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流浪一天  作者: Lotus
第九章
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第九章 十三

「真武剣派が千河幇を動かす?」

 樊樂と孫怜が顔を見合わせ、劉子旦らもどういう事か判らず眉根を寄せた。昔程ではないがどちらかと言えば真武剣派と緑恒(りょくこう)千河幇(せんがほう)は敵対する勢力であると認識している。どういう事なのかさっぱり解らない。

 沈斉文は自分達が調べ上げた千河幇と真武剣派の接近について事細かに説明して聞かせた。

 

「そんな事になってるのかよ……旦那は知ってるのか?」

「真武剣派の英雄大会に行ったのなら(はん)幇主を見ているだろうから知っているのだろう」

 樊樂の疑問に孫怜が答える。それにしてもそれが事実なら武林に於いて重大な変化である。孫怜も驚きを隠せない。

「真武剣派は徐の捜索を千河幇に依頼していると? まさか命令とまではいかないのでしょうね?」

「ハハ、まさかそこまでは出来んよ。千河幇はその辺の小さな組織とは訳が違う。まぁ今までの微妙な関係が、ごく普通のものに変わっただけだろう。北辰はまだ千河幇の裏切りとは見ておらん様だから、まだ東方を自由に動ける」

 樊樂は両膝を叩いて背筋を伸ばし、沈斉文を見る。

「ゆっくりしてられねぇな。沈さん、他に何かあるかい?」

「徐騰に関する事は、残念ながら他には無いな。関係無い話ならある」

 沈斉文はそう言ってから口を噤む。樊樂らは沈斉文が話し出すのを待ったが一向に口が開く気配が無い。

「何だよ。待ってんのに」

「いや、関係ない事だからな。それに耳にしたばかりで確かかどうかもまだ判らん。それに、金にはならん」

「勿体ぶるじゃねぇか。何なんだよ?」

「いや、だからお前達の徐騰探しには関係が無い。うちの商いにも関係が無い」

「……だったら最初から言うなよ」

 沈斉文はニヤッと笑い、

「紙に書いてやるから買うか?」

「天下の稟施会がせこい商売すんなよ!」

 沈斉文は急に真顔になり、卓上をコツコツと指で叩く。

「うちは取引出来るものは全て、取引して金にする。知らなかったのか?」

 一瞬、沈黙が訪れる。沈斉文は皆の顔を見回してから、

「二千五百両があっと言う間に消え去った今は尚更だ。質屋と馴染みになるとはな。これもまぁ取引か?」

 今度はしょげ返るような表情で肩を竦めた。

「……俺達あまり路銀に余裕が無いんだ。此処で都合して貰おうと考えてたんだが」

 樊樂がそっと沈斉文の顔色を窺う。沈斉文は薄く笑って、

「拒否して若旦那に睨まれると困るからな。まぁ何とかしてやろう。生きて東淵辺りまで行ける位はな」

 そう言って溜息を洩らした。

 

「俺達はすぐにでも発とうと思ってる。ま、今晩くらいは泊めて貰ってだな。必要そうなら人も出して貰おうかとも考えてたんだが」

「いや、あまり大人数で動くと目に付く。お前達だけで動く方が良かろう。都を出れば北辰がうろついているからな。……あー、特別にタダで話を聞かせてやる」

「本当に金に余裕は無いからな?」

 樊樂が念を押すと、

「判っておる。金を持っているかどうかなど儂の目で見ればすぐに判る」

 樊樂らの身なりは決して良い方ではなく、孫怜の姿が幾らかマシといった程度である。沈斉文が真っ先に客として選ぶ部類の人間では無いだろう。

 沈斉文は円卓に肘を突いて体を前に傾けた。

「真武剣派が至東山(しとうざん)の近くで北辰の者達と鉢合わせてな。少々派手に遣り合ったらしいんだが、それに襄統(じょうとう)派の弟子が巻き込まれた」

「それはまたなんとも……災難な」

 劉子旦が呟く。

「襄統派の総帥、悌秀(ていしゅう)師太(したい)は近々、清稜山(しんりょうざん)に向かう予定だった。だが北辰の奴ら、その件があって以来襄統にもちょっかいを出し始めた様だ。恐らく末端の者達が調子に乗って勝手にやっている事だと思うが」

 襄統派の悌秀とは真武剣派の陸皓(りくこう)、清稜派の木傀風(もくかいふう)らと同輩、武林の名門襄統派の総帥であり、尼僧である。

 

 襄統派はその有様が他の門派とは一風変わっており、その門弟達には様々な人間が居る事で知られている。現総帥は尼僧であり、襄統派は至東山開山以来仏道修行を主として続いているが、弟子には出家して至東山で生活する若い尼僧も居れば近隣の街で生業を持つ者も居り、その男女も問わない。滅多には口に出しては言われないが、その形態は太乙(たいいつ)北辰教に近い。

 襄統派の始祖は都の東千里にある至東山に上った一人の尼僧で、小さな庵を立て、ただひたすらに仏門に仕えた。山に上がって二十年の後に弟子を教え始めたが、皆、仏門の弟子であり、武芸のそれでは無い。現在の襄統派には真武剣、清稜に比肩する武芸がある訳だが、それがいつの時代の誰がもたらしたものであるかは不明であった。しかしながらその要諦の全ては仏に帰依して法を守護し、悪を果断に責め、民衆を救わんとする慈悲を主眼としている。かつて陸皓は真武剣派を創始する以前、江湖に名を成している武芸をつぶさに吟味し研究を重ねていた折、襄統派の武芸について、『襄統の始祖と武芸の繋がりは見当たらないがその業に籠る襄統の根幹である仏道精神との融合は実に精妙なものであり、襄統派武芸は恐らく襄統の極めて初期の時代に始祖の教えの全てを受け継いだ者の手に依って成されたものであろう』と、その出処にも言及していた。

 現総帥、悌秀師太は陸皓や木傀風同様、高齢であり、近々弟子の羅鉄指(らてっし)に跡を継がせる事を公言している。羅鉄指は在家の弟子、そして男性である。

 

「悌秀師太が清稜に? 何かあるのでしょうか?」

 孫怜が訊く。

「清稜派の道長(どうちょう)、木傀風どのは真武剣派の英雄大会から清稜山に戻って早々、隠居する事を決めたそうだ。英雄大会で何かあったのかも知れんな。弟子の……董……」

董仰(とうぎょう)どの?」

「それだ。その董仰という弟子が跡を継ぐ。清稜派ともなれば大々的に人を呼んで継承式を執り行うのが通例だが、真武剣派の英雄大会の直後でもあるのでそのへんは内々に済ませて知らせだけを各門派に送った様だな。恐らくそれを受けて襄統派は総帥自らが清稜山に赴くつもりだったという訳だ」

 


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