なことになると判断した様である。

「行きましょう」

 孫怜が尼僧二人に促すと、

「あの、あなた様は……?」

 二人とも今度は孫怜を注意深く観察する。良く考えればこの急に現れた者達も一体何なのか良く分からない。老人と男達、北辰教の連中とは別だからといって何も考えずについて行く訳にもいかない。

「失礼。私は呂州から参った旅の……商人で孫と申す。これは樊。あちらの二名も同行している仲間です」

 孫怜は隣に居る樊樂と、後ろで馬に乗ったままの劉子旦、胡鉄の二人を指差し紹介した。

「何の商いかな?」

 不意に後ろから老人が訊ねた。孫怜はすぐに振り返り老人を見つめたが、咄嗟に言葉が出てこない。樊樂が慌てて口を開く。

「あー、俺達は――」

「怪しいのう?」

「本当だ! 新たな商物(あきもの)の調査に東淵辺りまで行く予定だ」

「ほう、東淵とな? ならば、我が教に話を通しておくべきじゃな」

「あなた方は、太乙北辰教の?」

「いかにも」

 孫怜の問いに老人以下男達は皆得意げに胸を反らす。樊樂が僅かに俯いて、

(確かにそうかも知れんがお前らみたいな下っ端に話したって意味無いだろうが。引っ込めよ)

「しかしまぁ儂らも用があってこっちに居るのでな。ついて行く訳にはいかんが、東淵まで行って街の者に言えばすぐに我が教に渡りをつけてくれよう」

「なるほど。お教え頂き感謝致します」

 孫怜が恭しく頭を下げると、老人は満足げに数回頷く。孫怜らの素性の事よりも北辰教の者としての矜持が老人の胸中を満たしたのか、急に態度が変化した。

 

「ではお二方――」

 孫怜が尼僧に向き直り話し掛けると同時、にわかに周囲からどよめきが起こり、この場に居る者は一斉に振り返って辺りを窺う。すると街道を土煙を上げながら駆けて来る数騎の馬が見えた。

(とう)長老! あいつらだ!」

 若い男の一人が叫ぶ。それを合図に老人を除く男達四人が一斉にためらいも見せず腰の剣を抜いた。そのただ事では無い様子に樊樂らも驚いたが、孫怜が尼僧二人をこの場から避難させるべく街道の脇に広がる林の少し入った辺りまで誘導して行ったのでそれを追って林に入る。北辰の男達はこちらには全く見向きもせずに剣を構え、老人だけが孫怜の方をちらっと見たがすぐに顔を戻して後ろ手を組み、向かって来る騎馬を待った。

 孫怜達は林の中で身を屈めて街道の様子を窺う。樊樂が尼僧二人をまじまじと見つめ、

「あんたら、名前を訊いても? 服装も頭も同じだから違いが判らねぇ」

「樊さん、それなら名前を訊いてもどっちがどっちか判らないじゃないですか」

 劉子旦が樊樂に言うと、尼僧二人は顔を見合わせて笑った。とりあえず敵ではないらしい孫怜や樊樂らが現れて緊張は幾分解けた様である。それから一人が樊樂に告げる。

「私は襄統派の門人、泰正(たいせい)と申します。こっちは妹の泰和(たいわ)

 泰正と名乗った方は少しふっくらした丸顔、泰和は泰正に比べて僅かに顔が細い。違いと言えばそれくらいのもので服装は同じであり髪があればその形やちょっとした飾りでも見分け易いのだろうが、どちらの頭も綺麗に剃られ形もほぼ同じだった。持っている長剣も全く同じ物である。

「姉妹か」

「姉妹弟子、なんです」

「泰……秀泰(しゅうたい)様の弟子という事かな?」

 孫怜が街道の方を窺いながら訊く。

「そうです。ご存知ですか?」

「いや、名前は聞き及んでいるというだけ」

「おい、来たぞ」

 樊樂が目前まで漂ってきた土煙を指差した。皆がそれを凝視する中、泰和が土煙の中の人物を見て声を上げた。

「あっ、あれは」

「何者かご存知か?」

 孫怜が訊ねると、泰正、泰和の表情がぱっと明るくなった。

「あれは真武剣派の方々です」

 


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