White ear
辺りを見回していれば、前方に雪のように白い耳がぴょこんと立っているのを見つける。あれだ。耳を立てているのは、私が知る限り、二人だけだ。でも耳が白いのは、一人だけ。だから、すぐに分かる。
私が立っているのは、高台でかなり遠くの方まで見渡すことができる。だから、すぐに見つけることができた。
彼にすぐに追いつきたくて、左にある階段を無視し、目の前の傾斜をすべり下りる。その方が近いから。
素足だから、小石が当たって痛いけど…。なんて気にしてられない。気にするのは、彼に追いついてからでいい。
そういえば、遅刻する……とか、行ってなかった?
なのに、なんでそんなにゆっくり歩いてるのかな? 歩いてて大丈夫?
なんて考えながら、歩いていく彼を私は走って追いかける。少しずつ追いついてくる。
「ぅわぁっ!?」
石に躓いて、情けない声あげて前に転んでしまう。とっさに両手をついたけど、その手が土で少しだけすべる。
完全に手が滑らなくてよかったと思う。完全に滑っていたら……と考えると、背中を冷たいものが滑り降りていく。
顔に泥……なんて、中等学校行ってるのに、かなり恥ずかしいよ。
地面に座り込んで、躓いた左足を見れば、親指の皮膚と爪の間から、血が滲んでいる。
「……っ、いった……っ」
親指の爪を少しだけ力を入れて、圧してみれば血が滲み出てくる。
なんとかして、止血したいけど……、絆創膏も包帯も何一つ持ってない。
「……、どうしよ……」
「大丈夫?」
不意に視界が暗くなって、見上げれば、私が追いかけていた人物が私を見下ろしている。
しばらく見てないのに、全然、見た目も変わらない。時間の流れが違うのかな?
白うさぎ……なんて言われてるけど、うさぎではない。どちらかといえば、人に近い。人の耳がない代わりに頭から耳を生やしていて、腰辺りに小さくて短い尻尾がついている。
人がよさそうな顔をしていて、丸めがねをかけている。タキシードを着ていて、蝶ネクタイ。小さい頃に戻った気分になってしまうほど、彼は、変わっていない。洋服も恐らくそれしか持っていないのだろう。
「さっき、転んじゃって……」
そう言うと、目線を私と合わせるように、腰を降ろしてくれる。血の滲んだ親指を見て、常備している鞄の中から絆創膏を出し、貼ってくれる。
近くで彼の顔を見れば、本当に綺麗だと思う。
小さい頃は、何かと私を守ってくれたし、涙した時は、泣き止むまで傍にいてくれた。
「これでいいかな? 帰ったら、ちゃんと傷口洗うこと。いい?」
あれ……? ブランがどこか変……?
怪我したら、いつも軽く応急処置をして、家まで連れて行ってくれて、手当てしてくれるのに……?
あれ……?
「ブラン……?」
呟いた通称に彼は、ピクリと肩を震わせる。
私に笑顔を向けて応えてくれる……と見慣れた反応を期待していたのに。
「その名前で呼ばないでくれる?」
彼が出した声の低さに愕然とする。
「よそ者がなんで、その名前を知ってるの? 猫とか誰かに聞いたわけ?」
よそ……もの……? 私が……?
背を向けて、去っていく彼の背中を眺める。その背中は私を拒絶しているように見える。
しばらく会わない内にできてしまっていた、私とブランの間の分厚くて高い壁。
ひょっとしたら、彼は私がアリスだと分かっていないのかも知れない。
分かっていたら、こんな応対しない。
「……たし……は……っ」
私は、アリス。
彼が分かってないなら、伝えてあげないと……。
呆然とした頭で、よろよろと立ち上がる。左足に痛みを感じて、あまり体重をかけないように、気をつける。
「ねぇ……っ!」
通称で返事してくれないなら、そうやって声かけるしかできない。
声が聞こえたらしく、足を止めてくれた。でも、振り向くことはない。
「っ私、アリスだよ? なんで、よそ者……なんて……っ」
「はぁ? あんたが、アリス? 冗談やめてくれる?」
紡ごうとした言葉を彼が遮る。声も聞きたくない……と言いたいのだろうか。
彼からそんな対応されると思ってなくて、視界が白く霞んでいく。邪魔だと思って瞬きすれば、頬をぬるいものが流れていく。何かと思って拭ってみれば、拭ったその手が濡れる。そこでようやく気づく。自分が泣いているのだ……と。
「ねぇ。泣かれちゃ、困るんだけど」
ため息混じりに彼が愚痴るのが聞こえる。その後、カチャリと無機質な音が耳に入った。
実は金曜日に執筆は終わってたんですが、更新する時間がなく、こんなことになってしまいました……。