第十六話 絶望への一方通行
2013年、9月23日、曇り 午前7時20分。
「がぁああっ!!」
頭に急激な痛みが走り、頭を抱えながら飛び起きる。
ここ最近の朝はいつも頭痛が酷い。
特にこの一週間は。
不可思議な記憶喪失から約、二年と一ヶ月がたった今頃。
不思議なものを見る機会が増えた。
一番初めに気づいたのが、可憐のポッケに常時入っているお守りだ。
そのお守りはどこの神社の文様とは違って普通の裁縫してあるものだ。
そのお守りは特にこの一週間で輝きを増している。
といっても俺以外が、お守りが光っていることに気づくものはいない。
所持者の可憐自身、光っているといった俺の言葉を信じ驚いていた。
そして、なにか確信めいた表情をしたのだ。
しかし、俺には関係のない話だし理解することもないのかもしれない。
話を戻して、二つ目は頭痛だ。
俺は頭痛持ちでは無かったはずだが、ここ半年から何度も出てくるようになった。
特に今日は格別だった。
頭がカチ割れそうなほどの痛みを促したのだ。
まるで脳が、今日災いがおこるのを警告しているみたいに。
それからというもの時たま学校を休む日が増えた。
そのおかげで大学での単位は結構ギリギリなのだ。
三つ目、俺が二ヶ月間の記憶を失った直後から、可憐・暁・美希の態度が少しだけ変わっていた。
もちろん最初はまったく気づかなかった。
しかし、俺が将来の話をするたびに皆は顔を悪くしていたんだ。
それらが俺の不思議な出来事たちだ。
そんな回想を思い浮かべているうちに、またあの頭痛がやってきた。
その頭痛は今までとは比にならないくらい強い。
さすがにこれは尋常ではないので、なんとか登校出来た大学を早退をすることにした。
早退することを、同じ大学にいる美希と暁に継げた後、帰宅路に徒歩で向かった。
途中、再度頭痛に襲われたので近場の喫茶店で時間をやり過ごすことにした。
まだ、昼間をすこし過ぎたあたりなので、俺以外の学生はかなりすくないのでよく目立ってしまう。
(こっちは頭が割れそうなほど痛いってのに……)
誰に言うでもなく愚痴る。
そして、喫茶店内のテレビであるニュースが流れていた。
『今日未明、東京の世田谷区を中心に大火災が発生しております。発火の原因はいまだ分かってはいませんが、火災は広がる一方です。は!? ……ただいま新たな情報と映像が手に入れられました。こちらがその映像です』
ニュースキャスターが告げた直後、画面が切り替わり東京のどこかの映像が流れ始める。
映像には住宅街が中心となって火災が広がっているのが映し出されている。
その中には信じられないものが映っていた。
白銀の毛並みを持った狼、緑色をしたゴツゴツしている巨大な生き物。どちらも日本にいるはずのない化け物。まだなにかのドッキリとかCGなら快く騙された。
しかし、どれも本物にしか見えなかった。そいつらは、人を虐殺していたのだから。
「なんなんだよあれは……」
ほんのすこし前まで、いたって平和な日常が、街が動いていたのに、急激に崩壊へと近づいていく足音が聞こえてきた。
そして、ニュースに夢中になっている最中に、ついに付近のここら一体の目黒区まで火の手がやってきたのである。まるで大震災のときのような火災の燃え移りだったが、今はそんなことを考えているときではない。
喫茶店内はもはや混乱しており、誰も勘定しようとするものはおらず、逃げる。
もはや平和な日常の姿は見えなくなっていた。それに対して、未だについていけていない。
だってそうだろ? いきなりあんな地球外生命体を見せられたって信じる要素がどこにある?
心の中で人を虐殺するという映像の現実を否定するが、周りは生きたいがために逃げるのに必死だ。
その流れに乗って俺も早く家に帰らなきゃ。可憐が心配だ。
でもそれは無理かもしれない。
なぜか、テレビに映っていた化け物たちが、大群になって街の建物を破壊しながら近ずいてくるのだから。
そのおかげで、あの化け物達が通ったらしき道はもう瓦礫の山しかない。
(なんなんだよ!? どうすれば生き残れる? 逃げるか? 戦うか? いやそれは絶対に無理だ……)
録に喧嘩もしたことの無い紅鷹は戦うという選択権を捨てた。
喧嘩はした事が無い。あくまで、一体位置で実力が拮抗した相手と凌ぎを削る戦いをした訳でなく、一歩的な虐殺行為にほかならず、対人戦なら戦う選択権はあった。
しかし、相手はどんな行動をするか分からないし、弱点もあるのかないのか分からない生物たちだ。情報がない状態でむやみに戦うのはよろしくない。
ならば逃げの一手しかない。
しかし、運命というものはそれを良しとはしない。
街中で周りの人と同じただ逃げ惑うのではなく、目的地にたぢりつくために向かった方向に奴はいた。
たまたま緑色のゴツゴツした生き物と目が合った気がした紅鷹は恐怖を感じた。
そいつは紅鷹の方に進みながらも、通りざまに人を嬲り殺している。そんな様子を見て次に殺されるのは俺なのではないか。自然と命という心臓を鷲掴みにされたような感覚になり、冷や汗がどっと溢れてきた。
必死になって人ごみを掻き分けようとするが、何体かの緑のやつと、白銀の毛並みをもった狼が挟み撃ちをするかのように人が逃げ惑う方向から攻めてくる。
当然、目の前の恐怖から逃げようとする人間はパニック状態のまま、逆方向に逃げる。
しかし、その先にはさきほどのやつら《化け物》。
だめだ。この混雑の中、生き残れる自信がない。
誰しもがそう思いながらも逃げる。
そして紅鷹は、逃げる気力を失い挫折している。
(無理だよ……生きのこれっこない)
ドシッ、ドシッ、と、重量感がある足音とともに少しずつ緑色のゴツゴツした化け物が近づいてくる。
逃げたいのに足が動かない。立ちたいのに、足には力が入らない。
叫びたいのに、かすれた声くらいしか出ない。そんな中、どこか他人事みたいに冷静に状況を把握した自分がいた。
(俺、死ぬのかな……)
目の前のやつが紅鷹の前で停止した直後、手に持ったこん棒で紅鷹の肩から入れるようにフルスイングした。
ボキッ!! という音はしなかった。その代わり瓦礫の中に突っ込む形で吹き飛ばされた。
ここで普通の人間なら死ぬ。骨は粉々き砕け、腕はちぎれてもおかしくはないはずなのに。
しかし、紅鷹は直接殴られたはずの肩の骨は粉々にはならず、吹き飛ばされても致命傷は負わない。
さすがに紅鷹は瓦礫に埋もれながらおかしいと思った。
その感覚は、二年前のあの日と全く同じ感覚だった。
二年前、俺が記憶をなくしてから当然風呂に入った。
しかし、風呂の鏡で見た俺の体は以前とは見違えていた。
無駄の無いように割れた腹筋。
丁度いいくらいの太さと硬さを持った腕。
そして、鋼のように下半身の筋肉。
しかも、それから短距離のタイムが急激に伸びていた。
陸上部がものすごく遅く感じるほどにだ。
それに全体的に体が丈夫になった。まるで自分の体では無いような感覚。もとから、体はみっちり鍛えていた。
しかし、それにさらに磨きがかかったように体全体が強化されていたんだ。
今、確実に死を受け入れるんのかと思いきや、丈夫さのせいでまったくもってそう感じさせない。
そして、脳から直接命令が下るんだ。
『目の前のやつを殺せ。頭を、脳みそを手刀で突き刺せ』
そんなのできっこない。
そんな力は俺にはない。
そんな勇気は持ち合わせてはいない。
なのに、命令してくるんだ。
『殺せ』と。
頭の中が、目の前の生物を『殺す』ことでいぱいになった時。無我夢中でそれを振り払おうとしても限界はすぐ目の前だった。
「うわあああああああああああああ!」
再度、命令がかかった瞬間には自然と体は大声を上げ、腕は、手首は、緑色のゴツゴツしたやつの脳天を手で突き刺していた。