うそつきとしょうじきもの
そう、知らない。ああ、考えすぎたかもしれない、今まであまりあの頃のことは思い出さないようにしてたのになあ。夢のばーか。
「字色?字色?どうかした?」
あっ、いけない。自分の世界に入り込んでいた。そのせいで心配そうに顔を覗き込む明。
私はそんな彼女に大丈夫、とだけ返しておく。
大丈夫って残酷な言葉だ。
子供にでもつける一番簡単な嘘、何をもって大丈夫だなんていってるのか、自分すらも疑いたくなるような残酷な言葉。
でも、ひとを安心させられる、まほうのことば。
「本当?」
あ、いっけね、また自分の世界にトリップしていたよ。
「ほんと、ほんと」
そういえば、明は疑い深そうな目をしながらも字色がそういうなら、と少し納得できないようだったが頷いてくれた。うむ、それでいいのだ。
「あ、そうだ!」
明が再び口を開く。私はその言葉に耳を傾けるだけだった。
「もう1時でお昼過ぎてるよ?お腹すいてない?」
すごくすいてます、そしてなにより喉がカラカラです、声がかすれてしまいます。
ということでその意を伝えると、よし、食堂行こうと元気よく扉のほうへ向かう明。
あれ、これ私の心配以前の問題で君もお腹がすいてただけだよねコレ!まあ心配されていたということにしておきましょう。そっちのが幸せだし。
「じゃ、いこっか」
私がそういえば満面の笑みでうん!と返事をしてくれた。悪意のない笑みを向けられるのも悪くないなあなんて感じながら私も扉のほうへ向かう。
扉から廊下にでる、廊下はやはりひんやりとした空気を漂わせてはいたけれど、先ほど独りで走ったときほどの寂しさは微塵も感じられなくて、自然と表情が綻ぶ。
「字色どうしたの?すごく楽しそう、やっぱりご飯だからかね!ぐふふ!」
笑い方が怖いよ明!というツッコミを心の中でしながらもこの子は人の表情をよく見ているなあと感心した。
「あ、食堂ついたよ」
そう言えば明は目をキラキラと輝かせてはしゃいでいる。
お昼をすぎた食堂にはあまり人はいなかったものの、少ないといえる人数でもなかった。
中等部の子や高等部のお方まで、結構いるもんだ、なんて考えながらとりあえずご飯を食べようと思った私。
「A定食おいしそー……んーでも、なー」
そう悩んでいると、明がB定食オススメだよ!とアピールをはじめた。むう、ここは明の言ったとおりB定食を食べてみるか。この子の味覚は信じれそうだ。と思いB定食を頼もうとしたところだった。メールの着信音がポケットから聞こえる。少しばかり曇る表情、しょうがない。
ポケットに手を突っ込み、乱暴に携帯電話をとりだし画面を開く。
メールの内容をあまり乗り気にならないなあなんて思いながらも読む。
“今月分は振り込んでおいた”
父からだった。
何が今月分は振り込んでおいた、だ。こちとら生活費稼ぐためにバイトしてるんだ。
私はそのメールにわかったとだけ返信しておく。
家からは遠めだけど給料が良いのでバイトしていたファミレスで、父が一度来店してきたことがある。
その時、私は心臓が煩くなって、もしかしたら気づいてくれるのでは?なんて淡い期待をしていたことも事実だ。
父は私を通り過ぎて、店員さん、あのと声をかけてきた。
右隣にいる小さな女の子にその隣にいる優しそうに微笑む女の人。
暖かい家庭を築き娘に優しそうに微笑む父の姿なんて、私はみたことがなかった。
きっとあの笑顔が私にむけられることは永遠にないだろうに、なんて考えながらそのバイトはその日でやめた。
「B定食、お願いします」
パチンと携帯をとじて、ポケットに無造作につっこむ。
「誰から?どうしたの?」
明が私に無邪気な笑顔をむけながら尋ねる。
私はそれに、なんでもないような素振を見せて。
「なんでもないよ」
ニコリと貼り付けた笑みで答えた。
ああ、わたしはとんだ、嘘吐きヤローだ。
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もう嬉しすぎて目から滝の如く汗が流れ出てきます。