抉るような鋭利さ
ふう。
軽い溜息のもとレイはパソコンの電源を落とした。いつも通りに今から風呂に入り、友人と軽くメールし、ベッドに入り、寝るはずだった。そう、寝るはずだったのだ。
ドサ
部屋に鈍い音が響く。まるで誰かが倒れたような。
今日はいつも道りにはならなかった。自分の考えなど知らないというようにレイの意識は闇に呼ばれたように落ちていった。
部屋に時計の音だけが響いている。
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徐々に覚醒する意識、と同時に出てくる困惑。レイは状況を呑み込めないでいる。
どこまでも黒い世界。黒と言っていいのか分からない。何故なら自分の姿ははっきりと視認できるのだから。どちらかと言うと闇だ。
様々な疑問が脳内を飛び交う。
ここはどこだ?何時までこのままなんだ?俺は戻れるのか?
思案を始めだすと一気に身体に粘つく氷のような恐怖が駆け上がって来る。頭の回転が速いのが仇となる。
そして闇の世界に一人、レイの精神は弱っていた。つまりは心細いのだ。異常な状況に精神の衰弱、普段であれば意識の底にも生まれない考えをその二つが生み出す。
まさか俺はもう―――
―――死んでいるのか?
一生、いや永遠ににこのまま一人なんじゃないか?
もう誰とも話せないんじゃないか?
もう何もできないのか?
もう―――「おっとそこまでじゃ」
目の前に現れたのは
背中に六対の灰、もしくは銀とも言える光沢を持った白の羽を生やした幼女だった
誰だコイツ
急展開過ぎて頭がついて行かない。
普段ではありえない状況にありえない光景。それは自分の置かれている状況を忘れさせる。一種の現実逃避なのかもしれない。レイの思考は目の前の幼女に独占されていた。
「時間もあまり残ってない。色々説明してやりたいが奴らの目もある。
用件を言うぞ。お前には異世界にいってもらう。
これから三日以内にお前は死ぬだろう。
まあ向こうで死なないように能力を授けてやろう。ほれ。」
「は―――
疑問の声を上げる前にレイの意識は引き戻されていった。
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目が覚める。頭痛がひどい。
時計を見ると針は1を指している。外は暗いので午前だろう。
―――胸糞悪い夢を見た
レイはいらだっていた。
あの理不尽な夢の内容を想い出すたび闇の恐怖が這いずってくるが
不安にさらされたあげく死ぬだと?ふざけるな!
しかも初めてのセリフが「は―――」だぞ!
即死するモブだってもうちょっとしゃべるぞ!
混乱している頭で恐怖を意味不明な怒りに塗り替えつつ決心を固めていく。
あのガキの思惑道理にはさせない!
俺は絶対に死なない!
よく分からないままとりあえず激昂しといた。
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時は早朝。
雲一つない清々しい空は見たものの心は洗われていくようだ。だがここに不機嫌な少年がいた。
不意に目覚ましが鳴る。
ピピピピピピピピガタンッ
「起きてるわ!やかましい!」
「お兄ちゃんうるさーい」
妹の抗議の声なんて耳に入らない。
少年は夜通し起きていた。だからかもしれないがかなりイラついている。
家にトラックが突っ込んできても躱せるように
部屋に魔法陣が出ても逃げれるように
テロリストが来ても隠れられるように
三日以内に来る死を回避するために最善を尽くそうとしていた。だが何も起きない。
目覚めた時よりも冷静に考えることが出来た。あの時の激情はすっかり冷め、残るのは睡眠不足への苛立ちだけだった。
やっぱり夢なのか
なんて思いつつ朝食をとるために一階へ向かう。
気を緩めながら。
それがフラグだと気付いた時にはすでに遅い。
気を緩めるのは仕方ないだろう。何しろあの憎たらしい幼女とあったのは寝ている時だけで起きてから今まで何もないのだから。
急に足が何かに邪魔されたように動かせなくなる。必死に動かそうとしても動かせない。
大きく力を込めて動かそうしたところでそれを待ってましたと言わんばかりに足の束縛が急に消える。
時としては一瞬だ。だが足への一瞬の束縛。それにより階段で体のバランスを崩す。レイの体は空中に投げ出される。
危機感と浮遊感を味わいながらレイは考える―――
この高さからなら死なないかな………ッッッ!!
―――が落下地点に何か立っている。その何かを認識したとき言葉を失った。眩しい光沢、美しい波紋、抉るような鋭利さ。
つまり何かとは包丁である。
つまり目の前に包丁が垂直に立っていたという事だ。包丁、みんな知ってるあの包丁だ。
英語だと kitchen knifeのあの包丁だ。人を殺せるあの包丁だ。
それが階段を下りた所に垂直に立っていた。
普通なら一生見る事ないような光景。その時レイは
へ―最近の包丁は何もないところで立つんだなぁ
じゃなくて!どうやって包丁を食べたらいいんだ?
かなりパニックっていた。
俺はこんな所で死ぬのか?
頭が回り始めると様々な事がフラッシュバックする。
思い出すのは
闇の中での恐怖
あの自称神の見下した顔
神(笑)のゴミを相手にしたような顔
糞幼女への怒りだった。
俺はこんなとこで死ねない!!絶対生きてやる!!
レイの怒りに呼応するように瞳孔を中心に角膜を赤に染めていく。
薔薇よりも濃く、血よりも鮮やかで、ルビーよりも透き通っている。見るものすべてが美しいというだろう。豚に真珠という言葉があるが価値を知らない豚でさえ執着するだろうと思える赤だ。
レイの体感時間は何十倍にも引き伸ばされる。どこをどうすればいいか何千回も繰り返し練習したように分かる。包丁の右手を右奥に、左手を左手前に置く。床に手が触れると同時に左手を張り、右手を曲げ右奥に転がるように受け身をとる。包丁に触れるほど腕は短くない。
助かった…んだよな
しかしレイの心情は安堵ではない。何も感じなかった。いつも道りに階段をおりたような、当たり前の事をしたように何も感じなかった。
寝ころんだまま思考を開始する。思考を始めるまでに十五分経っているがいるがそれは仕方ないだろう。命を失うかもしれない出来事があったのだ。
やっと来たかという恐怖とたまたまかもしれないという希望。相反する考えは自分に都合がいい方に流れそうになるが、垂直に立つ包丁というありえない出来事起きたということがそれを止める。同じ場所をぐるぐる回るように思考がまとまらない。
「学校行くか……」
瞳はいつもの黒に戻っている。
レイは思考を放棄して、いつも道りの事を始める。
いつも道りが来ることを願って。
床がいつもより軋んでいるような気がした。
ご指摘、ご指南くだされたら幸いです。