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流浪一天  作者: Lotus
第九章
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第九章 十四

「襄統の総帥ってもう歳なんだろ? 清稜山までご苦労な事だ。ついこの間武慶に行ったとこじゃないのか?」

「悌秀師太は武慶には行っておらん。代理の者を行かせた様だな。これがまたちょっとした噂を生む」

「陸総帥には会わないけど武慶より遠い清稜山の木道長にはわざわざ会いに行く、という事ですね」

 劉子旦がすぐに答えを言ったので沈斉文は大袈裟に顔を顰めて見せる。沈斉文の話が売り物だとすれば客の前に並べるよりも先にネタをばらされて値を吊り上げる事が出来なくなってしまう。見れば劉子旦は得意満面の笑みを浮かべている。

(やはりこいつは用心棒だな。商いの場には連れて行けぬわ)

「悌秀師太と陸総帥は仲が悪いのか?」

 沈斉文は樊樂の方へ視線を戻して話を続ける。

「仲が悪いとまでは言えぬ様だが、あの陸総帥と対等にものが言い合えるのはやはり襄統、清稜の二派の総帥くらいの物だからな。それに武林にあまたある門派の中で真武剣派は新参者だ。二派三岳とは到底比べ物にならぬ。そういった歴史の違いからも自然に距離を置いてしまうとも考えられるな」

「しかし悌秀師太はそれだけの事で人を避ける様な方では無い様に聞いておりましたが」

 孫怜は首を傾げる。悌秀師太と面識などある訳が無いが、江湖の噂では慈悲深く徳の高い高僧であり優れた人格者だと言われている。新参者が幅を利かせているという理由でそれを嫌うなど――凡人ならばごく普通の感情かも知れないが――想像し難い。まして陸皓は実力でもって一から真武剣派を興して名声を得ている。もし悌秀師太がそれを苦々しく見ているとすれば噂とは随分違う人物となってしまう。

「悌秀師太と陸総帥は付き合いが長いからな。我らには解らぬ事の方が多い」

 流石にその辺の事までは稟施会には関係の無い話で沈斉文も調べようとも思わない。「それともう一つ。木道長が隠居を決めて、次は悌秀師太だ。弟子に継がせる事をもう公言している。あの世代の者で総帥をしているのは陸総帥だけになるな。真武剣派も次期総帥は白千雲(はくせんうん)と囁かれ始めている今、他の同輩が後進に道を譲っているのに陸総帥だけまだその座にしがみつくのかと言われるのは目に見えている。陸総帥にしてみればなんとも忌々しい事だろうよ」

「武林は過渡期に差し掛かっている。そんな折に北辰も俄かに動き出した。何が起こるか分かりませんな」

 孫怜はそう言って樊樂らに視線を移した。

 此処に居る皆は武林の人間ではない。しかし、稟施会はこの江湖で広く渡世を送る集団であり、武林の波風は確実に自分達をも撫でてゆくのだ。しかも今回の仕事では武林の中核である真武剣派に近付き、更に北辰教まで関わって来ている。何かの拍子に再び武林に騒乱が起これば巻き添えを喰らう可能性が高まっていた。

「とにかく、出来るだけ早くに片付けてしまうより他に無い。孫さんもこんな面倒な話に付き合わせてしまって申し訳無いが、力を貸してやってくれ」

 沈斉文が孫怜に向かって頭を下げる。

「いや、私は仕事を貰えるだけ有難いと考えております」

「うちの金は減ったが、報酬はしっかり用意させてもらうから安心してくれ」

 孫怜は微かな笑みを浮かべながら俯いた。

 

 樊樂ら一行は屋敷に留まり、改めて旅の準備を整えた。他の街とは違いこの都では何でもすぐに揃える事が出来る。

 稟施会の屋敷は夜も静まり返っていた。昼間出かけていた者達は夜になってから数人戻って来て樊樂らと久しぶりの再会を喜んだが、今夜は戻ってこないという者も多く、また樊樂らは夜が明ければ発つという事で、普段なら酒盛りでもするところだが劉子旦らの説得で樊樂に自粛させた。それでも酒は一滴も飲まないなどという事は有り得ず、仲間達と機嫌良く盛り上がっていた。

 

 翌朝、樊樂らは日の出と同時に稟施会の屋敷を出発した。沈斉文は別れるまで『金は無い』と言い続けていたが、樊樂が求めて用意された追加の路銀はこの長旅に充分足るものであった。実際、黄金二千五百両というのはこの都の支店で扱う資金のごく一部に過ぎない。沈斉文は恐らく思い付きで大金をいとも簡単に使ってしまう周維に、それでは困ると伝えたいが為に繰り返し樊樂らに話すのだと思われる。それなら城南に訴えれば良い事であり沈斉文なら周維に直接言える筈なのだが、何故かそうはしていない様子である。

 樊樂らは東に向かうが、この都で得られた情報によって具体的な目的地や行動を決められた訳ではなく、行く先々でその都度、徐騰の行方を調べて行かねばならない。今のところはとにかくこの金陽から真東へ伸びる街道を進む、ただそれだけしか無い。

 

「孫さん。もしかして倚天の剣を見た事あるんですか?」

 一行は他愛の無い雑談に終始しながら進む。ふと劉子旦が思い出した様に孫怜に訊いた。

「まさか。何故だ?」

「いや、倚天の剣は殷総監が長く持っていたんでしょう? 呂州に居た頃からだったら孫さんも見せてもらったりしてたとか……?」

「あの頃はそんな良い物を持っていたなんて聞かなかったな。そもそも剣なんて持っていなかった。あの人は常に鍬だの鎌だのをいつも持っていた。大抵、畑に居てな」

 孫怜は顔を上げて昔を思い出しながら話している。二十年以上前、孫怜はまだ二十歳前後である。

「……そんな人があの北辰で総監にまでなるなんて、何が起こるのか分からないものですね」

「そうだな。亡くなるまでにもう一度会いたかったが……フッ、いつの間にか簡単に会える様な身分じゃなくなっていた」

「なぁ、殷汪ってのはその頃全く剣を持てない奴だったなんて訳無いよな? お前達との接点は何だったんだ?」

 樊樂が孫怜に訊ねる。後ろに続く胡鉄や可龍、比庸も大いに興味を持って話に聞き入っていた。

「お前も覚えているだろう? 俺達は若い頃呂州で勝手し放題、無茶苦茶だった。くだらん餓鬼の遊びだったが」

「ハハッ! 確かに。俺はお前達の知り合いってんで随分名前を利用させてもらったからな」

「どういう事です?」

 樊樂と孫怜だけが理解している会話に、劉子旦が割り込む。

「昔呂州にまったくどうしようもない悪餓鬼の四人組が居てな。こいつもその一人だったんだよ。前も言ったが、今、旦那の処に居る()って奴、あれと同じ名の夏天佑ってのもそうだ。他に慕容(ぼよう)って女に()って男の四人だ」

「孫さんが……?」

 劉子旦だけでなく他の者にも意外な話だった。『昔は悪かった』とは良く聞く話だが、今の孫怜は冷静沈着で普段はどちらかというと物静かな雰囲気の男である。若い頃暴れていたと言われても、その様子が想像出来ない。唯一繋がりそうなのは孫怜は剣の腕が立つ、そのくらいである。

 


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