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流浪一天  作者: Lotus
第九章
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第九章 十一

 沈斉文は両手を卓上に戻し、また溜息をつく。

「だから今、うちは懐が寒い。外は暑くなっていくというのにな。売り掛けが随分とあるんだが入るのはまだ先でな」

「ハ……旦那かよ……脅かすな」

 樊樂が大きく息をついて椅子の背に体を持たせ掛けると他の皆も同様に緊張を緩めた。沈斉文はもう笑っている。結局、沈斉文の冗談だった訳だが皆の反応は宜しくなかった。周維と洪破人の名を出すのを後にすればもう少しマシであったのかも知れない。肝は最後にくるからこそ『落ち』なのだ。

「旦那が金を何に使ったんです?」

「洪さん達が運んでいた荷……あれかなぁ? 何だったんだろ?」

 胡鉄と劉子旦が頭を捻る。周維が都から城南に戻る際、同行した者達は全員荷を運んでいたが、余程の品が入っていないとあの量で黄金二千五百両が必要になるとは思えない。

 沈斉文はしかめっ面になり、樊樂を見る。

「金二千五百両、さて、何だと思うね? 若旦那の言うには、土産だそうな」

「土産だって? 誰にだ? 城南の人間全てに何か配ったりするんだろうか? ……それなら俺達も急いで帰らないとな。その何かを貰えなくなっちまうからな」

「樊さんも見たでしょう? 周の旦那はそんなに大量の荷を持ってませんでしたよ?」

「まあ、そうだな」

 都で何を仕入れたのか聞いていない樊樂らには何も思い付く事が出来なかった。沈斉文は更に忌々しげに話し出す。

「若旦那が来られた頃、運悪く珍しい物がこの都に持ち込まれてしまった。フン、たった一本の剣だ。倚天(いてん)青釭(せいこう)は知ってるか?」

「イテン……勿論ですよ! 倚天の剣と青釭の剣! この世で最高の二振りじゃないですか!」

 突然、劉子旦が大声を上げ、沈斉文に喰らい付く様に身を乗り出した。とにかくこの劉子旦という男は意外な所で突如興奮する性質で、長く共に居る樊樂らを未だに驚かせる。しかし今『倚天青釭』と聞いて反応を示したのは劉子旦だけではなく、ずっと黙って聞いていた孫怜も明らかに驚いた顔をして沈斉文を見つめていた。

「落ち着け。……それで、その内の一振り、倚天の剣が売りに出てな。それを若旦那が買うと言い出したのだ」

「そうだったんですか! じゃあ旦那は手に入れたんですね? ああ! あの時持ってたのか! 何故教えてくれないんだ! 稀代の名剣を拝めたのに!」

 興奮して立ち上がる劉子旦の横で樊樂は耳を押さえて口をへの字に曲げている。

「子旦、少し黙れ。もう此処にはその剣は無いんだぞ?」

「土産って……誰に? 誰に渡すんだろう?」

 劉子旦は樊樂を無視して考え込んでいる。

「とにかく! 人にただでやる為にそんな大金を使うんだぞ? 全く信じられない」

 沈斉文は天を仰ぐ様に顔を挙げ、両腕を広げて顔を左右に揺らしている。

「あの周の旦那にしては珍しい事ですな」

 孫怜がぽつりと言う。

「目的は商いとは全く別なのかそれとも――」

「おおっ!」

 不意に樊樂が何かを思い付いたらしく、背筋を伸ばして視線を宙に投げた。

「子旦、その剣はやはり剣の腕が立つ奴が持つべきだよな?」

「それは当然です」

「誰だ?」

「え?」

「誰が、その倚天の剣に見合う腕が在りそうだ?」

 樊樂はニヤつきながら劉子旦を見ている。思い付いたその中身に相当自身がある様だ。劉子旦は少し考えてから、

「前は北辰の殷総監の佩剣でしたし……今は居ない……?」

「そうじゃなくてだ。旦那が城南に持って帰ったんなら、城南で一番剣が出来そうな者を考えてみろ。本当にその剣に見合う奴かどうかは置いといてだよ」

「んー……あっ! ……いや、でも」

「誰か思い当たるのか?」

 孫怜が劉子旦に訊ねる。その視線が幾分鋭くなっていたが、他の者達は気付いていない。

「うーん、殷総監の名前を出してしまうと格が違い過ぎてアレですが、まあ城南ではうちの(さん)とか? 剣の腕が買われてうちに来たんでしたよね?」

「風か……死んだそうだな。フン、裏切り者には当然の報いだ」

 稟施会の()、風、(こう)の三名の裏切りは既に此処にも伝わっているらしく、沈斉文は吐き捨てる様に言い、珍しく険相(けんそう)を作る。樊樂は沈斉文に同意を示すべく頷いて見せてからまた劉子旦の方を向いた。

「風の奴は殷汪とかその辺と比べれば話にならないだろ? 俺達よりはまぁ出来るって程度。怜なら確実に風の上を行く筈だ」

「そうでしょうね」

 劉子旦は即答する。聞いている孫怜は特に何も言わず肯定も否定もしない。それよりも樊樂の話の続きをじっと待っている。

「格が違うと言えば、やはりあの周漣さんだよ。あの風をたったの一撃で仕留めたんだ。相当な腕の差がある筈だ。奴も油断はしたろうが、剣に関してはそれなりに出来るんだからああもあっさりやられたりしねえだろ?」

「周漣とは?」

 沈斉文と孫怜は同時に訊ねた。劉子旦が二人を見遣って説明する。

「実は、風さんを殺した……殺したって言うか、まぁそうなんですけど仕留めたのは旦那の屋敷に居る周漣という女性なのです。旦那が何処からか連れてきた女性で屋敷で働いてまして、風さん達が旦那の留守に押し入った時にその女性が風さんの剣を奪って刺したんですよ。その一剣で風さんは絶命しました」

「それはまた凄い女だな。一体何者だ?」

 沈斉文は訝しむどころか笑みを浮かべて訊いてくる。稟施会の敵を始末したと聞いただけでその女を気に入ったのだろうか。

「風はお前達がやったんじゃなかったのか?」

 樊樂は最初、風は自分達で始末したと言っていた筈だ。孫怜は周漣という名を初めて耳にした。

「本来なら奴をやるのは俺達の役目だからな。その周漣さんってのは普段剣を持つような女じゃなくてただの使用人だと思ってたんだが……、そんな女が一人であっさりとうちの用心棒の中で一番腕の立つ風を事も無げに始末しちまったなんて、格好つかねぇ」

 樊樂は後頭部を撫でながら孫怜から顔を背けた。

「で? お前が考えたのは旦那は倚天の剣をその女に、という事か?」

「何もそんな剣じゃなくても、もっと手頃な奴があろうに。あんな大金を持ち出すなんて若旦那もどうかしている。そもそも普通、女に剣を贈るか?」

 沈斉文は周維が金を持ち出した事で本当に相当困ったらしく、またも苦渋の表情を浮かべた。黄金二千五百両というのは確かに桁違いの大金ではあるが此処の全財産という訳でも無い。しかし突然それだけの資金が消えると商いの計画に支障が出るのも頷ける。もしかしたら屋敷から消えた物は皆、金に変えたのかも知れない。

「旦那は周漣さんが風をやったところは見ていない。こっちに来てたんだからな。でも旦那が連れて来たんだから元から剣術に優れている事を知っていたんじゃないか? ただそれだけの理由でそんな金の掛かる贈り物するのも変だ。もっと他に理由があるとすれば……周漣さんを娶るつもりとか……どうだ?」

 


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