猫と魔法と子供
ユアの朝は早い、ローザ婆との2人暮らしでローザ婆を気遣ってだろう朝食を作るのは
いつもユアだった。
今日も下でカチャカチャと鉄鍋やお玉の擦れ合う音が聞こえ目が覚めた。
この音は嫌いではない、中学の時に亡くした母さんを思い出させる俺にとっては懐かしい音色だ。
母さんも朝早くから起きて家族のご飯を作ってくれた。
「ありがとう」というと「お礼を言うのはこっちよ」といって微笑んでいた、あの言葉の意味が分かる
ようになった頃には母さんはもう居なくてお礼も俺の答えも伝えることは出来なかった。
ユアに母親の面影を見て知らず笑顔になる。
下に降りようかな・・背伸びと前伸びをし軽く体をほぐしてスロープのところまで行く
元々は梯子だったのだが昇り降りに苦労している俺の様子を見て、一枚の板が立てかけられるように
なった。
普通の猫なら小走りに駆けるようにして降りるのだろうが俺はネコ型ニンゲンなので其処は違う。
尻尾を股の間に挟んで滑り台のようにして降りていく方法を見つけていた。
今日も軽快にひと滑りっと・・・・・・・ドンッ!
鈍い音が響く
斜角がきついので床に着地する前に板を蹴って跳ぶのがポイントなのだが目測を誤って
お尻から落ちてしまった。
言葉にならない痛みが襲ってくる
「あうあうあ・・・」
地面に転がって悶えていると音に気付いたユアが寄ってきてお尻に手を当ててくる。
羞恥心よりも痛みが勝りされるがままになっているとお尻に当てられた手がほんのりと暖かくなったか
と思うと痛みが引いていく。
それは俺が初めて体験した”魔法”だった。
「魔法を使ったのは内緒よ」とユアが優しく笑い、唇に指を当てるポーズをとりながら言った。
その仕草と表情に心奪われそうになるが、魔法を初めて体験しそちらへの興味でなんとか理性を保てた。
そういえば前にレグルスが魔法を使えるようになれば会話が出来るとか何とか言ってたことを思い出す
内緒というのだから某かの理由があるのだろう、それに魔法を教えれるのならこの喋れない状況を改善
する為にもっと早くの段階で教えてくれているはずだと考えもう一度使ってとおねだりする様な事はせ
ずに自分の身に起きた現象を確認することにした。
ついさっき酷く打ちつけたお尻は今は全く痛くない、単純に痛みが引いただけなのかと思い、家の柱に
お尻を擦り付けてみたが全く痛くない
更に立ち上がってみて後ろ足に負荷をかけてみるがなんともない、片足立ちも試すがなんともなく完治
していた。
そんな俺の姿を横で見ていたユアは必死に笑うのを我慢していた。
ψ
三人で朝食を摂り終えてユアと店の前に立つ
まだ朝も早いので人の通りは疎らでまだ空いていない店が殆どだ。
昨日向かいのお店の客層や商品を見た為、店の中を見て回り商品を見比べて見ることにする。
あの謎の液体はうちにも置いてあった、というかうちに置いてあるのってソレしかなかった
全ての棚に瓶詰めされた色彩豊かな液体の数々が陳列されており瓶の近くまで行ってよく見ると液体の
中に巨大な芋虫のようなものが入っていた・・・まぁいい見なかったことにしよう。
店としては薬屋といったとこなのだろう、置いてある薬の種類だけを見れば向かいのお店よりも多く
値段は価格調査もしないわけ無いだろうし仕入先だってそんなに多いわけじゃないだろうから値段にそ
こまで大きな差がある訳が無い。
売り子の容姿だってユアと向かいのお店の子では比較するのが可哀相なくらいの差がある
となるとやはりこの店が繁盛しない理由は店の外観しかないよなーと昨日の一幕を思い出し溜息をつく
「駄目だよ~、溜息つくと幸せが逃げちゃうんだよ」
すかさずユアに突っ込まれる、まさかこの世界にも同じ言葉があるとは思わなかったがそんなことはど
うでもいい、ユアに客引きしようと訴えようとしたそのとき朝日を遮って大きな影が重なってきた
「あ、フィオルいらっしゃい」
ユアの声と同時に振り返るとそこには黒色のマントで全身を覆いその下には白色のアルバのような服を
着た女性が立っていた。
胸の辺りまで伸びた黒髪はあまり手入れされておらずボサボサで目鼻立ちは整っているが額と目じりに
は皺が入り頬には大きなシミが出来ていた、その容姿から50代半ばといったところだろうか黒い瞳は小
さいが目じりが垂れており一見優しそうな印象だ
「ユア久しぶりだね、元気だった?」
「それは私が言いたいわよ、一人でラバルトゥ討伐に行くなんて無茶して・・怪我とかしていない?」
ユアが心配そうにフィオルと呼ばれた女性の目を見つめる
「大丈夫よちょっとやり合ってすぐに逃げたから、でも怪我は無かったんだけど収穫も無かったのが大
丈夫じゃないかな」
「馬鹿言わないの怪我が無かっただけでも感謝しなさい、普通の人だったら絶対に死んでるわよ」
「普通の人はラバルトゥ討伐なんて行かないと思うなー」
フィオルが冗談っぽく笑いながら返す。
「本当に心配したんだからね」
ユアの声音が泣きそうになっていることに気付きフィオルは気まずそうに頬を掻く
「・・・ごめん」一言だけ呟くように謝る
「ん、もう無茶しないでね?」
「ああ」
短く答えた言葉でもそれはここだけの約束であることが容易に窺えた。
ユアもそのことは理解しているのだろう、顔を綻ばせると話題を変えるように言葉を紡ぐ
「それで今日は補充に来たの?」
「そう、アリウスある?」
「うん1本だけだけど」
ユアが店の奥から琥珀色の液体が入った小瓶を持ってくる
「充分よ有難う」
フィオルはお礼を言うと腰に下げた皮袋の中から貨幣のような銀色の物を取り出しユアに3枚渡した。
銀貨という物だろう、物と貨幣の価値がさっぱりな俺はユアとフィオルと呼ばれた女性の長年の友達
のような遣り取りを小首をかしげながら見ていた。
受け取った小瓶を仕舞おうとフィオルがしゃがみこんだところで俺と目が合った。
「あれ?ユア猫飼ったんだ?」
「うん、まぁ飼ったと言うか居候さんというかだけどね」
「へー、結構可愛い顔立ちしてるね・・・売ってくれない?」
「それって魔症薬の材料として見てるでしょ?」
「当ったりー、私でも万が一があるかもしれないしさ魔症病にはコレしか効かないし」
フィオルが俺の両方の髭を手で軽く抓んでコレ欲しいなーとユアに頼み込んでいる。
「でも余分に猫髭は持ってるでしょ」
「まぁ、ね、でも私ずっと一人でやってきたじゃない?ちょっと寂しいかな~とも思う今日この頃なの
よ、だから旅の連れも兼ねていいかなって思ってさ」
「じゃあタイガが良いって言ったらいいよ」
ユアが悪戯っぽく笑いながらフィオルを促す。
「この仔の名前、タイガって言うんだ」
さっきから見ず知らずの人間に髭を持たれたままで当然気分は良くなくおまけに地味に痛い、徐々に我
慢の限界が近づいていた。
「ねぇタイガ一緒に来ない?」
顔を俺の鼻先に近づけて笑顔で勧誘してきた。
俺の気分を察することなく能天気に勧誘してくる声についに限界が訪れた
「誰が行くかーーーー!!」
ニャーーーー!!という鳴き声とともに渾身の右フックをフィオルの頬に叩きこむ
ポフッという音を立ててフィオルの左頬にネコパンチが直撃した。
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
俺の必殺の右フック(ネコパンチ)を受けてフィオルの精神は崩壊した。
「可愛すぎるっ!ユア絶対にこの仔貰うからね!!」
皮袋をひっくり返し銀貨や金貨を辺りに撒き散らして頂戴頂戴と喚くフィオルを何とか
宥める事が出来たのは日も高く上った頃だった。
ψ
嵐(フィオル)が過ぎ去ってからぐったりとして店先でへたり込んでいた。
ユアはお昼の後片付けで家の中にいる
全く客が来ないというか寄り付かないのでユアが家の中に居ても問題ないのがとても悲しい
今日は空に薄らと雲がかかり絶好の昼寝日和だったことと午前中の疲れもあり店の隅っこでうとうとし
ていたら眠ってしまったようだ
「ユアお姉ちゃーん」
大声でユアを呼ぶ声に目が覚めて重たい瞼を上げて声の主を見ると7歳程の男の子だった。
服は麻と思われる素材で目が粗く織られており、転んで開けた穴だろうか膝に小さな穴が開いている
綺麗な栗色の髪も自分で切っているのだろうか坊ちゃん刈りに近いのだがあちこち不揃いで
なかなか先鋭的な髪形になっていた
「ユアお姉ちゃーーーん!」
呼び声が更に大きくなり俺の眠気はすっかり吹き飛んでしまった。
ユアの返事が無く、男の子はどうしようか考え込んでいるようだったが小さな薬瓶を手に取ると左手に
握っていた銅貨を5枚ユアが店番で座る椅子の上に置いて店を出て行った。
ユアの名前を知っているようだったし、顔見知りってことだよね?仮に違ったとしても代金は一応貰っ
ているから問題ないか・・・あーでも代金が合ってるかどうか疑問だよなあんな小さい子だったし、も
し違ってたらユアに怒られるよな。
仕方ないか子供の家だけでも突き止めておけば喋れなくてもユアに何とか説明できるだろう
ヨイショッと重い腰を上げて子供の後を追いかけていくことにした。
子供は店を出て直に脇の道に入り裏路地を駆けていく、あまり治安がよさそうではない場所なのに
何の恐怖心も持っていないようだった。
転んで薬瓶割るなよーと心の中で子供に声をかけながら自分の心配を始める。
方向音痴というわけではないが初めて走る道をこうもくねくね曲がられたらさすがに不安になってくる
帰りに迷ったら大通りに出れば何とかなるかと自分を説得しつつ子供の後を追いかけていたら崩れた
家壁の角を曲がったところで子供の足が止まった。
「ねぇ、何でついて来るの?」
まさか気付かれてるとは思っておらず、思わず身構える。
「家に来てもご飯あげれないよ?」
子供は俺に声を掛けつつ目の前の木製の扉に手を掛ける。
どうやらここが家のようだ、扉の下の部分が一部朽ちて家の中が見える(*猫目線)
子供が家の中に入るのに便乗して一緒に家の中に入ると其処には先客が居た
こちらをを背にしている為、顔は見えないが180cm以上と思われる身長と肉付きで男と言うのが伺える
白い法衣のようなものを着ており聖職者の様であるが身に纏う雰囲気はソレではなかった。
「っ!」
子供が声にならない悲鳴のような声をあげる
「出て行けっ!」
子供の声に反応して男は振り返ると唇の片端を上げ厭らしく笑う
男は顔の上半分を隠すような面体を付けておりその笑みが一層不気味に映る
「出て行けとは酷いな、お前の母親の様子を見に来てやったというのに」
子供は男の奥に見えるベッドと男と視線を交互させていた
「まあ良いそれより薬を買いに行っていたのだろう?早く薬を飲ませてやったらどうだ?どうせ無駄だがな」
子供は怒りに震えながらも男を警戒して動かない
子供の反応を見て男は更に歪んだ笑みを浮かべる
「ひとつ良いことを教えてやる、俺がここに来るのは今日が最後だ」
その言葉を聞き少し安堵したような表情を浮かべたところで男が再び喋りだす
「壊れた玩具は要らないと言う事だ、教会からの保護も打ち切りだ」
子供の顔が蒼褪める
「そんな・・・お母さんの薬は!これからどうすればいいの!?」
「要らない物に金を出すわけ無いだろう、お前の母親にもさっき話したところだ二人で話し合うがいい
さ、魔法を使えなくなった寝たきりの魔法使いでも出来る仕事があるかもしれないぞ」
言い終えて男は我慢しきれなくなったように大きく笑い出す。
子供は握り締めていた薬瓶を男に投げつけようと腕を振りあげるがそこで思い留まり力なくゆっくりと
腕を下ろした。
「なかなか賢いじゃないか、どうせ薬をやるならお前の足元に居る猫の髭も与えるといい魔症病に効く
からな、もっともその手も当然試したから無駄だがな」
男は笑い声を更に大きくし家を出て行った。
残された子供は、母親が眠っているベッドに擦り寄り堰を切ったように泣き出した。
俺にはどうすることも出来なくて優しく頭を撫でる母親の細い手と子供の涙をただ黙って見ていること
しか出来なかった。
「ウィル、何にも心配することは無いからね」
母親の温もりのある声音で子供の泣き声が少ずつ小さくなっていく
「・・・うん」
消えそうな声で呟くように小さく返事を返す
「これお母さんのお薬」
そう言って手に握っていた薬瓶を床に置くと子供は振り返り俺と目を合わせる
「ネコさん、ヒゲちょうだい」
フィオルとは違いヒゲを掴むようなことはなく、じっと此方を頼み込むように見つめている
泣き止んだばかりでまだ目が潤んでいて目の周りも少し腫れている。
「う、うぅこんな目で頼まれたら断れない」
これまでの話から猫のヒゲが何かの病気に効くとかいうことらしいが文明社会から来た俺には
全然理解できないことだ、それでも仕方ないと諦めて右後ろ足を持ち上げてガリガリと頬を掻くとポロ
っと一本ヒゲが落ちたのでそれを右前足で抑えてズズッと子供に差し出す。
「ぐすっありがとう」
鼻を啜りながら子供はヒゲを手に取ると小さな陶器の皿の上に乗せ火をつけた
火は瞬く間に俺のヒゲを燃やし灰にする、今度は薬瓶の蓋を開け其処に灰になったそれを入れて
再び薬瓶の蓋を閉めると両手に握って振りだした
しばらく振った後、蓋を開けると母親にそれを手渡す
「ありがとう」
母親は薬を受け取るとゆっくりと上体を起こし薬を飲み始めた。
母親が上体を起こしたことで初めて顔が見えた。
病気によってか頬が少しこけているが、豪奢なストレートの金髪と大きな二重の目、人形と見間違う
程に整った顔立ちは綺麗過ぎて恐くなるほどだった。
何よりも驚いたのは母親というには余りにも若過ぎることだ、どう見ても二十歳前後といったところで
ありウィルと呼ばれた子供の髪の色と異なることから何か訳ありなのだろう。
母親は薬を飲み干し一息つくと再びベッドに横になる
「ごめん、ウィルなんだか眠くなっちゃった少し寝るね」
そう言うと直にすやすやと眠る寝息が聞こえてきた
ウィルは母親が眠りに入った後、ベッドから離れると家の戸を開きおいでと手招きをする
「ネコさんありがとう、ちゃんと帰れる?」
「多分何とかなるから心配要らないよ」
一鳴きして家を出る
帰路につき家につくまでの間、あの子と母親の幸せを願わずにいられなかった
何か出来ることはないかなと考える
取り敢えず、あの子が支払った代金が違っていてもユアには言わないでおこう
自分がこんな姿でなければ出来ることもいっぱいあるんだけど・・・
このとき俺は自分が普通の猫だってまだ勘違いをしていたんだ。
更新遅くなりました、感想送って頂いた方有難うございます。
この場でお礼を申し上げます
頑張って更新していきますので見捨てないでくださいw
作品中の矛盾点等お気づきになりましたら教えて頂けると幸甚です。
出来る限り修正・・・修正できる範囲の矛盾であることを祈ります