Pig and peppar
宣言通り早く書けました!
この調子でいきたいと思ってますんでどうかよろしくお願いしまーす。
ごくりと音が聞こえるほどに唾を飲んで、公爵夫人 スノートの待つ部屋の扉に手をかける。
本当に何もしかけられてませんように……。
さっきから本当に最悪の想像しかしてない自分に嫌気がさしそうだけれど、怖いのだから仕方ない。
けど、大丈夫……。
太ももに感じる冷たい感触に何とか恐怖を抑えこむ。
「アリス、行くよ?」
チェシャ猫の問いかけに私は彼にだけ分かるくらい小さく頷いた。
私の手の上に彼の手の暖かさを感じて、少しだけ安心する。
彼に促されるまま、扉を引いた。
「……っ!?」
何かむっとした匂いに私の鼻が反応する。
……汗の匂い……?
胡椒みたいな匂いも感じる。
私とチェシャ猫、二人が入れる分、扉を開けて、部屋へと一歩足を踏み入れる。
そこには、ダイニングテーブルいっぱいに並べられた料理とそれを無我夢中に頬張る女性がいた。彼女が公爵夫人のスノート。
明らかに前会った時よりも身体が大きくなっている。あんなのに抱きつかれたら、呼吸困難で死んでしまいそうだ。
彼女の額には玉のような汗が浮かんでいる。しかも額だけではなく、全身纏っているドレスの脇の部分が湿るほどに汗をかいていた。
彼女を一言で言い表すなら、出荷間近の育った大人の豚。
匂いの正体の一つはこれだ。決して身体を動かしているわけではないのに、彼女の汗の量は半端ない。
暑いなら窓を開ければいいのに、なぜかこの部屋は閉め切られていた。
かく言う私も額や首筋に汗が滲みはじめていた。斜め後ろに立っているチェシャ猫を見てみれば、涼しい顔さえしているが額には、汗が浮かんでいた。
スノートの手元に目を向けてみれば、ナイフとフォークを上手に使って少年たちが作った料理を切り分けている。その近くには、銀色の小さい丸い小瓶が鎮座していた。
何なのだろう。
しばらく注視していると、先ほどまで食べていた料理がなくなり皿が空っぽになる。近くに傍仕えの少年がいたらしく、彼に皿を手渡して、新しい皿を手元に引っ張ってくる。そして小さい小瓶を手に取り、皿に向けて少しだけ傾けてそれを振った。すると中身である粉末状のものが皿を覆う。元々皿を彩っていたものが見えなくなるほど……だ。
「はっくしゅんっ!!」
彼女がくしゃみを何度もする。彼女に釣られたわけではないが、こちらまでくしゃみをする。斜め後ろに控えていたチェシャ猫は鼻が鋭い分、訳が分からなくなるくらいくしゃみをしていた。
だんだん目まで痛くなってきて、理由もなく涙が流れる。
これ……、胡椒だ……。
そう気づいた頃には、私もチェシャ猫も顔が鼻水や涙でぐしゃぐしゃになっていた。それを持っていたハンカチで拭う。私たち二人でここまでひどいのだから、近くで胡椒を振りかけていたスノートの方はまだひどかった。何度も鼻水と涙を拭うが、その端から新しいのが流れ出す。
思い返せば、スノートは大の胡椒好きだ。
前から好きだったけど、ここまでではなかった気がする。むしろ多すぎるのは嫌いだったはずだ。
くしゃみするし、鼻水出るし、涙出るしって嫌がってたはず。
「ねぇ、チェシャね……」
「あら、アリスじゃない。お久しぶりね」
チェシャ猫に確認を取ろうとしたところにくしゃみも鼻水もおさまり、ハンカチを懐に戻しながら、スノートが話しかけてきた。
今頃気が付いたみたいだ。遅すぎる。5分ほど前に部屋に入ったはずだ。そこまで食べるのに、集中してるのもすごい。でも、彼女は食べることが大好きだから。
「で、チェシャは、今までどこをほっつき歩いていたの?」
私に向くと思っていた矛先がなぜか、チェシャ猫に向いている。右手に持っているフォークを彼に向けて、彼をねめつけていた。
「僕がどこをほっつき歩こうとスノートさまには関係ないでしょう? 僕は自由気ままな猫だから」
スノートの視線にも怯まず、いつもの調子で言葉を紡いでいくチェシャ猫。
彼女のチェシャ猫を見る目がだんだんと鋭くなってくる。
「あなたが自由気ままにしているおかげで、誰があの子たち見てると思ってるの?」
見ているというより彼らをこき使ってるよね……。面倒なんて見てない。
彼らも根が真面目だからなのか、文句一言も言わずに働いてるし。
「スノートさまがちゃんと使ってるじゃないですか。さすがですよ、スノートさま」
彼が飄々とした態度で彼女を誉める。彼女は褒められることに弱いのかほんのり頬を赤く染めて胡椒まみれの料理を口に運んだ。少しせき込みながら口の中の物を咀嚼する。
あれだけ胡椒かけて、料理の本来の味が分かるのだろうか。胡椒の味しかしないと思うんだけどな……。
「チェシャ猫のことはひとまずおいといて……」
ナイフとフォークを置いて、ナプキンで口の周りを拭いて食事を中断したスノート。先ほどまでチェシャ猫に向いていた鋭い視線が私に向いた。
「よくのこのこ帰って来られたわね、アリス」
先ほどチェシャ猫と話していた時の声音とはうって変わり、腹の底に響くような低い声で私に話しかけてきた。
あまりの低さに萎縮してしまって、口を開くことさえもためらってしまう。
私を見る目も獲物を狙う肉食獣のような視線で、地面に縫いとめられたかのように、全く動けなかった。……というより身体を動かすことを許されていない。そんな気がした。
「あんなにひどいことしておいて、よく今まで無事でいられたわね」
確かにブランには忘れられてよそ者呼ばわりされて、殺されかけたけどチェシャ猫が助けてくれた。
次に会った帽子屋もミヅキもソリスも私と今まで変わりなく接してくれた。
「私に対して敵意をむき出しにしたのは、今のところブランだけ」
それだけを伝える言葉が喉につっかえて、彼女に返すまで時間がかかった。
昔のスノートは優しくて面倒見がよくて、この世界では私にとって母親のようなものだった。
それが今となっては鋭い視線を私に向けて、私がよく分からないことを理由に敵意をむき出している。
私が昔、この世界で何かひどいことをしたのだろうか……。
この世界に関しては全て覚えている自信はあるのに、なぜかそれだけは思い出せなかった。
次回は、とうとうアリスが初めて……、
これ以上言っちゃうとネタバレになってしまうので言いませんが、
更新待っててくださいねー。