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流浪一天  作者: Lotus
第九章
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第九章 十七

 二人の若い尼僧はぴったりと寄り添い、全身を強張らせている。男達は二人の周りをうろつきながら威嚇しつつ、下卑(げび)た笑みを向けていた。皆、剣を帯びている。

「間に入った方が良さそうだ。何の話か知らんが、円満に話をつけて別れるなんて事はまず無いぞ?」

「分かってる」

 樊樂は孫怜にそう答えながらも頭を抱えた。稟施会は襄統派とは縁も無く、本来なら武林の揉め事になど関わらない。しかし今、目の前に居るのはほんの数人で何も襄統派と北辰教の抗争という程の事も無く、若い尼僧がならず者に絡まれているというだけである。

(じゃあ助けるか? そりゃあ普通は助けるだろ。……しかし、俺達だって北辰に絡まれたくは無い。これから東方に行かねばならんのだからな。目を付けられたら先が思いやられるだろうが。あの尼さん二人はなんだってこんな処に居やがるんだ? 大人しく至東山に籠もってりゃ良かったんだ。北辰がうろついてるのは知ってた筈だろう? 全く……この見物人の中には襄統派の奴は居ねぇのかよ! 野次馬ばかり――)

「樊! 行くぞ!」

 急に孫怜が馬の腹を蹴り、駆け出した。

「お、おい!」

 見ればなんと尼僧二人の方が剣を抜いているではないか。男達は先程よりも間合いを取ってはいるが、まだ余裕があるらしく得物は手にしていない。

「樊さん、行きましょう!」

 劉子旦が比庸にこの場で待つ様に言い、すぐに孫怜の後を追って行く。

「おい――」

「樊さん、仕方ない。楽は出来ないって事さ」

 胡鉄も樊樂に声を掛けてから駆け出した。

「おまえら勝手に……」

 だが、行くなとも言えなかった。やはり争いを止めに行くのが正しいのだ。

 樊樂は比庸とその後ろの可龍を振り返り、

「ここでじっとしてろ。いいな?」

「あー、はい」

 比庸が答えるのと同時に樊樂は馬の腹を蹴った。

 

「私達があなた方に屈する事は決してありません!」

「そうむきにならんでも良かろう? 儂らは別にお前さんたちを屈服させるとかそんな事は考えておらん。そもそも何の為に? 楽しく語らおうではないか。儂らもたまには尼さんのお言葉を聞いて仏の道について学ぼうと言うのじゃ」

「そんな嘘を言っても良いのですか? あ、あなた方は北辰教徒でしょう!」

「まぁそう言わずに付き合ってくれんか。いかにも儂らは北辰を信奉する者だが、仏の教えがどういうものかについても知っておかねばな。お前さんらの様な若くて賢くて、それに美しい尼さんに聞けば話も良く身に入るというもの」

「いやいや、この方々こそが御仏ではあるまいか? これほど美しい肌は見た事が無い。きっとその衣の下は光り輝いている事であろう」

「無礼な!」

 顔を醜く歪ませて尼僧を眺める男達。話しているのは老人で、残りの四人はまだ若い。周りを囲み、舐める様に視線を尼僧に這わせている。出家の若い娘らは色をなして叫ぶと二人同時に腰の剣を抜いた。

 男達は即座に数歩後退したが、二人の剣を構える姿をまじまじと見つめながら、やはりにやついている。

「うーん、さすがは襄統の弟子。様になるのう」

「なんと神々しいお姿だ。その剣を受ければきっと俺も悟りの境地に至る事が出来るに違いない。肌で直接受けねば勿体無いな」

 若い男がそう言って襟を広げ、毛むくじゃらの胸を尼僧二人に見せ付ける。

 二人の尼僧は大いに戸惑っていた。剣を向けたところでこの男達は退く筈も無く、次にどうすれば良いのか分からない。逃げるか? それとも切り掛かるべきか? 自分達を侮辱し、御仏を穢す言葉を吐き続けるこの異教徒どもは悪人であり、断罪に値する。しかし、己の持つ悪を討つべき剣は未だ拙く、このならず者達には敵いそうに無かった。

「私達は戻らなければなりません。もう行って下さい!」

「なあに、悪い奴らに襲われたと言えば少々遅れたとて師太どのは怒りはせぬ。さて、儂らは何の役をやろうかのう? やはり悪人から救う役が良いのう」

 老人が薄ら笑いを浮かべながら腰の剣に手を遣り、ゆっくりと抜く。その姿のあまりの不気味さに二人の尼僧は揃って剣先をその老人に向けるもじりじりと後退(あとずさ)った。

「あ、あなたの様な武林の御先輩がこの様な真似をするとは!」

「まだ何もしておらんではないか。お前さん達は襄統派の弟子。襄統派と言えば武林の一派で剣を使う事は儂も知っておる。剣を抜いたのは挨拶だろう? だから儂も応えるべく抜いたのだ。で? 次はどうすれば良いのかな? 名門襄統の作法を学ぼう」

「おお、じゃあ俺達も――」

 他の男達も老人に倣い腰の剣に手を掛けようとしたその時、急速にこちらに近付いて来る気配を察知する。男達は即座に尼僧の周りを離れ、その気配に正対する様に横一列に並んだ。

 迫ってくる三騎。だが男達に声は無い。ただじっと馬上の三人の顔を観察する。少し遅れてやって来るもう一騎も視界に入っている。急に囲みを解かれた尼僧らもやって来る者達を『何事か』と不安の眼差しで見つめた。男達の仲間だったなら益々危うい。

「何事かありましたかな?」

 最初に口を利いたのは駆けて来た三騎の先頭、孫怜だった。

「いや、何でも無い」

 老人が答える。ごく普通の声色で全く変わった様子は無い。いつの間にか手にあった剣が腰に戻っていた。

「あちらの方々は剣を抜いておられるが……襄統派の方々とお見受け致した」

 孫怜は男達を警戒しつつ、その後方の尼僧二人に目を遣った。老人はすぐに気付き振り返る。

「いかにも、襄統派のご出家だ。至東に戻られる道中だそうな。どうやら悪い奴に絡まれたそうだが、もう至東は近いゆえ安心じゃ」

 老人はゆっくりと話し、再び孫怜を方へ顔を戻した。

 丁度その時、劉子旦と胡鉄もこの場に加わり、少ししてから樊樂も追い付いてその横に並んだ。対峙する男達は皆同様に馬上の四人を睨みつけて凄んでいる。

「私達は東へ向かう旅の者です。あなた方が……あのお二人の手助けを?」

 孫怜はそんな男達の視線を無視して老人に訊ねた。

「なあに、手助けという事も無い。無体な輩はとうに儂らを警戒して去った。もう心配はいらん」

「……しかしあのお二人はまだ気が休まらぬ様ですな」

 二人の襄統派の弟子は抜き身の長剣を手に、互いに寄り添ってこちらを窺っていた。

 


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