命名
今話で登場人物の名前が幾つか出てきますが忘れないであげて下さい。
(作者が泣いてしまいますので)
あれから何とか食事にありつけたはいいが当然の如く猫舌だった。
仕方が無いので冷めてから頂くことにしたのだが、ようやく食べれる温度になったシチュー
もといソレは冷え固まってまるで猫缶のようだった。
俺が涙をこらえながら食事を終えたころ表から声が聞こえた。
「ローザ居るかい?」
「はいはい、ちょっと待っとくれ」
外から男の皺枯れた声が聞こえ、それに返事をしながら
お婆ちゃんがヨイショッと腰を上げ扉を開けて出て行く。
「あの子の様子を見に来たのかい?」
「うむ、上がらせてもらうよ」
「丁度起きた所だから良かったよ、ユア、レグルスだよ」
入ってきた男は顔中に皺が刻まれ、髪は短く刈り上げられその色は全て白くなっているが
筋骨隆々といった身体つきと伸びた背筋、精悍な顔つきが現役であることを示していた。
「こっちだよ」
少女が俺を抱えレグルスと呼ばれた男に声を掛ける。
男と目が合う、ニッと口の端を上げその顔つきに似合わず柔和な笑みを浮かべながら男が
歩み寄ってくる。
「ユア、ちょっといいかい?」
「うん」
輝く翡翠色の瞳を男から俺に移し「大丈夫だよ」と小声で囁き目の前の男に俺を差し出す。
ユアと呼ばれた少女に一応抗議の目と声は送っておいたが届くはずも無く俺は男にあっさり
と捕まった。
レグルスは俺の首の後ろを掴み所謂猫掴みの状態にすると舐める様に全身をじろじろと
見た後、空いたもう片方の手で尻尾を上に引っ張りあげ、尻尾の下を覗き込んだ。
「そ、そこは見ないで!!」
羞恥で顔を真っ赤にしながら泣き喚くが覗き込むことを止めようとはせず、あろうことか
少女に「”ここ”を見てみろ」と言っている。
ユアはレグルスに言われるがまま俺の尻尾の下を覗き込んだ。
「やっぱりだね」ユアが何故か確信したといった返事をする。
猫掴みされ一切の抵抗が出来ない状態で為されるがまま羞恥の限りを尽くし俺の精神は崩壊した。
「もうお婿にいけません・・・死なせてください」
俺の悲痛な呟きは当然誰にも届くことは無く現実逃避を始めた俺の思考を次いで聞こえた
言葉が現実に引き戻した。
「排泄口も無ければ生殖器も無し・・・やはりか」
「うん、神獣だね」
聞き慣れない単語が聞こえたがそれどころではなく慌てて自分の下腹部に視線を持って
行き確認するが、本来其処に有るべき物(男の誇り)が無かった。
人から猫、そしてオカマもとい謎の生物へ・・・
嗚呼神様、俺は性同一性障害では無いんです、この仕打ちは無いでしょう。
尤も猫になった時点で性別などどうでも良いはずなのだが
(もし、オスであったとして猫に発情したとしたら心まで人間やめるしかない訳で)
この時はそのことに気付くわけも無かった。
「フィグロ道の20マール先で拾ったんだよね?」
「あぁ道端で倒れておった、普通の猫ならばあんなところに居るわけもないからおかしい
とは思っておったんじゃがの」
「そっかぁ、でもこの子喋れないみたいだよ?」
「うむ、神獣といってもいろいろおってな高度な知性を持ったものも居れば獣と同じ程度
の者も居るからのう」
「じゃあ、あんまり頭良くないのかな?」
少し腹が立ったので尻尾でユアの顔を軽く叩いてやった。
「知性はあるようじゃな」
「じゃあ何で喋れないの?」
「生まれたばかりで魔力の使い方を知らないのじゃろう、直に喋るようになる」
レグルスが何か言ってるが全くといっていい程、喋れるようになる気がしない。
「お婆ちゃん、レグルスこの子、家で飼っていい?」
ユアの問いにローザ婆とレグルスがにこやかに頷く。
ユアは二人の返事に満面の笑みを浮かべている。
どうにも俺の意思の入る余地は無いらしい。
「じゃあこれからよろしくね・・と君の名前決めなきゃね、んーーーーと、ヘタレーはどう?」
慌てて、全力で首を横に振る
「じゃあ、へータレ?」
先程よりもっと激しく首を振る
その他にも幾つか候補が挙がるがとてもじゃないがそんな名前を付けられたら虐められる
事受けあいな名前しかなかった。
その悉くを全力で拒否したのでちょっと首が痛い。
あまりにも否定されるので名前,(ネタとしかおもえない)のストックが切れたのか
ユアはウンウン唸っていた。
「じゃあこれが最後!タイガ・・・はどう?」
名前が聞こえた瞬間固まってしまった、何故なら大牙は人間だったときの俺の名前だった。
「タイガで決まり!」
ユアは俺の反応を見てとったのだろう、嬉しそうに笑いながら俺の頭を撫でたので一応
返事のつもりで尻尾を2、3振りしておいた。
「あと、タイガの部屋はあそこね」ユアの指は上に向けて差されていた。
屋根裏か、それって俺にネズミを獲れとか言うことじゃないですよね?普通に無理ですよ?
ネズミ怖いです。
取り敢えずイヤイヤと首を振る。
「嫌なの?じゃあ一緒に寝る?」
余りにも魅力的な提案に素直に頷いてしまうところだった。
自分、人間でも男でもなくなりましたが一緒では興奮して絶対に眠れるわけがないと
思い直して否定する。
結局俺の部屋は屋根裏に決定した。
その日の夜、屋根裏でネズミの恐怖に怯えて一睡も出来なかったのは云うまでも無い。
プランとして2通りありましてその為最初はあえて主人公(猫)の詳細を伏せていました。今話で名前を出してしまいストーリーとしては簡単で書き易い方を選んだダメ男です、ごめんなさい。
タイガ=ネコ科のタイガー、幸運を呼ぶタイガーアイなどから付けました。
作中で性同一性障害について触れていますがナ二が無いからどうとか言うわけではありません。不愉快に思われる方が居ましたらお詫び致します。