【2】
本日二度目の更新です。
マリアンネのツッコミに、王女様ことミルヴァ姫はふふふ、と妖艶に微笑んだ。
「あなたが面倒事に巻き込まれていないか心配で見に来たのよ」
「巻き込まれても、自分で何とかするくらいの機転はあるつもりです。機転だけではどうにもならなさそうなときに見に来て下さい」
「じゃあ、これからはそうすることにするわ」
ミルヴァ姫はやはり、ふふふ、と楽しげに笑う。
ミルヴァ・イリニヤ・カルナ。カルナ王国の第2王女である。年は20で、マリアンネの兄リクハルドの婚約者だ。つまり、未来の義姉にあたる。
リクハルドはカルナ王国の王太子とも同い年で、学友だ。我が兄ながら、どんな交友関係なのか若干謎である。その関係で、ミルヴァ姫と知り合い、婚約者になったのだ。ちなみに、第1王女はすでに他国に嫁いでいる。
ミルヴァは未来の妹のマリアンネをかわいがってくれた。母が亡くなってからは3日と開けず手紙をくれ、暇なときはいつも遊んでくれた。
そんなわけで、マリアンネはミルヴァのことは信頼していた。姉がわりと言っていい。
「あなたって意外と気が強いわよねぇ。まあ、リクも腹黒いし、これでつり合い取れてんのかしら」
王女にあるまじき言葉遣いのミルヴァは、じゃじゃ馬姫と呼ばれている。遠乗りが好きで、剣の稽古が日課だ。彼女もかなりの変人である。
金髪碧眼で快活に笑う彼女は、太陽のようだ。隣にいると、自分まで照らされているような、そんな感覚がする。同じ変人でもマリアンネとは違い、すらりと背が高く、体つきにメリハリがある。
ミルヴァは足も長い。背丈平均よりちょい高め、くらいのマリアンネは早歩きで彼女を追いかけることもしばしばだ。今も、いつもより心持早歩きでミルヴァの隣に並んでいる。
「それで、フラスクエロ殿下はどう?」
羽扇で口元を隠しながらミルヴァは目を細め、楽しげな口調で言った。マリアンネは目をしばたたかせる。
「どう、とは?」
「ハンサムでしょう」
「……」
はっきりと言い切ったミルヴァに、マリアンネは思わず目を細めた。
「……一応言っておくけど、私が愛しているのはあなたのお兄様だけよ……。そう言うことじゃなくて、あなた、ああいう顔は好きでしょ。フラスクエロ殿下はあなたに好意があるみたいだし、結婚を考えてもいいんじゃない?」
「……好意と言うか、その、わたくしが描いた絵をほめてくださって」
「知ってるわ。私もリクと一緒に聞いていたもの」
そうなの? マリアンネは一瞬、フラスクエロ王子がマリアンネの絵を気に入った、と言う話がどこまで広がっているのか気になった。
「でも、あなた自身にも興味があるみたいよ。あなた、身分は侯爵令嬢だし、お母様はカルナ王国三大美女に数えられたティーリカイネン公爵令嬢ティーア様の娘。隣国の第2王子と結婚しても何ら不思議はない身分なのよ?」
「そうかもしれませんけど、わたくし、お母様のような美人ではありません」
母ティーアは美しい女性だった。ミルヴァが言ったように、この国で最も美しい女性の1人だった。清楚系の美女で、兄のリクハルドは完全に母親似。マリアンネは母を地味にした感じだ。少なくとも、父親似ではない。
カルナ王国三大美女の1人を母に持ちながらどことなく野暮ったいマリアンネは、よくからかわれた。からかわれるくらいならまだいいが、馬鹿にされることも多い。マリアンネ自身はあまり着飾ることが好きではないので別にいいのだが。
「あのねぇ。マリィも顔立ちは整ってるんだから、ちゃんと似合うものを着て着飾れば見栄えするはずなのよ。私ですら身なりに気を使ってるんだから、あなたも少しくらいきれいに装ってみなさいよ」
「ミルヴァ様は王女様じゃないですか。わたくしは研究者だからいいんです」
「そう言う問題じゃないでしょ。それとも、あの女に言われたこと、まだ気にしてるの?」
あの女。個人を特定できる代名詞ではないが、マリアンネにもミルヴァが言いたいことは伝わった。
「気にするというか、本当のことを言われただけですし。わたくしの恰好が地味で野暮ったいのはわたくしの好みの問題です」
「……とりあえず、あなたのその価値観が破壊された原因であるユハニを蹴り倒しておくわ」
「? よくわかりませんが、殺さないでくださいね」
ミルヴァなら本気で蹴っ飛ばしそうな気がしたのでそう言っておいた。ちなみに、ユハニとはミルヴァの従兄だ。王立魔法研究所の所長をしている。
「まあ、それはともかく、よ」
ミルヴァは手に持った扇を閉じると、それで掌をパシッとたたいた。少し身をかがめてマリアンネに囁く。
「マリィ。これはあなたが『あの女たち』から離れるチャンスなのよ? フラスクエロ殿下と結婚すれば、この国から出ることができる。つまり、『あの女たち』から離れられる。第2王子妃になれば、いくら身内とはいえ手を出せないでしょ」
「うーん。でも、わたくしはお兄様とミルヴァ様がいらっしゃれば別にいいかなーと思っているのですが」
半分本心半分冗談で言うと、ミルヴァはマリアンネのわき腹を小突いた。
「うれしいこと言ってくれるじゃないの。でも、あなたと私たちでは話が違うわ。リクはエルヴァスティ侯爵家の跡取りで、私は王女。私がリクと結婚すれば、あの女が何をたくらんでいようが、リクには手出しできない。でも、あなたは違う。いくらあなたが優秀な魔術研究者であろうと、結婚すればあなたは結婚先の家に属し、それまでは生まれた家に属す。結婚相手は慎重に選ばなければならないし、独身で居続けるのは難しいわよ」
ミルヴァの言葉は事実だ。侯爵令嬢であるマリアンネがずっと独身で居続けるのは難しい。貴族の女性は政略結婚に出されるのが常なのだ。
「それは……わかってますけど。いっそ、勘当してもらって平民として生きていくのもありかな、って」
「自分からより低い身分になってどうするの。余計いじめられるわよ」
「……」
ミルヴァには『いじめられている』と言われるが、マリアンネにはいまいち実感がなかった。エキセントリックなマリアンネをひとが敬遠するのは当然のことだし、マリアンネも社交的な性格ではない。明るくはないし容姿は、まあ不細工ではないが最高の美女の娘にしては普通すぎる。
だから、マリアンネには周囲の反応は至極当然のもののように思えるのだ。
「とにかく、フラスクエロ殿下はしばらくこの国に滞在するから、親交を持っておくに越したことはないわ。顔はいいでしょ、あの人」
なんだかそれ、さっきも言われた気がする。マリアンネは芸術が好きだ。一番好きなのは研究だが、芸術鑑賞も趣味の一つだ。フラスクエロ王子が芸術的な美しい顔立ちであることは否定できない。眼福である。彼と同じくらい美しい人は、マリアンネの母ティーアくらいだろう。
パーティー会場であるホールに戻ると、件のフラスクエロ王子とリクハルドの周囲には多くの令嬢が群がっていた。フラスクエロ王子はともかく、リクハルドにはミルヴァと言う立派な婚約者がいるのだが。
ミルヴァは自分の婚約者が若い娘に囲まれているのを見ると、その涼やかな目元をすいっと細めた。マリアンネの肘のあたりをつかむ。
「行くわよ」
ミルヴァに力強く引っ張られ、マリアンネも歩を進める。威風堂々としたミルヴァに周囲は道を譲るのでマリアンネたちの行く先は人が割れていた。ミルヴァは伝説の予言者か何かなのだろうか……。
それにしても、背が高く美人で、スレンダータイプの赤いドレスを見事に着こなした王女と、流行遅れではないがあまりぱっとしない暗緑色のドレスを着た野暮な侯爵令嬢がともに歩いている姿はかなり人目を引いた。
「……しまったわ。マリィを着替えさせてから来ればよかった」
ミルヴァは小さくつぶやいたが歩みは止めない。令嬢の群れをかき分け、自分の婚約者に近寄る。
「リク!」
「ミルヴァ! ああ、マリィ、ミルヴァと一緒だったんだね」
リクハルドは嬉しそうにミルヴァを呼んだが、すぐにマリアンネを目に止めた。それでいいのか、兄よ。と言うか、ミルヴァはなぜこのシスコンの嫌いのある兄とうまくいっているのだろうか。
「ミルヴァ、今日も美しいな。マリアンネ嬢は落ち着かれたようですね。よかった」
フラスクエロ王子がそう言ってマリアンネに微笑んだ。彼も隣国の王女たるミルヴァを軽く受け流しているが、いいのだろうか。それに、どうしてミルヴァには砕けた口調なのにマリアンネには敬語なのだろう。
「……ご心配いただき、ありがとうございます。先ほどは取り乱してしまい、申し訳ありません」
「あなたが大丈夫なら、それで構いませんよ」
甘い笑みを浮かべてフラスクエロ王子は言った。だから、どうしてそう言うセリフを言うのだろうか。ほら、周囲の令嬢たちがフラスクエロ王子の笑みにぽーっとしている。
マリアンネは彼の顔から視線をそらし、にやにやとこちらを見ているリクハルドに言った。
「お兄様。わたくし、先に屋敷に帰りたいと思うのですが」
「そう? せっかくだからフラスともう少し話して行けばいいじゃないか」
フラスクエロ王子が大きくうなずいた。しかし、マリアンネは首を左右に振る。
「わたくしでは何か粗相をしてしまうと思います。それに、明日は朝から研究所に行かなければならなくて」
「ああ、そう言えばそう言っていたね……。それじゃあ、僕も一緒に帰ろうかな」
「ちょっと待ちなさい、そこの兄妹。2人とも、宮殿に泊まって行けばいいでしょ」
王女様はさらりとそう言ってのけた。
「マリィは明日、ここから研究所に行けばいいわ。ね」
ね、じゃない。
「ぜひそうしてくれ。リク、久しぶりに飲みながら話でもしよう」
「あー、いいね」
フラスクエロ王子にリクハルドがどうしたことで、マリアンネの宮殿お泊りが自動的に決まった。令嬢たちの視線が痛いんだが……。
その睨む令嬢たちに中に異母姉の顔を見つけて、余計にため息をつきたくなった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
この話に出てくる女性は、全員変人かもしれません。




