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とある侯爵令嬢の恋事情  作者: 雲居瑞香
マリアンネ
4/18

【4】






 ちょっとマリアンネの現状について説明してみようと思う。マリアンネの家庭事情は少々複雑だった。




 まず、エルヴァスティ侯爵オラヴィ、つまりマリアンネの父親とティーリカイネン公爵令嬢ティーア、つまりマリアンネの母親は政略結婚だった。




 母は美しい女性だったが控えめで自己表現の苦手な女性で、初めは彼女に優しかった父も、次第に気の利かない母から距離を置くようになっていったという。それでも、ティーアなりに精いっぱいやっていたことは理解していたので、離婚することはなかった。


 だが、数年後オラヴィの愛人の存在が発覚する。愛人自身が生まれたばかりの子供を抱えて屋敷に乗り込んできたというのだ。ちなみに、このころマリアンネはまだ生まれていないため、全て聞いた話になる。


 控えめなティーアは愛人の存在についてオラヴィに何も言えなかったらしい。だが、オラヴィはティーアを思ってか、彼女が生きている間に愛人を屋敷に住まわせることはなかった。




 しかし、マリアンネが8歳の時、ティーアが急死する。もともと体があまり強くなかった母は、肺結核を患ってそのまま帰らぬ人となったのである。1年前からイグレシア王国に留学に行っていた兄は急きょ帰国し、母の葬儀が行われた。喪に服すため、兄は留学先の国に戻ることはなかった。




 そして、ほかにも変化はあった。屋敷にオラヴィの愛人が子供とともに住み着いたのである。たぶん、オラヴィは何も言っていないと思う。愛人が勝手にやってきて、我が物顔で屋敷に住まうようになったのだ。


 オラヴィは事なかれ主義者だ。日和見主義、ともいう。基本的に自分にかかわりがなければどーでもいい、と言う人で、母が亡くなった子供を養育はしたものの、顧みることはなかった。


 愛人の子は2人とも娘だったため、嫡男であるリクハルドを手放すことができないのは当然だ。そして、次期当主であるリクハルドがかわいがっているため、マリアンネも屋敷に残された、と言うのが正しいだろうか。


 愛人とその娘も、リクハルドを屋敷から追い払えないのはわかっている。彼は時期当主で、それなりに権力も影響力もある。しかし、マリアンネは違う。まだ小さな子供で、確約された地位などもない。



 彼女らは、リクハルドやオラヴィの見ていないところでマリアンネをいじめはじめた。物置に閉じ込めてみたり、突き飛ばしてみたり、頭から水をかぶせてみたり。使用人が発見すれば助けてくれたが、助けてくれた使用人は愛人のやつあたりにあい、解雇されることもあった。そのうち、マリアンネを進んで助けてくれる使用人はいなくなった。


 兄のリクハルドがこのいじめに気付いて注意してくれたが、彼もずっと屋敷にいるわけではない。いっそのこと寄宿学校に行かせるのもいいかもしれないと考えていたそうだ。



 しかし、実際にマリアンネが行ったのは寄宿学校ではなく王立魔法研究所だった。マリアンネが初めてその敷地に足を踏み入れたのは5年前、12歳の時だ。ちょうど、ユハニが所長になった時期と同じだ。



 12歳だったマリアンネだが、彼女は幸いと言うか、頭がよかったし魔力もあった。学校に通うより、王族が所長を務める魔法研究所に預けたほうがいい、とリクハルドが判断し、オラヴィと国王から許可をもらったそうだ。


 確かに、12歳でマリアンネは貴族が受ける高等教育を終えていたし(そう言った家庭教師は父が手配してくれていた)、魔法に対する知識もある。ちょうどいい、とリクハルドは思ったのだろう。ちなみに、リクハルドの勤め先も宮殿である。


 当時18歳のユハニは、今と変わらず鬼畜だったが、ちょこまかと動きわからないことは素直に質問してくるマリアンネのことをかわいらしく思ってくれていた、と思う。絵を描くことが趣味だと言ったら、カンバスに描いてみろ、と言ってくれたし。



 ユハニにやってみろ、と言われて描いた絵画。一番よくできたものは母を聖女に見立てて描いた抽象画。それを美術展に提出し、ちょうど来訪していたフラスクエロ王子が目撃した、と言うことなのだろう。



 この話には続きがある。なんと、愛人の娘たち(マリアンネにとっては異母姉)が、勝手にマリアンネの絵を焼いてしまったのである。もちろん、嫌がらせである。今までもマリアンネの持ち物を隠したり焼いたり、勝手に自分のものにしてしまう、などと言う事件があったから、マリアンネはその時点で家に大切なものを保管するのはあきらめた。


 そして、魔法研究所にマリアンネの私物が増えていく、と言う寸法である。フラスクエロ王子がほめてくれた絵も、彼女らに焼かれてしまった。


 で、その2人が今、目の前にいる。会うと嫌味ばかり言われ、会話が成立した覚えがない。はっきり言うと、マリアンネはこの2人の異母姉が嫌いだ。自分に嫌味を言うからではなく、振る舞いが不快なのである。2人の異母姉は今日もごてごてと宝飾品を多く身に着け、最新の流行のドレスをまとっている。



「……お久しぶりですね、お姉様方」

「あなたに姉と呼ばれるのは不快だわ」



 上の異母姉マイユが言った。ちなみに年は20で、鮮やかな金髪に真っ青な瞳の美人だ。なまじ自分が美人なので、マリアンネの容姿に対する嫌味を言うことが多い。


「そうね。私もお姉様に同意見。相変わらず暗いったら」


 そう言って顔をしかめたのは下の異母姉ファンニだ。マイユの1つ年下で19歳。マイユと同じく金髪に青い瞳をしているが、マイユほど美人ではない。マリアンネの根暗な性格に嫌味を言ってくるのはこの異母姉だ。


「まったくね。相変わらずパッとしない恰好をしているし。エルヴァスティ侯爵家の名を貶めるつもりなのかしら」

「地味なら地味なりに容姿に気を遣いなさいよ。目立たないように背景と同化するようなドレスを選ぶとか」


 そこでマイユとファンニが可笑しそうに声をあげて笑った。悪いが、マリアンネには何がそんなにおもしろいのかわからなかった。2人が笑っている間に安全地帯(魔法研究所の事)に戻ろうと立ち上がると、マイユに腕をつかまれた。


「がりっがりね。仮にも女性なんだから、もう少し肉をつけたらどう? こんな骨と皮では、相手の方もやる気が失せてしまうわよ」

「せっかく捕まえた王子様が逃げてしまうわよ」


 どうやら、この2人はフラスクエロ王子と話していたマリアンネを見ていたようだ。たぶん、婚約云々の話しは知らないと思う……たぶん、だけど。


「本当に、どうやってあの方の気を引いたのかしら。変人女のくせに」

「色目でも使ったの? ああ、あなたには無理ね」


 ファンニはマリアンネの全身を眺めてせせら笑った。確かにマイユもファンニも豊満な体つきをしているけれども。



「ねえ、マリアンネ。あなた、自分の立場をわきまえたらどうなの? あなたは確かにお父様の正室の子供だわ。でも、その正室のお母様ももういない。今では私たちの母が正室と言っていいわ。きっと、お父様もそう思っていでしょう」



 ファンニはそう言うが、マリアンネは父はそんな面倒なことは考えていないと思う。しかし、言えば姉たちの機嫌を損ねるだけなので、マリアンネは黙っていた。


 だが、黙っていても姉たちの怒りは増長されていく。


「何か言ったらどうなの? それとも、わたくしたちを馬鹿にしているの?」


 マイユが眉を吊り上げて言った。マリアンネはそれでも黙っている。下手に口を開けばはたかれるからだ。


「あなた、まだそんなもの持ち歩いているの? いい加減にしなさいよ。わたくしたちの品位が疑われるわ」


 ファンニはそう言ってマリアンネの手からスケッチブックを取り上げた。おっとりしているところのあるマリアンネは「あっ」と声を漏らしただけでスケッチブックを取り返そうとはしなかった。


「あら。何か文句でもあるの? ないわよね? ファンニ、それ、捨てなさい」

「わかったわ、お姉様」


 そう言うと、ファンニは何故かスケッチブックを噴水の中に放り込んだ。マリアンネは「あ……」と残念そうな声をあげた。


「こんなものを大事にして。その労力をもっと有効に使いなさいよ」

「そんなに絵を描きたいなら、部屋から出ずに描き続けていればいいのよ。その陰気な顔を見せないで」

「行くわよ、ファンニ」

「ええ。お姉様」


 満足したのか、マイユはファンニを連れてその場を離れて行った。マリアンネは2人の姿が見えなくなったのを確認すると、噴水に近寄り、水の中からスケッチブックを拾い上げた。


「ああ……駄目ね」


 紙がふやけてもう使えない。描いてあったスケッチもにじんで見えなくなっている。マリアンネはある程度水を切ると、スケッチブックを開いて芝生の上に置いた。天気がいいのである程度は乾くだろう。乾いて、それでも絵が見えなければ捨てるしかないと思う。


 しばらく噴水の淵に座って空を見ていると、ひょいと乾かしていたスケッチブックを拾い上げられた。



「水の中に落としてしまったの? もったいないね」



 優しげな声につられるように顔を上げると、淡い翠のドレスを着た女性と目が合った。その瞳は切れ長だが優しげで、アクアマリンのような色をしている。



「お久しぶり、マリアンネ」



 この国の王太子妃はそう言ってマリアンネに向かって笑みを浮かべた。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


マリアンネの母親は絶世の美女でした。そのため、リクハルドも美人だし、マリアンネも顔立ちが整っています。彼女の見た目が野暮ったいのは、マリアンネが自分に似合う服を着ようと思わないからです。

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