The clock which was broken
すみませんでしたっ!! こんなに待たせてしまってっ!!
その分いつも3倍長いのをドンッと投稿。
ほんとすみませんでしたっ!!
チェシャ猫に連れられて、深い森の中を進んでいく。木の枝の隙間から、全く陽が入らないから、森の中は夜のように暗い。途中耳に入ってくる、奇妙な人の悲鳴のような鳴き声に肩を飛び上がらせてしまうけど、隣についてくれるチェシャ猫のおかげでどうにか逃げ出さずに済んでいる。
「チェシャ猫? これって、どこに行ってるの?」
ついてくれているものの、行き先がどこなのかは言ってくれないから、私から問いかけてみる。
こんな深い森がどこに繋がっているのだろうか。なんとなく、この森から抜けられないような気がして不安になり、口数が少なくなる。
「大丈夫だよ。僕はこの道をよく通ってるから。そんな不安な顔しないでよ。もうすぐ森を抜けられるから」
私の不安を感じ取ったのか、いつもの調子で彼が元気づけてくれる。おかげで少し、不安が消えた。それに彼が言った言葉で、もう少し頑張ろうと思えてきて、少し後ろ向きだった思考も前向きになる。
「だったら、教えてくれてもいいのに」
隣にいるチェシャ猫を見上げて、頬を膨らませる。彼は何を思ったのか、膨らんでいる私の頬をつねってくる。
「ぃ、いひゃいいひゃい!」
単につねられるだけでもかなり痛いけど、彼は頬を左右に引っ張っているから、涙が滲むほど痛い。やめて欲しくて彼の腕に手を伸ばすけど、もし離してくれなかったら余計に痛くなることに気づく。
「内緒だよ。それに、ほら」
引っ張りつねっていた頬を離してくれて、歩いている先へと指をさす。目を向けてみれば、まだ小さいとはいえ、明るい光が差し込んでいた。
それにハーモニカによる軽快な音楽と男性がはしゃぐ声が聞こえる。
楽しそうな雰囲気に頬が緩んでしまうけど、警戒心は解けなかった。ふわふわしたスカートの中に忍ばせてある銃に手を伸ばす。
「大丈夫だよ、アリス」
それに気づいたチェシャ猫が銃に伸ばしかけた手に軽く触れて、止める。
けれど私はそれを振り払って銃を手に取った。
白うさぎのときみたいに殺されたくなかったから。
チェシャ猫を信じられないわけじゃないけど……
「言ったよね? 自分の身は自分で守れって」
銃を渡してくれた時に、彼は言っていた。
『僕が近くにいなかったら、どうする? 僕を呼ぶ? 喉絞められて声が出せなかったら?』
つまりは、声が出せなくても銃を持っているなら、その音で彼を呼べるということ。
手から遠く離れたらさすがにどうしようもないけど。
「アリス、僕を信じて。彼らは君を嫌ってない」
「なんで言い切れるの?」
「それは……」
チェシャ猫が口ごもる。
会って反応を見るまで、銃から手を離したくない。事が起きてからでは、遅すぎるのだから。
銃を持っている右腕を上げて、安全装置を外す。これを外せれば、威嚇でも怪我を負わせることだってできる。
今私がしたいのは、威嚇だけ。
銃口を上に向けたまま、引き金を引いた。
深い森にパンッと音が響く。その音に驚いた鳥や動物が鳴いて逃げていくのが分かった。
銃声で逃げてくれたなら良かったのに、そんな気配が全くない。怯える声も聞こえなかった。
ただ、ハーモニカの軽快な音楽と男性たちがはしゃぐ声が聞こえなくなった。
耳に入ってくるのは、風が吹いて葉と葉がこすれあう音だけ。
「ほら、向こうが怯えちゃってるじゃないか……」
チェシャ猫が嘆息して私の横を通り過ぎていく。彼らに何の音なのか説明しに行くのだろう。
1人ここに取り残されるのが嫌で、彼についていくしかなかった。
「ちょっと待ってよ!」
私が彼を信じなかったことに彼は腹を立てているのか、黙ったまま見向きもせずにスタスタと足を進めていく。
やがて深かった森を抜け、陽の光が降り注ぐ開けた広場に出る。その真ん中に、長方形の長いテーブルがおいてあり、その上にはティーポットや紅茶の入ったティーカップ、お菓子やケーキがある。
テーブルの周りに椅子は5つある。
「猫と一緒にいるの女の子は、アリス……だよね?」
「アリスの他に若くて可愛い女の子なんか、この世界にいたっけ?」
礼装用の黒い山高帽をかぶった男性が、私とチェシャ猫を見比べて猫に聞いていた。
テーブルに向かって座っている灰色の耳を垂らした男性が、中身の紅茶を飲み干して空になったティーカップを人差し指で回している。
「いたじゃない。スノートの屋敷に。『喋れないけど、何が欲しいか分かってくれる』っていっつも、スノートに褒められてる女の子」
テーブルの方から声だけが聞こえてそちらに向けば、私の方からはテーブルから頭しか出ていない小さな女の子が足をぶらぶらさせて座っていた。年齢は5歳ぐらいに見える。
見た目は可愛い女の子なのに、所作や声はかなり大人びて見えて目を疑ってしまう。
初めて見る顔じゃないのに、彼女を見ては何度も驚いてしまう。
「名前は確か……メアリアンって言ったよね。そうでしょ、チェシャ猫?」
「そうだよ。僕もあの子はアリスの次に好きだよ」
足の届かない椅子からヒョイと飛び降りて、チェシャ猫にとてとてと走り寄る。その様子がとてもかわいくて、吹き出してしまう。
それが彼女に聞こえたらしく、くるりとこちらに向いてムッとした表情を私に向けてくる。
「アリスって、いつも私を見て笑うよね」
「だって、性格と見た目のギャップの差が激しすぎて……」
これで、年齢が26歳だというから驚きだ。
彼女は、眠りネズミのソリス。髪に隠れてよく見えないが、小さい丸い耳があるのが見える。今は長いドレスに隠れて見えないが、腰にはネズミでお馴染みの長い毛の生えていないしっぽが生えている。
そして、テーブルに向かって紅茶をあおっているのが、白うさぎとは色の違う灰色の耳を生やしている三月ウサギのミヅキ。礼装用の黒い山高帽を深くかぶっているのが、マッドハッター(イカレ帽子屋)。私やここにいる皆は、彼をハッターと呼ぶ。彼はマッドハッターと呼ばれるのが好きではない。返事をしてしまえば自らをイカレていると自ら認めてしまうことになるからだ。
「そういえば、いま何時? ハッターは分かる?」
大体いつも時計を持っているハッターに聞いてみた。
けれど、なんか違和感……。何か忘れてるような……。
「それをふつう、彼に聞く?」
チェシャ猫が鼻で笑ってこちらに振り向いた。
彼が腹を立てていると思っていたから、私の言うことに何も返さないと思っていた。けれど口を聞いてくれて、ようやくホッと息をつけた。
「ぇ……? 彼に聞いちゃダメなの?」
「今は……、3時ちょうどだよ」
帽子屋のその言葉で思い出す。彼の時計は、3時で止まっているのだった。
さっきまでの違和感はこのことだろう。
こんな大事なことを忘れてるなんて、迂闊だったな。
けれど、3年以上ここには来ていなかったわけだし、忘れててもおかしくない……か。
「もしかして、忘れてた? ハッターが腕にしている時計が止まってること」
そうだ。壊れているわけではないが、彼の腕時計が3時丁度できれいに止まっていること。
なぜなら女王の帽子作りに失敗した彼が、ハートの女王であるアイラの魔法で時計を止められたのだ。
時計を止められても、自分の思うままにしたいようにすればいいと思うのだけれど、彼は自分にも時間にも厳しい。
しかもそれを、ミヅキやソリスまで付き合わされているのだ。自分の時間があるというのに、二人もいい加減、飽きてきたのだろうが、それを全く感じさせないのが、すごいと思う。
「そうだ。アリス。君に頼みたいことがあるんだ」
ミヅキがチェシャ猫と話している帽子屋をちらりと見てから、こちらに向かって手招きしてくる。駆け寄ればテーブルの前の椅子に座るよう、促される。
私の前にティーカップの乗ったソーサーを置かれて、紅茶を注がれる。ふんわりと湯気が漂い、その香りはほんのりと林檎の匂いがしたから、アップルティーと分かる。その香りに思わず顔が綻んだ。
「アリスって本当にアップルティー好きだよね? そもそも林檎も大好きじゃなかったっけ?」
そう言いながら、ソリスがテーブルに載っていた小さめの林檎を差し出してくれる。私は躊躇いなく林檎を受け取り、そのまま林檎に噛り付いた。シャリと音がして、甘い果汁があふれ出してくる。
勝手に顔が綻んでしまうほど、美味しくてリンゴを齧ることをやめられなくなる。
「おいしそうに食べるなー。……って関心してる場合じゃなくて!」
ミヅキとソリスは私が林檎を齧るさまをじっと頬を緩めて眺めていた。けれどもミヅキだけは、我に返った。
「林檎食べながらでいいから、聞いてくれないかな?」
ミヅキをちらりと見てから、こくりと頷いた。それを見た彼がもう一度帽子屋を省みて、チェシャ猫と会話していることを確認する。帽子屋とチェシャ猫に聞かれちゃいけないことなのだろうか。
そんなことが私に分かるはずもなく、彼は話を切り出した。
「いい加減、3時のお茶会に飽きてきたから、女王様を説得してきて欲しいんだ。ハッターの時計にかけた魔法をといてほしいって」
「お茶会は楽しいんだけど、こんなに薄汚れたドレスも、垢でベタベタの髪も身体も洗いたいのよね。それぐらいのことなのに、ハッターはここから離れることすら、許してくれなくて……」
人の行動を制限してしまうのは、さすがにダメだよ。でも3時のお茶会にはいつも、ミヅキとソリスがいて……、だからだと思う。
そこまで、2人が困ってるなら……
「分かった。アイラを説得してみるよ」
新キャラ3人投入っす。三月うさぎと眠りネズミと帽子屋さん。眠りネズミのギャップをどうしても……忘れてしまう。