せっしょく
気づけば教師の話は終わっていたらしい。
何もきいていなかったため終わったことにすら気づかなかったミラクル。担任教師の名前すら聞いてなかったわーなんて考えていると自己紹介がはじまりましたよ奥さん。
私は席順的にまだ先だなあと考えながら自己紹介に耳を傾ける。
「日向恭哉、好きなものは特にない嫌いなものも同じく。趣味はいろいろ、以上」
自己紹介をしたのは黒髪黒目のキリッとした日本男児、正統派な無口イケメンというやつだった。今の自己紹介だけで惚れた女の子とかいるんじゃないかな、なんたってイケメンだし?と思い少し周りを見渡してみても見ほれる素振りを見せる女子は一人もいない、ああそうだ、コイツ等レベル高いんだったわ。
その後は適当に聞き流しながらも、次は工藤さんの自己紹介だ。
「工藤明です!好きなものはえーと……食べれるもの!嫌いなものはピーマンで、趣味は食べることです!」
ワオ、本当に高校生か!可愛いな!とでもいいたくなるような自己紹介ですねコレ、つまり惚れた男子続出中ってわけですねってことで周りを見渡す、先ほどの日向くんのときと同じような反応。いやいや、レベル高くない君等、私が男だったら惚れてるよ?このクラスのレベルが高いだけだよね?ていうかこのレベル高いクラスに黒髪の分厚いレンズの眼鏡かけた根暗眼鏡って浮いてない?誰かって?私だよ。
浮いてますよね、私浮いてますよねー!なんて考えながらも工藤さんの自己紹介が終わったので私が自己紹介をする。
「倉田字色です、好きなものは雲で嫌いなものは特にありません、趣味は空を眺めてのんびりすることです」
自分の自己紹介は終わったためあとはどうでもいい。
好きなものは雲、あの空に縛られてふよふよ浮いてる感じがたまらなく好きだというか、惨めで。まあそれよりも金の方がすきだけどね!そんなことをオープンに断言したら引かれること間違いなしなので言わないが。
空を眺めてのんびりすることは確かに趣味だし、空に縛られてる雲を観察するのも面白いが一番の趣味は人間観察と無様な男に媚びる奴をあざ笑うこと、嫌いなものはたくさんある。いわないけどね。第一印象が何事も大切らしいし、ね?
ということで後は聞いてなかった自己紹介なわけですが、今日は授業がないらしい。各自寮に戻り荷物の整理だとかいろいろあるだろうからやれとの事だった。
じゃあお言葉に甘えさせて戻らせていただきますかねということで工藤さんに同室だし一緒に行こうと誘われたので一緒にいきますともええ。
そして女子寮の方へ行き自室を探す。
「ここかなー!」
「ここみたいだね」
工藤さんが見つけてくれたため案外早く自室に戻れた、ドアを開けてみればそれなりに広い部屋にベッドが二つ、そして生活に最低限必要なものや自分たちの荷物がおかれていて、豪華なことにベランダもありそこでは家庭菜園などをできそうなスペース。うん、なんていい設備が整ってるんだ此処は!冷房に暖房もあるし、不自由しなさそうなその空間に私は感激しながらも荷物を整理することにした。
荷物を大量に詰め込んだ鞄、というわけではない。中身なんざすっかすかだ。
歯ブラシに、歯磨き粉、ルームウェアに、私服。それと財布に、小説一冊。
こうももってきたものが少なかっただなんて自分でも驚きだ、なんでだろうか、私はこんなにももってきたものが少なかったのかあ、なんて思っているとひょこっと工藤さんが私の荷物を覗き込んでいた。
「うぇええ!?倉田さんこれだけ!?うっそ!」
「うん、自分でもビックリしてるよ、これだけなんだなあって」
じっーと荷物をみつめながら、私なんてお菓子で鞄一つつかっちゃったよ!なんて明るく笑う工藤さん、それは使いすぎだよとつっこみたくなった。つっこまなかったけどね。
そのとき、工藤さんがあっと声をもらした、何これデジャブ。
「あ、そういえばもう着替えてもいいんだよね?」
「そうじゃないかな、今日は授業もうないらしいしね」
そういえば、いやったああああスカート嫌いなんだよねえ!と元気に叫ぶ工藤さん。隣の部屋の方にも聞こえる音量だよそれはといいたくなった。私は面倒なので着替えないけどね。ていうか工藤さんもう着替えおわってるよ早いね、ていうか今日あった相手を目の前に平然と着替えられちゃうのに驚いたよ。
「そうそう、倉田さん知ってる?この学園にねー生徒会があるんだけどもうすごい美形のあつまりなんだよねー、この学園の最早名物みたいな」
「すごいねえ……生徒会かあ」
「会長の菊地洸にー、副会長の藤見東にー……会計の百合乃命にー……後は覚えてないや生徒会だとねー、腕にこうなんかつけてるんだよね!生徒会の証っていうのかな!
でー、それぞれ名前に花の名前がはいっててその花の刺繍が制服にされてるんだよねー」
美形の集団かー、Web小説でよくある逆ハーものみたいだなんて考えながら話を聞く。
「あ、そういえば」
次は私があっと声を漏らす。
「もう少しでお昼だけど着替えてよかったのかな」
そうつぶやけば落胆したように肩を落とす工藤さん。お昼のことスッカリ忘れてたんだね、食堂にルームウェアで行くのは流石に恥ずかしいだろうに。
「もういい、このままいく」
そうして顔をキリッとさせる工藤さん、まてまてまて!そこキリッとさせるところじゃないしルームウェアで食堂いくのは工藤さんぐらいだよ!
「じゃ、私食堂いってくるね!」
そういって工藤さんは嵐のように過ぎ去っていった。まだお昼の時間じゃないんですけどねハハ。食べ物だいすきなんだね、自己紹介のネタとかそういうわけじゃなかったんだね工藤さん!
そんなことを考えながらも私は一冊の小説を手にとって、ここではいつ工藤さんが戻ってくるのかわからないので学園見学の時にみた図書室に行くことにした。白いカーディガンに黒いスカートにハイソックス。至って普通な格好に、不釣合いなほどに厚いレンズの眼鏡。レンズが厚すぎて私の目がにごって見えるほどに、私からみた他人はひどくクリアにみえますがね。
ということで私は一冊の小説を片手に図書室へと小走りで向かった。
あそこならきっと静かにこの本を読めると思ったからだ。
小走りで図書室に向かっているときの曲がり角、事件は起きた。
いや事件というほどのものではないが、ドンっと誰かにぶつかってしまったのだ。
「痛っ……」
眼鏡が地面に落ちてしまったではないか、このこっちは急いでるというのにぶつかったの誰だ!私だ!
自業自得だなあと思いながらも悪すぎる視力のせいで眼鏡がないと何も見えない私はぶつかってしまった相手の顔を拝めずにいた。とりあえず、すいませんと謝った後に眼鏡を探す、どこだめがっ……壁にぶつかった鼻がじんじんする、ああもう、眼鏡ー……なんて考えていると私の手に眼鏡を握らせてきた人間がいた。私はそいつが私とぶつかった誰かだろうということを察しながら眼鏡をかける、クリアになった視界の中。
制服にある藤の花の刺繍。
腕には生徒会の証とよばれるもの。
レンズごしに見えたのはかの有名な生徒会の藤見東だった。