猫鍋?
こんな駄文でも読んで頂いている方に本当に深く感謝します。
猫を飼っておられる方に共感できるようなシーンを散りばめて本作を進めたいと思っております。
もうどれくらい眠っていたのだろう。
目を開けると其処に在ったのは、本来俺の知っている光景、自室のベッドから
見える天井の色でもなく、こちらに来てから幾度か見た無限に広がる空の色で
もなく、温かみのある木の色があった。
梁が見え天井の中心が一段と高くなっていることから屋根裏のような場所だろうと
中りをつける。
辺りを見渡すと自分のすぐ側に木製の小皿に水が入っているのに気が付く。
これは俺が飲む用に置いておかれた物だろうと思うと同時にやっぱり猫なんだ
なと気付かされてしまう。
喉はカラカラで今すぐ飲み干したい欲求が滾るが何も分からない状況であり口
を付けるのに躊躇する。
逡巡していると、下のほうから規則的に聞こえてくるトントントンという包丁
で何かを刻むような音に気付いた。
床に耳をつけて階下の様子を窺うと女性の声が聞こえてきた。
「お婆ちゃん、野菜全部鍋に入れたよ~」
「ん、後はお肉だね、じゃあ屋根裏行って様子見てきてくれるかい?」
「はーい、でも本当に食べれるかな?」
「大丈夫だよ、食べれるってのは聞いたことがあるからね」
聞こえた声音は非常に長閑なものだったが、内容が穏やかではなかった。
自分が猫になっても人語が理解できるのが分かったのは嬉しかったがそれどころではない。
まさか・・・・・俺・・・食われるの?
「ワタシ食べてもおいしくないですよ~」とか「話せば分かる」とか言ってみたくなる。
もとい、猫を食うって人としてどうなんだ?いや、猫を食べなければならない程
この世界の人たちは飢えてるのだろうか?いやいや、じゃなくて逃げなければ!
自分でも意味不明な思考に陥っているとガタガタと部屋の一角のほうの床板が外れる音がした。
手遅れ--観念してその顔と向き合う決意をする。
ゆっくりと首を回して音のした方を向く。
床から覘いた顔は先程の声から若い女性というのは推察できていたが、15歳程の少女であった。
薄暗い屋根裏にあっても力強く輝く翡翠色の瞳に目を奪われた。
「や、やぁ」
気がつけば自分はこんな普通な挨拶を口走っていた。
極度の緊張と恐怖で頭がおかしくなっていたのかもしれない、どうせ言葉が
通じるわけも無いのだが自分を食べようとしている人間に向かって掛ける言葉
ではない、いや適切な言葉など無いだろう。
だが、少女の反応は予想を裏切るものであった。
無垢な笑顔を浮かべて「おはよう」と、そう言った。
「こっちへおいで」
変わらず笑顔を浮かべたまま少女が囁く。
害意があるわけもないと信じてしまえるほどの笑顔にフラフラと少女に向かって
ゆっくりと歩いていく。
少女は俺が手の届く所まで来ると俺の両脇に手を伸ばし、両脇を持ち抱きかかえ
るようにしてゆっくりと梯子を降りていった。
部屋にはお婆ちゃんと呼ばれていたと思しき人が一人だけ居り椅子に座りながら
こちらに向かって優しく微笑んでいる。
その姿は金髪に白髪が入り混じっており、年は50代後半といったところだ。
二人を見比べて見ると、同じ髪の色、綺麗に整った顔立ち、少女と同じ瞳の色を
しておりそれらが血の繋がりを窺わせた。
「お婆ちゃん、この子起きてたみたいだよ」
「そうかい元気で良かった、じゃあ洗ってきて頂戴」
「うん分かった~」
会話を聞き終えて深く後悔していた。
失敗した、何故俺はフラフラと近寄っていったんだろう?
知らない人について行ったらダメって本当なんだな、と今更ながらそう思う。
「やっぱり食べられるんだよね?」
会話が出来るはずも無いと分かりながらも訊かずには入られなかった。
「『ニャー』だって可愛い」
「可愛いとか言うなら食べないで!、あれですか女の子がケーキとかみて可愛い
とか言うのと同じ!?」
叫びながら何とか手から逃れようともがくがしっかりと握られており無理だった。
今から「洗う」と言っていたのでその時には俺を抑え付ける手が無くなる筈・・
と考え大人しく諦めたフリをし逃げるときのために辺りを見渡すことにした。
この部屋はリビングとキッチンが一体となっているようであり広さは10畳程度、
扉が2つ見える。
衣装ダンスのようなものも有り部屋の中央に丸いテーブルが1つ置かれており
帳簿のようなものが幾つか置かれていた。
部屋の隅に釜戸が有りぐつぐつと何かを煮込んでいる音がとても不気味に感じられる。
扉は閉まってる・・・か。
洗い場から先に逃げ道があるとは限らないが今逃げ出しても出来ることは無い
逸る気持ちを抑え大人しく洗い場まで連行されることにした。
少女は俺を抱きかかえたまま、釜戸の前まで来るとゆっくりと腰を下ろし、壁に
立てかけられていた大きなタライを床に置き、釜戸横の水瓶から柄杓で水を掬い始めた。
ま、まさかここで洗ってそのまま鍋行き!?
慌てて必死に体をよじると、俺を抑える彼女の手が片手になっていたため何とか
抜け出すことに成功した。
そのまま、一気に駆け出し先程見た衣装ダンスの上へ駆け上った。
ここなら彼女の手も届かないだろうと、ほっと一息つきジッと少女を見つめる。
「そんなとこ上ったらダメだよ、ご飯なんだよー」
囁きながら一生懸命手を伸ばしてくるが、衣装ダンスの上に指先が掛かる程度でこちら
までは届かない。
何とか危機を脱したかと思ったが、彼女がある方向に向かって歩き出したのをみて絶望する。
そこには屋根裏へと掛けてあった梯子があった。
少女が梯子を手に取ると同時に声がかかった。
「止めなさい、嫌がっているようだしまた今度にしましょう」
「でも、汚れたままじゃ可哀そうだし、ここじゃご飯食べれないよ?」
「大丈夫、お腹が空いたら自分から降りてくるよ」
え?なんか所々会話の意味が分からないんですけど・・・?
疑問に感じながら少女を見ていると釜から野菜や肉が入ったシチューのような
乳白色のスープを器によそい、テーブルに運んでいるのが見えた。
そのまま和やかに二人の食事が始まり、そこで気付く・・・盛大な勘違いでした!!
ここ数日殆ど何も食べておらず空腹は限界を通り越している。
「ご飯ください」と鳴いてみる
少女がこちらへ視線を向け目が合う。
「まだ、降りてこないね、警戒しているのかな?」
「どうだろうね?まぁ、待つしかないよ」
このままでは何時までたってもご飯が貰えないと思い、慌てて少女の下へ行こうとするが
そこでもう1つ気付く、高すぎて怖くて降りられない・・・・
慌てて逃げたはいいが逃げた先が高すぎて降りられないとか完全にネコの行動
パターンに嵌っていた。
暖かいシチュー?のようなものを食べながら談笑する二人の声と「ニャーォ」と
切なげに無く俺の声がこだました。
本作は猫好きの猫好きによる猫好きのための物語です
とかいったら作品の展開と読者の方に制限が出そうなんで撤回(笑)