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流浪一天  作者: Lotus
第六章
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第六章 一

 人が溢れている。比較的大きな街であるこの武慶でもこれほどの人出になる事は滅多に無い。出歩いている人間の大半は他の街から遥々やって来た者達で、通りに溢れんばかりの話し声には時折何を言っているのかさっぱり解らない様な訛りが混じっていた。

 この日の空は雲が多く陽が隠れるとすぐに空気が冷たくなり、通りは幾ら人でごった返していても流石にこの季節は寒さが肌に染みる。特に急ぐ必要も無い者達は通りにある様々な店に暖を求めて集まり、客商売をしているこの街の人間は忙しく仕事に追われながらも滅多に無い自らの店の盛況ぶりに笑いが込み上げて仕方が無い。

真武観しんぶかんに足を向けて寝る訳にはいかんなぁ」

「もっと頻繁にやってくれないもんかねぇ」

「無理言うな。とにかく十年に一度の貴重な稼ぎ時だ。気合入れにゃならん。仕事、仕事」

 料理屋の類は幾ら大勢客が押し寄せたとしても中に入れるには限度がある。そこで普段なら置いていないみやげ物の類を店先に陳列したり道行く客に酒を一杯ずつその場で売るような事もしている。どこの店もだ。そのために見た感じ何処も同じような店に見えてしまう。それぞれの店の前にはこれまた同じような新たに雇い入れた売り子の威勢良い掛け声が響き、その音量を競い合ってた。

 

「都に負けず劣らず、この街もなかなか賑やかだな」

「それはどうでしょう? 真武剣派の催し物が終われば意外に静かな街かもしれませんよ?」

「俺は初めて来たが旦那もそうなのか?」

「確か、初めてでは無い筈です。しかしそれさえはっきりしない程昔ですよ、来たのは。この風景にも全く見覚えがありませんし」

 高そうな濃い青のさんを纏い手に扇子を持った書生風の男と、背に大きな荷物を背負い左手には白い布で覆った棒状の物を杖の様に持っている褐色の肌の男が、ぶらぶらと歩き辺りを眺めながら話している。すぐ後ろには褐色の男と同じ格好で同じように荷物を担いでいる男が三人、前の二人の話を聞きながら付いて歩いていた。

「旦那、今日は此処に泊まるんだろ? 早いとこ宿見つけて荷を降ろしてぇな」

 褐色の男はそう言って背中の荷を揺すって担ぎ直す。

「そうですね……実は真武剣派の英雄大会とやらをちょっと覗いてみたいと思うんですが、そうすると二、三日滞在しなければなりません。どうですか?」

 扇子の男はそう言いながら褐色の男を見た後、振り返って付いて来ている他の三人にも目を遣った。持っている扇子は広げてはいない。この肌寒い通りで扇子を広げて使う者などいる訳が無い。

「儂等ぁは別にかまへんですけど」

 三人の真ん中の男が言う。荷物を背負う男達は褐色の男も含めてがっしりとした体つきで短めの袖から伸びている腕は太くかなり逞しかった。喋りが変に年寄り臭いが方言のせいだと思われた。見た目は三十代後半か四十代辺りか。扇子の男は細身でその身形は全然雰囲気が違うが年齢は同じ様なものだろう。

「俺達は旦那がそうしたいなら従うだけさ。早く戻らにゃならん用事がある訳じゃないしよ」

 褐色の男が言うと、扇子の男はにっこりと笑みを浮かべた。

「何処が宿なのか分かりませんし、とりあえずその辺で休みましょうか。何か食べましょう。そこで宿の事も聞いてみます」

 扇子の男がそう言った後再び男達を見回すと、皆揃って頷いた。

 その後、五人は立ち並ぶ店を覗いて回るが何処も人で溢れていて入れそうな所が見当たらない。運良く席を確保できた者達は皆大声で楽しそうに笑いながら酒を飲んでいる。

「お祭り騒ぎだな。そんなに面白い事があんのかねぇ?」

「さぁ? しかしこういった催しはそうあることでは無いでしょうから、特別、関係していなくても騒ぎたくなるのが人情というものでしょう」

 引き続き見て回るがどこまで行っても空いている店は見つかりそうに無く、暫く歩いていると少し大きめの屋敷の門前を掃いている老女を見つけ、扇子の男が声を掛けた。

「失礼致します。お伺いしたい事があるのですが」

 扇子の男が老女の隣に立って丁寧に頭を下げると、老女は腰に手を当ててゆっくりと上体を持ち上げて話しかけてきた男を見た。

「宿を探しているのですが、この辺りにございませんでしょうか?」

「宿? あーぁ今頃」

 老女は変に言葉を切って顔を顰めながら手を大きく振った。

「どこも空いてないよ。あんたら何処から来なさった? もっと早く来ないと駄目だね」

「英雄大会、ですか?」

「そう。そうだよ。色んな処から人が来てるんだよ。この近くはまず無いね」

 老女はそう言うと再び腰を曲げて足元を掃き始めた。

「そうですか……では、此処から離れた所ならなんとかなるでしょうか? かなり大きな街の様ですが」

「そうだねぇ、無い訳じゃあ無いけど、真武観から大分離れるよ。あんたら真武観に行きたいんだろう?」

「ええ、まぁ折角ですから見て行こうかと考えています」

「まぁ野宿が嫌ならどうにかしないとねぇ。此処は街の北側でこの通りを真っ直ぐ南に行った所に真武観がある。其処を中心にして宿は埋まっているだろうから、そうだねぇ、此処から西か東か端まで行ってまた聞いてみるんだね」

 老女はそう言って地面を掃きながら少しずつ離れて行く。

「分かりました。有難うございます」

 扇子の男は一礼して老女の傍を離れた。

「どうやら食事は宿を探し当てるまでお預けになりそうですよ?」

「やれやれだな。まぁまだ暫くは腹減らしてぶっ倒れる事は無いな。どうだ?」

 褐色の男が他の三人の男を見ると、

「大丈夫だ」

 と一人が言い、残りの二人も頷いている。

「では、他を当たってみましょうか」

 五人は再び歩き出し、今居る通りから西に向かった。

 もうかなり歩いていたが、荷を背負った男達は全く疲れを見せる事も無く扇子の男に付いて行く。武慶を取り囲む西の城壁が間近に見えてくる頃には先程の中央の通りとはうって変わって人の数はかなり減っている。辺りは民家ばかりで何かの店らしい建物も見当たらなかった。

「人は減ったが宿があるのか怪しいな」

 褐色の男が言うとすぐに扇子の男が此処の住人らしき男に声を掛けた。

「宿? この辺には普通の家しか無いけどなぁ。こんな街のはずれじゃあ客が来ないからな」

 住人の男はそう言って荷を担いでいる男達を眺めている。

「そうですか……」

「昔はあったんだ。……今は小さい居酒屋をやってる所があるんだが、行ってみるかい? 今は使ってない部屋があるらしいが」

 扇子の男はそれを聞いて振り返ると、褐色の男が頷く。

「ご紹介頂けますか?」

「いいよ」

 住人の男は早速歩き出した。

 先頭を行く住人の男が立ち止まったのは周りにある民家と何ら変わりの無い古い建物の前で、居酒屋を営んでいるなど想像も出来なかった。近くの知り合いだけが集まる様な店なのだろう。住人の男は中に声を掛ける訳でもなく無造作に扉を開いた。

 表は普通の民家だが中には確かに客の為の卓が三つ用意してあり、その内の一つには男が二人腰掛けて話している。一人が首を捻って入り口の方に振り返った。

「どうした? こんな時間に。また嫁さんにどやされるぞ?」

「そうじゃない」

 案内してきた住人の男はその身をずらして後ろの扇子の男に入るよう促した。



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