【11】
魔法で眠らされたマリアンネは、気づくと簡素な部屋の床に寝かされていた。ばっと起き上がるが、両手足が鎖で拘束されていた。そのため、ごろっと転がり、頭を打った。
「……ったぁ……」
たぶん、おでこが赤くなった。後ろ手に縛られている手首を動かしたが、どうにもならなかった。おそらく、魔封じの印が彫られた鎖なのだ。つまり、相手はマリアンネが魔術師だと知っているのだ。
マリアンネは人前で魔術を使ったことがほとんどない。それでも、彼女が王立魔法研究所の研究員であることは有名だし、どこからか情報が漏れていても不思議ではない。
魔法で強引に引きちぎることはあきらめ、マリアンネは一度大きく息を吸った。その時、部屋に誰かが入ってくる。その人はマリアンネを見下ろして小ばかにしたように笑った。
「ふん。いいザマね」
「……」
下の異母姉のファンニだった。
後から落ち着いて考えてみたのだが、そう言えば、いつもマリアンネを物などの虐待を行っていたのはファンニの方だった。そう言えば、倉庫にマリアンネを閉じ込めたのもファンニの方だった。
マイユは確かにマリアンネを悪しざまに言っていたが、マリアンネ自身に虐待を加えることがなかった。倉庫に閉じ込められていたマリアンネを倉庫から出したのもファンニではなくマイユである。
つまり、マイユよりファンニの方がマリアンネを嫌っていたのだろう。もしかして、この姉妹の仲もあまりよくないのかもしれない。
とはいえ、この時はそんな冷静に物事を考えている状況ではなかった。ファンニのあとから20歳そこそこの青年が入ってきたのである。さらにその後からは明らかに怪しいフードマントを着た人物。女か男かもわからないが、たぶん、魔術師。魔術師がマントを羽織ることはよくあるのだ。マリアンネも一着持っている。
ではなくて。
「本当はこのままあんたを娼館に売り払おうかと思ったんだけど、それじゃあつまらないものね。社交界の笑いものになるがいいわ」
「……」
社交界の変人であるマリアンネに、今更なにを言っているのだろうか。何となく腹が立って、魔法をぶちかましたくなったが、あいにく魔封じの鎖はまだ解けない。
「じゃあよろしくね」
青年にそう言うと、ファンニは魔術師(らしき人)を連れて部屋から出ていった。外からカギをかける音がした。マリアンネは閉じ込められたことはあまり気にせず、目の前の危機を何とかすることにした。
「ええっと、こんにちは?」
「……意外と図太いね。まあ、俺を無視するくらいだから、図太いに決まってるけど」
「……」
正直な話、マリアンネは「誰こいつ」と言う感じだ。本当に誰だろう、この青年は。いや、見たことある気はするんだけど。
「覚えてない? 俺、あんたをダンスに誘ったことがあるんだけど」
「……」
舞踏会に出ても踊らない侯爵令嬢・マリアンネに、罰ゲームで声をかけてきた貴族の子息は何人かいる。しかし、そのすべての人を記憶しているわけではない。記憶力はいい方だが、興味のないことは頭に入らないのである。
質問に沈黙で返したマリアンネは無表情で青年を見上げた。青年はマリアンネの顎をつかむ。
「気づかなかったけど、結構きれいな顔してるんだな。まあ、母親が絶世の美女・ティーア様だもんな」
そのままマリアンネは後ろに突き倒された。手が付けない状況なので、背中を打った。何とか頭は打たなかったが、自分の体に手首が押しつぶされて、痛いっ。
青年は痛みに身をよじったマリアンネのスカートに手をかけた。
「っ!」
青年を蹴り飛ばしてやろうと思ったが、足が縛られているのを忘れていた。青年がマリアンネの足を押さえつけた。
「っと、暴れるなよ」
マリアンネは魔法が使えなければただの少女だ。と言うか、マリアンネは運動不足のため、同年代の少女にも勝てるかが怪しい。それが、男に勝てるわけがないのだ。
人間、恐怖が過ぎると声が出なくなる。マリアンネは悲鳴を上げようと口を開いたが、声が出なかった。しかし、後ろ手に縛られていた手首の鎖がほどけた。ほどけたというか、鎖が崩れた。
とはいえ、足の鎖も魔封じの鎖のため、魔法はまだ使えない。手が自由になっただけだ。マリアンネは手を前に伸ばすと、青年をグーで殴った。
「さすがにいてぇ!」
女の力でも、骨の部分で殴られたら痛いらしい。マリアンネはそのまま後ろに下がろうとしたが、足をつかまれた。
「っ、いやっ」
「おとなしくしろって」
その時、部屋の扉が蹴破られた。駆け込んできた誰かがマリアンネにのしかかっていた男を殴り飛ばした。
濃いグリーンのドレスをひるがえしたその人は、王太子妃のリューディアだった。
「大丈夫かい?」
王太子妃はもっていた剣でマリアンネの足の鎖を切った。それからマリアンネの手をつかみ、立ち上がらせた。
「リュ、リューディア様、どうしてここに?」
「ああ。彼女が案内してくれた」
リューディアはニコッと笑い、部屋の中に入ってきたマリアンネの上の異母姉を示した。マイユは、妹のファンニの手首をしっかりつかんでいた。いや、むしろ拘束していた。
「……一応謝っておくわ。悪かったわね。でも、あなたものろまだからよ」
それは十分よくわかっています。
「ありがとうございます、マイユお姉様」
マイユは盛大に鼻を鳴らしてそっぽを向いた。その様子を見てリューディアは笑った。
「まあ、そう言うわけだね」
「はい。ありがとうございます、リューディア様。大好きです」
「お姉様と呼んでほしいね」
「リューリお姉様、大好きです」
「ん」
マリアンネが小さな時のように『お姉様』と呼ぶと、彼女は満足げにうなずいた。
どうやら、リューディアは護衛たちの制止を振り切って突入してきたらしい。と言うか、この人に護衛をつける意味があるのだろうか。下手な騎士より強いと思うんだけど。
後からやってきた護衛たちは、ファンニの共謀者である青年を引っ立てて行った。ちなみに、魔術師らしきマントの怪しい人物は、途中でリューディアが殴り倒してきたらしい。この人、なんで王太子妃なんてやってるんだろう。
連れて行かれるファンニに付き添うために部屋を出たマイユが、何故か戻ってきた。
「そう言えばマリアンネ。お母様が捕まったわ」
「はい? 捕まった?」
マイユの言葉にマリアンネは首をかしげた。マイユの母親だから、ヨハンナの話しだと思うけど。ヨハンナとエルヴァスティ侯爵オラヴィは結婚していないので、マイユはマリアンネの異母姉だが、ヨハンナはマリアンネの母親ではない。
「なんでですか?」
「麻薬の不法所持。ついでに売りさばいてたみたいね。っていうか、あなた、普通に話せるじゃない。何なのよ」
マイユは腹立たし気にそう言うと、先に行ってしまったファンニたちを追いかけた。残されたリューディアがマリアンネと手をつなぐ。何だろう。最近、マリアンネと手をつなぐ人が多い気がする。
「そう言えば聞きたかったんだけど、あの鎖はどうやって解いたの? 封魔具だよね、アレ」
リューディアがマリアンネの手を引いて歩きながら言った。マリアンネは小首をかしげる。
「わたくしは構成術師なので。研究内容も魔法理論でしたし……」
「……ごめん。よくわかんない」
困ったように笑うリューディアを見て、マリアンネはあれっ、と思う。リューディアは魔法剣士だった気がしたけど、気のせいだったのだろうか。
「ええっと。魔術はいくつかの構成式で構成されてるんですけど、その術式を組みあげられる魔術師のことを構成術師と言うんです。もちろん、構成もできれば解体もできます」
「……続けて」
「はい。これは、普通の物質にも当てはまるんです。特に鎖は、いくつもの輪が集まって構成されてるじゃないですか。だから、割と簡単に解体もできるんです」
「……」
リューディアが黙り込んだ。なんだか、いつもと逆の現象が起きている。
「なんというか、すごい人だったんだな、君は……」
リューディアの感心したような呆れたような声音で言った。マリアンネは首を傾ける。
「そうでしょうか……魔術が使えなければ、わたくしはただの小娘なのですが」
だから、リューディアの方がすごいと思う。
「そう言えば、わたくしも聞いてもいいですか?」
「ん。何だ?」
少し高いところにあるリューディアの眼を見つめ、マリアンネは尋ねた。
「結局のところ、ファンニは何がしたかったのでしょう? 知っていますか?」
「ああ……一応聞いてみたら、君がフラスクエロ殿下に選ばれたことが気に食わなかったみたい」
「……そうですか」
なんだかそんなような気がした。ちなみに、連れの青年はファンニが昔関係を持った青年らしい。ファンニに賭けで大負けしたので言うことを聞かされていた、という。本当かどうかはわからないけど。
マリアンネを気絶させた魔術師は謎らしい。どうやらマリアンネは精神感応魔法で眠らされたようだが、この国の魔術ではなかったような気もする……。
「あの。それで、ユハニ様は?」
「ああ。あの鬼畜がそう簡単に有罪判決を受けるわけないでしょう? ヨハンナが捕まったから、ユハニはそろそろ解放されてるんじゃないかな」
「……よかった」
マリアンネはほっと息をついた。ヨハンナが捕まったのは残念だが、罪を犯しているのなら仕方がない。
「まあ、みんな、おかしいとは思っていたと思うよ。ユハニならばれるような売買をしないと思うし」
「……否定できないところが何とも言えません……」
リューディアはマリアンネの返答を聞いてからからと笑った。
「でも、君のお姉さんの母親が捕まったんだよ」
「それを言うなら、リューリお姉様の従妹の母親が捕まりました。まあ、仲良くなかったですし」
マリアンネはさらりとそう答えた。誹謗中傷を言われたり、折檻を受けたりした記憶はあるが、優しくされた覚えはない。だから、彼女が捕まっても何とも思わなかった。
「でも、マイユは正直意外だった。階段のところでミルヴァを発見してね。君がどこにもいなかったから焦っていたら、彼女がやってきたんだよ。たぶん、ファンニが君を連れて行ったからって」
「……冷静に考えてみれば、マイユお姉様は確かにわたくしに嫌味を言っていましたけど、手を出されたことはないんですよね……」
「まあ、彼女美人だし。正直、マリィは野暮ったかったから、優越感とかもあったからかもしれないね」
とリューディアは冷静に解析した。
マリアンネはリューディアにミルヴァの私室に連れて行かれた。ソファに腰かけていたミルヴァはマリアンネを見て駆け寄ろうとする。
「マリィ!」
「待った! ミルヴァ、頭を打ってるんだから座りなさい」
リューディアが強い口調で言うと、ミルヴァはしぶしぶと言うように座った。代わりにマリアンネとリューディアが近寄る。
「助けてきたよ」
「私も行きたかったのに」
ミルヴァがすねたように言った。リューディアは苦笑する。
「頭を打ったんだから仕方がないよ」
どうやら、マリアンネが連れ去られたあとに、ミルヴァもガツンと一発やられたらしい。そして気を失っているところをリューディアに保護されたようだ。
「無事でよかったです……」
「それはこっちのセリフだわ。私が見てないといけなかったのに。あーあ」
がっくりしたようにミルヴァはマリアンネに言った。好奇心に負けてしまった自分が情けないらしい。
「そう言えば、下の階であった騒動はなんだったんですか?」
マリアンネがティーカップを持ち上げたところで思い出し、尋ねた。リューディアが「ああ」と微笑む。
「あれね。研究所の魔術師が1人、拘束されそうになって暴れだしてね。詳しいことはまだ聞いてないけど、後ろめたいことがあったんだろうね」
たぶん、リューディアとマリアンネは同じことを考えていた。おそらく、その暴れた魔術師がユハニの研究室にカトゥカを持ち込んだのだろう。
その日、マリアンネはそのまま宮殿に泊まった。ミルヴァの部屋に宿泊すること2回目である。
翌日。母親と同母妹が捕まったマイユだが、彼女自身は証拠不十分により釈放されたため、マリアンネはマイユとともに一度屋敷に戻った。
さらに翌日。
その日は、王家主催の舞踏会が行われた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
なんだかここしばらくフラスクエロが不在ですが、次は最終話なのでちゃんと出てきます。
今回は『リューリお姉様』と『マイユ』が見どころでしょうか。リューディアはイケメンのつもりで書いてます。いや、王太子妃なんですけどね。




